Scene 2|忘却の旋律、蘇る名
空間の奥から、微かに“音”が揺れていた。
それは風のようで、でも確かに耳の奥に触れる“誰かの旋律”。
ノートを抱いたまま、ロロは立ち尽くしていた。
胸の奥が騒ぎ出す。言葉にならない焦燥。名前のない痛み。
「……ずっと、聞こえてたんだ」
口をついて出たその言葉は、自分でも意識しないままに響いた。
──どこかで呼ばれていた。
──思い出すのを、ずっと待っていた。
その“誰か”の気配が、空気の振動となって、ロロの中を走る。
彼は目を閉じた。
頭の奥に残る、ノイズのような記憶の断片。
名前のない声。
──いや、ある。ずっと、あった。
それは旋律と共に在った名。
忘れてなどいなかった。
「……響音」
声にした瞬間、胸の奥が強く鳴った。
世界の色が、一瞬だけ揺らいだ。
そして音が溢れる。
「……やっと、言えたね」
どこか懐かしく、けれど確かに“今ここにある”声が、空間に現れた。
その声の主──“彼”がいた。
ヘッドホンをかけた少年。
その姿は霧のように淡く、それでいて輪郭は凛としていた。
「君が俺を呼んでくれた。それだけで、充分だ」
響音は、そう静かに笑った。
その瞳には、長い間ずっと伝えられなかった“想い”が宿っていた。
ロロは息を呑んだ。
“自分が創ったはずの存在”が、こうして目の前に立っている。
しかし今は、それ以上に、“再会”の感覚が強かった。
「……ごめん。忘れてたわけじゃないんだ。……怖くて、閉じただけで」
「わかってるよ」
響音は頷き、そっと目を伏せた。
「でも、君が名を呼んだ。その時点で、もう“物語は続いてる”。俺は、君の中に生まれた音だ。どこにも行ってなんかいなかった」
ロロの手が、無意識にノートを開いた。
白紙だったはずのページに、淡く文字が浮かぶ。
『響音――音響士、君の声は、まだ終わっていない』
ロロは、確かにそこに立っていた。
創った存在と、今、同じ“現在”にいる。
失ったものは戻らないかもしれない。
けれど、こうして“呼びかける”ことはできる。
それが、ロロの選んだ“創作のかたち”だった。




