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ヘッドホン・エスケープ  作者: リル
第十一話:境界に咲く灯
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Scene 1|語られなかった契約

暗闇と静寂の空間――

足元には、幾何学的な白線が冷たく浮かび、その模様はまるで“世界の設計図”だった。だが、その線は不均衡に歪み、まるで誰かが途中で手を止めた設計図のように、何かを欠いていた。


ロロは、深く息をついた。

ここがどこかも、なぜこの道を選んだのかも――答えは、彼の手に抱えたノートにも、目の前の世界にも、まだ記されていなかった。


そのとき、不意に声が響いた。


「──ここは、君が“神”だった頃に創った部屋だよ」


視線を上げると、白いうさぎのぬいぐるみが、静かに宙を舞っていた。


「……リル? なんで、ここに?」


リルは、小さくぴょんと跳ね、ロロの肩にちょこんと乗った。


「ずっと、君のそばにいたよ。ただ、“神様”だった君が、その自覚を捨てたから、僕も黙ってたんだ」


その言葉には翳りと、しかし揺るぎない確かさがあった。


「君は――物語を守るために、自分自身を捨てた。神であることをやめ、“ひとりの少年”として日常に溶け込んだ。あのとき――“契約” を交わしたんだよ」


その言葉に、ロロの胸が強く揺れた。


「契約……?」


リルはゆらりと手を振り、宙を指さした。


「そう。あの“都市伝説”たちも――君の物語の一部だったって、気づいてる?」


問いかけは静かだった。

だが、そこに込められた問いは深く、重く。


ロロは、僅かに目を細めて、静かに頷いた。


「……わかっていた。薄々、ずっと前から。合わせ鏡、マスクの少女、出席簿に載らなかったクラスメイト――全部、僕が書きかけて、置き去りにしたやつらだ」


言葉は穏やかだった。

だが、その声には確信があった――“気づく”のではなく、“思い出す”ことが、今の彼にとって当然の帰結のように。


「誰かに話したことはなかった。

でも、どこかで……ずっと見られていた気がしていた。 いや、違うな。読まれていた。僕が、読んでもらうために書いたから」


リルは、小さく息をつき、目を細めたように見えた。


「そう。あれは全部、“物語の亡霊”だった――君が、物語を放棄したとき、世界の(はし)でかたちになった残響さ」


ロロの指先が、そっとペンに触れた。


「わかっている。 僕が終わらせなかった物語たちは、ずっとどこかで彷徨っていた…… 読まれることもなく、終わることもできずに」


彼の瞳が、まっすぐに前を見据えた。


「だから――迎えに行く。 今度こそ、最後まで」


言葉は低く、しかし確かな決意を帯びていた。


暗闇の空間で、白線が静かに脈打つ。

その脈動は、一度断ち切られた“神の記憶”――再び動き始める予兆だった。


ロロはペンを強く握り直した。


そして、ほんの一瞬だけ――歪んだ設計図の奥で、まばゆい光が灯った。


──名も、形も、忘れていたとしても

――これは、確かに“僕の責任”だ。

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