Scene 3|記されぬ後の、鼓動
夜の庭。灯火が静かに揺れ、霧のような空気が淡く震えていた。
ロロは、先ほどの決意を胸にノートを胸へ抱えたまま、足を進める。
ページは空白――それは、「書かれていない未来」の象徴だった。
彼の中で、何かがざわめいた。
過去の記憶。感情。名も知らぬ声。
しかしそれらはもう――戻らない。
それでも──胸の奥で、小さな鼓動がまた始まっていた。
「失ったものは、もう戻らないかもしれない」
ロロは低くつぶやく。
月光も星影もない。 ただ、空虚な夜。
かつてそこで鳴っていたはずの音も、光も、すべて消えていた。
だが――
「それでもいい。今度は、僕が綴る。君たちが帰るための物語を」
その言葉にかすかな暖かさが混ざった。
ロロはページをひらき、ペンを取り直す。
インクは黒く、重く、しかし確かな温度を帯びていた。
そして――
「あるひとつの声が、夜を抜けて 僕のもとへ還る」
という一文を書いた。
書き終えた瞬間、世界が震えた。
灯火がひとつ、またひとつ、鮮やかに色を取り戻し始めた。
かすかな旋律が流れ、風が庭を吹き抜ける。
それは古びた教室の机のざらつき。
閉ざされた廊下の冷たさ。
忘れられた教科書の匂い。
――しかしそれらは、“記憶”ではなく、“物語”として蘇っていた。
ロロはページをめくり、新たに文字を書き足す。
失われた感情、消えた名前、忘れかけた夢。
それらを一つずつ、丁寧に、静かに。
ペン先が止まるたび、灯火は一つずつ輝きを増した。
霧のようだった世界に、色と音と温度が蘇る。
そして――
遠くで、小さな声が聞こえた。
「――ありがとう」
それは誰かの、祈りのような声。
でも、確かに彼に届いた。
ロロは目を閉じ、胸の奥を感じた。
そこには、かつて失ったはずの“何か”が、微かに、だけれど確かに存在していた。
それは……希望。
失ったものは――もう戻らないかもしれない。
それでも、俺は。
「また……始める」
ロロの描くその一行が、庭の夜を、静かな鼓動で満たした。




