表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヘッドホン・エスケープ  作者: リル
第九話:扉の先の音
32/45

Scene 3|影喰らいの伝承

静寂が変質した。


ただの“音の消えた空間”だったはずなのに、そこに異物が混じったような──湿った、重たい“視線”の気配。


ロロは反射的に息を止めた。


その気配に触れた瞬間、周囲の景色が曖昧ににじみ始める。

蔵書室の壁も床も、ゆっくりと色を失い、代わりに薄暗い街角が浮かび上がってきた。


電灯の切れた古い電柱。雨上がりに濡れたアスファルト。

誰も通らない路地裏──。


(……これ、どこかで……)


アヤが語った都市伝説“合わせ鏡の夜”を連想したが、それ以上に、ロロにはもっと強烈な既視感があった。


──“自分が書いた物語の一部”。


路地裏の奥で、影が立っていた。


人の形のようで、違う。

輪郭が常に揺れていて、顔は墨を垂らしたように黒く塗りつぶされている。

存在の境界がずるずると崩れ、けれど確かに“そこにある”。


ロロの背筋をひやりと冷たいものが走った。


(……影喰らい)


かつて彼が軽い思いつきで書いた、読まれなかった都市伝説。

“人の影を盗み、存在を薄めていく怪異”。


ひとつの物語として完結すらさせず、ノートの隅に放置していたもの。


「……なんで、ここに……?」


影は答えなかった。

だが、ロロを“知っている”目で見つめていた。


次の瞬間──音がすべて消えた。


呼吸すら空気に吸い込まれるような、完全な無音。

ただ、その沈黙の裏側で、“何か”がロロに近づいてくる確かな気配だけが息づいていた。


逃げなきゃいけない。

そう思うのに、足は地面に縫い付けられたように動かなかった。


そのとき、ページがひとりでにめくれる音がした。


ロロのノートに、新しく文章が浮かび上がっていく。


『読まれなかった物語は、やがて現実を喰らう』


ロロは目を見開いた。


胸に走ったのは恐怖ではなく──責任だった。

自分こそが、この影を生んだ張本人なのだ、という。


「……俺が書いたんだ。

 なら……俺が、どうにかしないと」


影がにじむように歩み寄る。

存在の輪郭が波紋のように広がり、ロロの影へと触れようとした。


ロロはノートを握りしめ、震える息を整える。


そうだ。

“創造主”が創った存在なら──“名”を与えることで輪郭を取り戻せる。


リルの言葉が脳裏をかすめた。


『言葉を灯すのは、いつだって君だよ』


ロロはページにペンを走らせた。


『ミザリー』


影が、激しく歪んだ。


名を得たことで輪郭が固定され、そして──破裂するように霧散した。

黒い残滓が空気へ吸い込まれ、沈黙の空間にわずかな“音”だけが戻る。


ロロは膝に手をつき、ゆっくりと息を吐いた。


まだ終わっていない。


まだ、この世界には──

“見捨てられた物語たち”が眠っている。


それらが彼を待っている。


ロロはノートを強く抱きしめた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ