表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヘッドホン・エスケープ  作者: リル
第九話:扉の先の音
31/45

Scene2|白紙の扉、その先で

白い扉を開いた瞬間、視界が滲んだ。

眩しいわけでも、暗いわけでもない。

ただ、“音”だけが空間を満たしていた。


波紋のように広がる、微かな旋律。

雨の滴が水面に落ちるように、ひとつひとつが彼の心に染み込んでいく。


ロロは一歩、足を踏み出す。

そこは図書館でも、教室でもなかった。

どこか懐かしい、けれど形を持たない“記憶”の風景。


空は存在せず、地面も曖昧だった。

ただ、彼の歩みに合わせて床が現れ、背後には音が残った。

それはまるで、音が“道”を創っているかのようだった。


その道の先、霧のような空間の奥に、人影が見えた。

ぼんやりとした輪郭。ヘッドホンを着けた少年──


ロロは言葉を呑んだ。

声にはできなかった。

でも、確かに“知っている”存在。


その少年は、ただ静かにロロの方へ顔を向ける。

口は動かない。けれど、確かに言葉が響いた。


「君の声を、ずっと待ってた」


──その名を思い出しそうになる直前、空間が揺らいだ。

誰かがページを捲るような音。


その音と共に、足元にノートが落ちていた。

開かれたページには、こう書かれていた。


『物語を、もう一度』


ロロは膝をついてそのノートを拾う。

かすかに震える指先。風が吹いた。

声が、旋律が、再び彼の中を通り抜けていく。


そして、背後から聞こえた小さな足音。


「やっぱりここだったんだね、やっと追いついた」


振り返ると、リルが立っていた。

白いうさぎのぬいぐるみの姿で、しかしどこか人のような目をして。


「リルは……何者なんだ?」


ロロの問いに、リルはぴょこんと跳ねて言った。


「リルは、偉大なる電子の大魔女様の使い魔!」


「……電子で魔女? なんだかちぐはぐだな」


「それでもリルは、偉大なる電子の大魔女様の使い魔なの!」


小さなやりとりに、ロロはふっと笑った。

それは久しく忘れていた、素の笑みだった。


リルはもう一歩近づき、ぽつりと続ける。


「君が書いたから、僕たちは存在した。だけど、この世界に永遠はないの。だからこそ……続きが必要なんだ」


ロロは、静かに頷いた。


「俺は、感情を失い、記憶を手放してきた。……自分の名前さえ、もう薄れてる。だけどそれが、“創る”ということなら──」


リルがそっと顔を伏せる。


「犠牲は、君がこの世界を再び照らすための灯だった。創作とは、失うこと。けれどその失ったものが、物語を生む」


白紙のノートが、光を帯びて震え始める。


「……なら、書こう」


ロロはそう言って、手にペンを握った。

そのインクは、彼の“喪失”のすべてから絞り出された色だった。


──そして、扉の奥にて、物語は再び始まる。



(扉の前、ノートを手にする直前──)


ロロはふと、また思い出したかのように振り返った。


そこに、やはり泉大津ちゃんの姿はなかった。


当たり前のように隣にいたはずの人。

いつも心配そうに声をかけてくれていた、あの表情。

それすら、思い出そうとすると霞んでしまう。


「……なんで、だろうな」


声に出すと、胸の奥が少しだけ痛んだ。

けれど、それすらすぐに消えてしまう。

まるで、彼の中から感情ごと“消されていく”かのように。


リルはその様子を見て、そっと囁く。


「思い出せなくなるのは、君が進んできた証拠だよ。

それは消えたんじゃない。……物語の“代償”なんだ」


ロロは静かに頷いた。


泉大津ちゃんの声も、笑い方も、今はもう、うまく思い出せない。

それでも、確かに“誰か”がそばにいてくれたことだけは覚えていた。


「……ありがとう」


誰に届くとも知れない言葉を、ロロはそっと呟いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ