Scene 2|アヤの不在
翌朝、ロロは登校の足取りがやけに重かった。
理由は明確には分からない。ただ、昨日の放課後から、胸の奥に引っかかる棘のような違和感がずっと消えなかった。
教室に入ると、アヤの席が空いていた。
その事実だけで、ざらりとした緊張が全身を撫でていく。
「アヤ、今日休みなんだって」
近くの席の女子が何気なく言った。担任も同じように、淡々と「体調不良」と告げて、出席簿の欄に横線を引いた。
たしかにそれは、日常的な欠席の光景だった。どのクラスにもよくある、何でもない朝の一幕。
──けれど、ロロにはそうは思えなかった。
『今夜やってみようと思ってるんだ』
昨日の放課後にアヤが言った言葉が、耳の奥で繰り返される。
彼女は、本当に合わせ鏡の儀式を試したのだろうか。そして、それがもし──。
午前中の授業はまるで身が入らず、ノートを取る手も自然と止まる。
気づけば文字が途切れ、黒板を写す目も虚ろになっていた。
休み時間。ロロは机に突っ伏したまま、アヤのノートの筆跡を思い出していた。
彼女は字が綺麗で、小さな丸文字でまとめるタイプだった。妙に几帳面なところが、少し意外だった。
ふと、前の席に座る男子が振り返る。
「なあ、アヤって、どんなやつだっけ?」
その一言が、冷水のように頭から降ってきた。
「え……?」
「いや、今朝さ、先生が名前言ってたけど、顔が思い出せなくて。なんかいたっけ、そんなやつ」
ロロは言葉を失った。
どういうことだ。アヤのことを、クラスメイトが“思い出せない”?
記憶が消えているのか──それとも。
彼女の存在が、まるごと“なかったこと”にされている。
授業が終わり、ロロは無意識のうちに校舎の奥、古びた西棟のトイレへ向かっていた。
そこには人の気配がなく、鏡だけが静かに並んでいた。
鏡の前に立ち、自分の顔を見つめる。
「……まさか、本当に……?」
思わずつぶやいたその瞬間。背後から冷たい風が吹き抜けた気がした。
だが、窓は閉まっている。風が入るはずなど、ない。
鏡の奥で、なにかが動いたような気がした。
その夜。
ロロは布団に入っても眠れず、スマホを何度も開いては閉じた。
時間だけが無意味に過ぎ、夜の静けさが耳に刺さるように響く。
──ピロン。
不意に通知音が鳴る。
スマホの画面に表示された名前は、『アヤ』。
【アヤ:たすけて】
【アヤ:そこにいる】
【アヤ:かがみ】
ロロの鼓動が跳ね上がった。
スマホを握る手が震える。
登録した記憶はない。履歴もない。
そもそも、この番号に連絡を取ったことすらない──はずだ。
なのに、確かにそこには、アヤの名前があった。
「……嘘、だろ……」
つぶやいた声が、自室の闇に沈む。
それは“消えたはずの存在”から届いた、最初の警告だった。




