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ヘッドホン・エスケープ  作者: リル
第七話:記憶の裏で鳴る音
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Scene 4|書庫の扉、沈黙の音

放課後、ロロはなぜか、校舎の裏手にある旧棟へと足を向けていた。行き先など考えていなかったのに、足は勝手に動いていた。


階段を上がるたび、軋む音が響く。その音の一つひとつが、遠い記憶の“鍵”を開けていくような感覚。


旧図書室の奥——かつて使われていた教室のひとつ。


その扉の前に、ひとつだけ錆びたプレートが貼られていた。


『音響資料室・立入禁止』


その文字を見た瞬間、ロロの胸に何かが突き刺さった。


──ここだ。


理由は分からない。けれど、その言葉の意味を、なぜかロロは理解できてしまった。


それが、“物語を記す場所”であることを。


中に入ると、そこは“書かれなかった物語”たちが眠る場所だった。


埃をかぶった棚、音を立てるスピーカー、ページの破れたノートの山。どれもが、誰かの記憶の欠片のように感じられた。


彼の目が止まったのは、棚の奥で傾いたまま積まれていた古いファイルの束だった。その一冊を引き抜くと、床に淡い音が落ちた。


──槍。


そこには、彼の物語に出てくるはずだった武器の設定画。名前のないページ。未完成のキャラクター。欠けた背景。


すべては、記されなかった。けれど、確かに“構想された”ものだった。


ロロはその紙を両手で包み込むように持った。


「……俺が、書こうとしてた?」


自分の記憶なのに、自分のものではないような感覚。


けれどその中に、小さな灯のような懐かしさが確かにあった。


部屋の奥から、小さな音がした。


振り返ると、そこには机の上に開かれたノートがあった。


そこにはたった一行だけ、こう書かれていた。


『もう一度、物語を灯せ』


その後、ロロは誰にも声をかけず、まっすぐ帰路についた。


学校の廊下も、街の雑踏も、どこか遠くの音のように響いていた。


胸の奥で、昼間の“音”がまだ鳴りやまない。キィン……という高く細い響き。


それはただの耳鳴りではないと、ロロは直感していた。


帰宅後、机の上にノートを置くと、不意にページが一枚だけひらりと舞い上がった。


その裏には、またしても“あのインク”で短い文が記されていた。


『夜の裂け目は、音のない叫びを吸い込む』


ページの下から、光のようなものが漏れていた。


まるでノートの奥に、もうひとつの世界が隠されているかのように。


ロロが指を添えると、ページの中央からゆっくりと“裂け目”が広がっていった。


破れる音すらなく、世界が静かに開いていくようだった。


その向こうに広がっていたのは──夜。


けれどそれは現実の夜ではない。どこか歪んでいて、空には星の代わりに淡い音符が浮かんでいた。


踏み出すと、足元は水面のように波打ち、音の反響が足裏を通じて身体に染み込んでくる。


そこで、誰かが立っていた。


耳にヘッドホンをかけた、少年の姿。


その表情は読み取れない。けれど、その存在には確かな“懐かしさ”があった。


「………」


呼べない認識できない名前を呼ぼうとした瞬間、その影はゆっくりと振り返った。


そして、無言で手を差し出す。


その指先には、またひとつの“鍵”があった。


ロロの手元のカードが淡く光を帯びる。


──記憶の扉は、また一つ開かれようとしていた。

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