Scene 4|書庫の扉、沈黙の音
放課後、ロロはなぜか、校舎の裏手にある旧棟へと足を向けていた。行き先など考えていなかったのに、足は勝手に動いていた。
階段を上がるたび、軋む音が響く。その音の一つひとつが、遠い記憶の“鍵”を開けていくような感覚。
旧図書室の奥——かつて使われていた教室のひとつ。
その扉の前に、ひとつだけ錆びたプレートが貼られていた。
『音響資料室・立入禁止』
その文字を見た瞬間、ロロの胸に何かが突き刺さった。
──ここだ。
理由は分からない。けれど、その言葉の意味を、なぜかロロは理解できてしまった。
それが、“物語を記す場所”であることを。
中に入ると、そこは“書かれなかった物語”たちが眠る場所だった。
埃をかぶった棚、音を立てるスピーカー、ページの破れたノートの山。どれもが、誰かの記憶の欠片のように感じられた。
彼の目が止まったのは、棚の奥で傾いたまま積まれていた古いファイルの束だった。その一冊を引き抜くと、床に淡い音が落ちた。
──槍。
そこには、彼の物語に出てくるはずだった武器の設定画。名前のないページ。未完成のキャラクター。欠けた背景。
すべては、記されなかった。けれど、確かに“構想された”ものだった。
ロロはその紙を両手で包み込むように持った。
「……俺が、書こうとしてた?」
自分の記憶なのに、自分のものではないような感覚。
けれどその中に、小さな灯のような懐かしさが確かにあった。
部屋の奥から、小さな音がした。
振り返ると、そこには机の上に開かれたノートがあった。
そこにはたった一行だけ、こう書かれていた。
『もう一度、物語を灯せ』
その後、ロロは誰にも声をかけず、まっすぐ帰路についた。
学校の廊下も、街の雑踏も、どこか遠くの音のように響いていた。
胸の奥で、昼間の“音”がまだ鳴りやまない。キィン……という高く細い響き。
それはただの耳鳴りではないと、ロロは直感していた。
帰宅後、机の上にノートを置くと、不意にページが一枚だけひらりと舞い上がった。
その裏には、またしても“あのインク”で短い文が記されていた。
『夜の裂け目は、音のない叫びを吸い込む』
ページの下から、光のようなものが漏れていた。
まるでノートの奥に、もうひとつの世界が隠されているかのように。
ロロが指を添えると、ページの中央からゆっくりと“裂け目”が広がっていった。
破れる音すらなく、世界が静かに開いていくようだった。
その向こうに広がっていたのは──夜。
けれどそれは現実の夜ではない。どこか歪んでいて、空には星の代わりに淡い音符が浮かんでいた。
踏み出すと、足元は水面のように波打ち、音の反響が足裏を通じて身体に染み込んでくる。
そこで、誰かが立っていた。
耳にヘッドホンをかけた、少年の姿。
その表情は読み取れない。けれど、その存在には確かな“懐かしさ”があった。
「………」
呼べない認識できない名前を呼ぼうとした瞬間、その影はゆっくりと振り返った。
そして、無言で手を差し出す。
その指先には、またひとつの“鍵”があった。
ロロの手元のカードが淡く光を帯びる。
──記憶の扉は、また一つ開かれようとしていた。




