Scene 3|ゆがむ現実と選択の影
鏡の表面が波打つように揺らぎ始めた。ロロの心臓が不規則に打つ。目の前の現実が、徐々に壊れはじめていた。
少女は静かにロロの隣へと歩み寄る。彼女の動きに合わせて、周囲の鏡がかすかに軋み、うねるように震える。
「これは“境界”なの。現実と物語の、ちょうど狭間にある場所」
少女の声は低く、だがはっきりと響いた。その言葉に、ロロは言いようのない違和感を覚えた。
「じゃあ……俺は、今どこにいるんだ?」
少女は振り返ることなく、静かに答えた。「もう、日常には戻れない。あなたが“扉”を開けた瞬間から、ここは物語の一部になったの」
ロロは無意識に手を握りしめる。その手の中には、あのカードが握られていた。
──忘れるな、君が選んだ光の意味を。
(……選んだ? 俺が?)
鏡の中に再び、あの“もう一人のロロ”が現れた。彼の目はロロをまっすぐに見据えていた。
「君は今、また“何か”を手放さなければならない」
言葉と同時に、鏡の奥から白い霧のようなものが滲み出す。それはロロの足元へ、静かに絡みついてくる。
「今度は“希望”だよ。記憶でも感情でもなく、“これから”を信じる力──それを差し出す覚悟はある?」
ロロの頭の中が揺れる。そんなもの、手放したら、もう進む理由すら見失ってしまう。
(未来を、信じないって……じゃあ、俺は何のために……)
胸の奥がきゅうと締めつけられる。幼い頃に夢見たもの、大人になったら成し遂げられると信じていた何か。そんな漠然とした希望の断片が、今まさに霧のように溶けていこうとしている。
「……それでも、進めって言うのか?」
少女は、ほんの一瞬だけ悲しそうな目をした。だがすぐに、どこか遠くを見るような眼差しに戻る。
「選ぶのは、いつだって君自身よ。正解なんて、ない。ただ、その代わりに──真実があるだけ」
ロロは鏡を見つめた。“自分”がこちらをじっと見ている。未来を捨てることは、今を守ることなのか。
──でも、それは本当に“守る”ことになるんだろうか?
喉が渇く。心が、軋む。けれどその痛みは、確かに“今”を生きている証のようでもあった。
ゆっくりと、ロロは手を伸ばした。




