Scene 2|割れた笑顔の向こう側
鏡の中の“ロロ”は、まるで昔からそこにいたかのように自然だった。 だがその存在は、確かに異質だった。
その目は、ロロ自身よりもずっと深くて静かだった。 笑っているはずなのに、目だけが笑っていない。 その表情には、どこか“諦め”のようなものが宿っていた。
「お前……誰だ?」
ロロが問うと、鏡の中の“彼”はわずかに首をかしげ、くすりと笑った。
「誰でもないよ。ただ、ここに“残った”だけ」
その声音は奇妙にやさしく、だが確かに冷たい何かを含んでいた。 言葉の意味が分からなかった。けれど、その響きは妙に耳に馴染んでいた。 まるで昔、まだ物語が始まる前の夢の中で聞いたことがあるような──そんな既視感。
店の奥から、小さな足音が響いた。 古びた床板が軋み、ガラス片がかすかに鳴る。 ロロが振り向くと、そこには白いワンピースを着た少女が立っていた。
肩までの黒髪、整った輪郭──だが、口元には白いマスクがかけられている。 その姿は、まさに泉大津ちゃんが語っていた“噂”そのものだった。
「来てしまったんだね」
少女がそう言うと、空気が冷たくなる。 鏡という鏡が、かすかに軋む音を立てた。 ロロは身をすくめる。彼女の存在が、空間ごと“染めて”いくような気配。
「……君、誰?」
問いかけると、少女はマスクの奥で微笑んだように見えた。 だがその微笑は、優しさとは違う種類の静けさを帯びていた。 それは、永遠に忘れられることを受け入れた者だけが持つ、乾いた感情の残り香。
「私はただの噂。でも、それを見つけたのは君たち」
彼女の足元に、ぽとりとカードが落ちた。 その音が、やけに大きく響いた。音が、鏡の破片に反射して重なり合い、耳の奥を軋ませた。
ロロが手を取ると、そこにはこう記されていた。
『割れた鏡には、本当の願いが映る』
カードの文字は、まるで濡れたインクのように揺れていた。 そして裏には、あの文字がまた刻まれていた。
──■■■■■は見ている。
その言葉を目にした瞬間、ロロの視界が、ぐらりと揺れた。 空間全体が少しずつ傾いているような錯覚。地面が軋む。空気がざわつく。 鏡の中の“自分”と、目の前の少女の輪郭が、ゆらりと重なり合った。
そのとき、鏡の中のロロがもう一度口を開く。
「この先に進むなら、君はまた、何かを“手放す”ことになるよ」
その声は、すでに他人のものではなかった。
鏡の中の瞳が、ゆっくりと笑った。
そして、世界がまたひとつ“裏返る”気配がする──。




