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ヘッドホン・エスケープ  作者: リル
第六話:鏡の奥に笑う声
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Scene 1|忘れられた通学路

その朝、ロロはひどく不快な夢で目を覚ました。


誰かに名前を呼ばれた。けれど、その声は“音”としてではなく、耳の奥に直接染み込んでくるような感覚だった。言葉ではなく、音の“残像”。 夢の中で誰かが笑っていた。ぐにゃりと歪んだ口元。そこに浮かぶ笑顔には、見覚えがある気がした──けれど、その誰かの名は、どうしても思い出せなかった。


目覚めた部屋の窓には、まだ昨夜の雨の名残が貼りついていた。 水滴がゆっくりとガラスを這い、溜まり、そして細く垂れる。 まるで外の世界さえ、どこか滲んでいるようだった。


ロロは制服を着て、無言のまま鞄を手に取った。 その動作を、部屋の片隅にいた白いうさぎのぬいぐるみ──リルが、じっと見つめていた。動いていないはずなのに、その瞳が一瞬だけ光を帯びたような錯覚。


雨は止んでいたが、空気はまだ濡れて重く、街全体が沈黙しているように感じられた。 通学路に出たとき、ロロの背筋をひやりと何かが撫でた。 それは風ではなく、気配だった。だが振り返っても、誰もいない。


そうして彼の目に映ったのは、今まで一度も通ったことのない小道だった。


そこは確か、空き地だったはずの場所だ。 けれど、今は古びたアスファルトが続いており、奥には陰気な建物の影が佇んでいた。


(……こんな道、前からあったっけ?)


ロロは躊躇いもなく足を踏み入れていた。 それが自分の意思だったのか、それとも何かに“導かれていた”のかは分からない。


曲がった瞬間、世界が変わった。 音が消え、風も止んだ。 残ったのは、自分の足音だけ。やけに響くその音が、妙に“他人のもの”のように聞こえた。


道の奥に、古びた鏡屋があった。 かつて営業していた記憶などない。──だが、ロロは知っている気がした。ここに来たことがある。ずっと昔、あるいはずっと未来のどこかで。


割れたガラスの破片が無数に並ぶその店。 破片の一つひとつに、ロロの“似た何か”が映っている。 笑っている顔、怒っている顔、泣いている顔──けれどどれも、ほんの少しずつ“ズレて”いた。


そのズレが、不安を呼ぶ。


扉の隙間から、かすかな気配が漏れ出していた。 生ぬるく、重たい何か。背中に冷たいものが這う。 それでもロロは止まれなかった。


鏡の奥に“誰か”が立っていた。 それは、ロロの顔をしていた。


だが、その瞳の奥は異様に暗く、そしてその口元は──裂けていた。


「──待ってたよ」


その“ロロ”が、口を開いた。


笑っていた。


その笑みは、どこまでも裂けていた。


ロロの胸の奥で、あの黒いカードがじりじりと熱を帯び始める──。

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