Scene 2|忘却の代償
それは人の形をしていた。けれど、輪郭は曖昧で、ひとつの像として認識しきれない。
黒でも、白でもない。まるで、すべての色が混ざり合ってできた“抜け殻”のような存在。
「……君が、選んだのか」
影がそう言った。声は遠くから聞こえるようで、すぐ傍にもあるようだった。
ロロは、何も言えなかった。問いかけに、答えられなかった。
影は続けた。
「君が手放したもの。それがこの場所をつくっている。だからここには、君の“忘れたもの”だけがある」
言葉の意味が、すぐには理解できなかった。
だが、ノートに浮かんでいた“記されなかった物語たち”という文字が、ロロの中で何かを軋ませた。
──この世界は、俺の“忘却”でできている?
「でもね、まだ遅くはない」
影がふわりと腕を差し出す。 その手のひらの中に、またしてもカードがあった。
『壊れた物語の修復には、“鍵”が必要です』
「鍵……」
思わずロロはつぶやいた。
「君が最初に手にしたあれは、ほんの始まりに過ぎない。 扉は、まだいくつも残っている。 それを開くたび、君はまた何かを思い出し、そして──選ばなければならない」
「選ぶ……?」
影は頷くように揺れた。
「忘れたまま、日常に戻ることもできる。 でも、物語を進めたいなら、“対価”を払う覚悟が要る」
ロロは、その言葉の奥にひそむ重みを感じ取っていた。
「……じゃあ、俺は……もう、何かを失ったってこと?」
問いかけるように呟いた声は、白い空間の中へ吸い込まれていく。
影は静かにうなずくように揺れた。
「気づいていないだけで、君はすでにいくつかを失っている。 その代わりに“ここ”に立つ資格を得た。 でも、それは始まりにすぎない」
ロロは足元を見つめる。 そこに“何か”があったような気がしてならなかった。
失ったもの──それが何なのか。 記憶、感情、名前、それとももっと大切な何か。
答えは出なかった。 だが、その空白が彼を確かにこの場所へと連れてきた。
影が静かに手を差し出した。
「次に進むなら、“選び”の準備をしなさい」
ロロの心に、かすかに火が灯った気がした。 小さな、でも確かな灯。
「……わかった」
彼はその手を取ろうとした。 その瞬間、白い空間がかすかに揺らぎ、視界の奥に新たな“扉”の輪郭が浮かび上がり始めた。
その扉は、これまでよりも濃く、重く、存在を主張していた。
──物語がまた、ひとつ息を吹き返そうとしていた。




