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ヘッドホン・エスケープ  作者: リル
第四話:境界のむこうで待つもの
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Scene 2|忘却の代償

それは人の形をしていた。けれど、輪郭は曖昧で、ひとつの像として認識しきれない。


黒でも、白でもない。まるで、すべての色が混ざり合ってできた“抜け殻”のような存在。


「……君が、選んだのか」


影がそう言った。声は遠くから聞こえるようで、すぐ傍にもあるようだった。


ロロは、何も言えなかった。問いかけに、答えられなかった。


影は続けた。


「君が手放したもの。それがこの場所をつくっている。だからここには、君の“忘れたもの”だけがある」


言葉の意味が、すぐには理解できなかった。


だが、ノートに浮かんでいた“記されなかった物語たち”という文字が、ロロの中で何かを軋ませた。


──この世界は、俺の“忘却”でできている?


「でもね、まだ遅くはない」


影がふわりと腕を差し出す。 その手のひらの中に、またしてもカードがあった。


『壊れた物語の修復には、“鍵”が必要です』


「鍵……」


思わずロロはつぶやいた。


「君が最初に手にしたあれは、ほんの始まりに過ぎない。 扉は、まだいくつも残っている。 それを開くたび、君はまた何かを思い出し、そして──選ばなければならない」


「選ぶ……?」


影は頷くように揺れた。


「忘れたまま、日常に戻ることもできる。 でも、物語を進めたいなら、“対価”を払う覚悟が要る」


ロロは、その言葉の奥にひそむ重みを感じ取っていた。


「……じゃあ、俺は……もう、何かを失ったってこと?」


問いかけるように呟いた声は、白い空間の中へ吸い込まれていく。


影は静かにうなずくように揺れた。


「気づいていないだけで、君はすでにいくつかを失っている。 その代わりに“ここ”に立つ資格を得た。 でも、それは始まりにすぎない」


ロロは足元を見つめる。 そこに“何か”があったような気がしてならなかった。


失ったもの──それが何なのか。 記憶、感情、名前、それとももっと大切な何か。


答えは出なかった。 だが、その空白が彼を確かにこの場所へと連れてきた。


影が静かに手を差し出した。


「次に進むなら、“選び”の準備をしなさい」


ロロの心に、かすかに火が灯った気がした。 小さな、でも確かな灯。


「……わかった」


彼はその手を取ろうとした。 その瞬間、白い空間がかすかに揺らぎ、視界の奥に新たな“扉”の輪郭が浮かび上がり始めた。


その扉は、これまでよりも濃く、重く、存在を主張していた。


──物語がまた、ひとつ息を吹き返そうとしていた。

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