30話 病床
竜胆の部屋。
いい匂いがした。変な意味ではない。おそらく、柔軟剤の匂いなのだろう。
甘い匂い。
なんで、女子っていい匂いがするんだろうか。
それは僕の幻想なのだろうか?
とにかく、竜胆の部屋はいい匂いである。
なんというか、花の香り。
フレグランススプレーでも、部屋に散布しているのだろうか?
そういえば、竜胆もいい匂いするしな。
あの髪。
横を通るとふわっと甘い匂いがするんだよな。
サラサラで長い髪。
歩く度に左右に揺れる髪。
ついつい、目で追ってしまう。
って。
いやいや。
僕は、何を考えているんだ。
変態だ。
初めて女子の部屋に上がってなのか変なことを考えてしまう。
そう思ってると、竜胆はこう言った。
「ごめん、横になっていい? 結構怠い」
「あ、悪い。寝ててくれ」
「ありがとう」
竜胆は、ベッドで横になる。
色々と妄想が掻き立てられた。
いやいや。
だからキモいって。
誰が?
僕がだ。
ともかく。
僕は、竜胆を見た。
竜胆は毛布に包まっていた。
顔だけちょこんとでている。
かわいい。
って、相手は病人だぞ。
女子の部屋だから、異常に意識してしまう。
僕は、ある提案する。
「ゼリーでも食うか?」
「食べる」
「おっけ」
僕は、コンビニで買ったゼリーを袋から取り出した。
「スプーンどこにあるの?」
「台所の引き出し」
「分かった、探すわ」
台所に行く。
引き出しを開けるとティースプーンがあった。
ゼリーの蓋をめくり、ゴミを捨てる。
ゴミ箱の中。
僕はそこでタバコの包み紙を見つけた。
銘柄は、マルボロメンソール12ミリと表記されていた。
僕は、そっとゴミ箱の蓋を閉める。
見なかったことにしよう。
なんだろう。
まさか、竜胆みたいなお嬢様で優等生がタバコを吸うとは思えない。
となると、考えられることは一つ。
彼氏。
即ち男である。
うむ。
そうか。
まあ、そうなるな。
竜胆は、清楚である。
清楚系である。
如何にも、性に疎い感じ。
そして、高嶺の花。
竜胆は、美人である。
美人すぎるが故に、男受けは案外良くない。
良くないというか、近寄りがたい。
どちらかと言うと、日向夏の方が人気があるくらいである。
とは言え、清楚でも美人であったらば彼氏の一人くらいはいても不思議じゃないよな。
不思議ではない。
そうなると。
僕は、この家にいてもいいのだろうか?
今にでも、彼氏がこの家に来ることも考えられるのではなかろうか?
て言うか、どんな彼氏なんだろうか?
竜胆の好みな男のタイプ。
どんな奴なのだろうか?
色黒のスポーツ系だろうか。
だとしたら、なんだかムカつくな。
なんか、嫌だ。
別に、竜胆の事が好きとかそう言うわけではないけれど、
竜胆を好きになるような、そんな付き合いはないけれど、
気分が悪い。
胸が、ムカムカする。
僕がそう思ってると、向こうの部屋から竜胆の声が聞こえてきた所で我に帰った。
「正義くん。スプーンの場所分かった?」
「あ、ああ今分かった」
僕は、竜胆の元にゼリーを持って行った。
「起き上がれるか?」
「ちょっと怠いから無理」
「怠いなら無理して外出てくるなよ」
「だから、最初無視しようかと思った」
「それは困るけどさ」
「だからゼリー食べさせて?」
「え? お、おう。分かった」
僕は、ゼリーをスプーンで掬い上げた。
そして、横になっている竜胆の口元へと運ぶ。
竜胆は、小さく口を開けてゼリーを食べた。
もぐもぐと咀嚼して飲み込む。
それを何度か繰り返す。
口を開ける度に、竜胆の白い歯が見えた。
そして、柔らかそうな紅い唇。
間近にそれを見ていると、ドキドキしてきた。
いかんいかん。
病人相手に何を思ってるんだ。
ゼリーを完食した竜胆は、こう言った。
「ちょっと眠くなってきた」
「おい、寝たら僕帰れなくなるんだが」
「鍵机の上に置いてあるから、鍵閉めてドアポストに入れといてよ」
「分かった」
「あのさ、寝るまで手を握っててくれないかな?」
「え?」
竜胆は、右手を差し出した。
僕はその手を取った。
繊細な手。
竜胆の手には触れた事があるけれど、綺麗な手をしていた。
しかし、少し熱く感じた。
熱があるのであろう。
僕は、両手で挟むように竜胆の手を握る。
「こんな感じでいいか?」
「ありがとう、正義くん。やば、めっちゃ眠くなってきた」
そして、竜胆は数分経たないうちに寝息を立てはじめた。
はや。
とは言え。
手を離すやめ時が分からない。
離そうとすると、無意識か手を握り込んでくる。
僕は、しばらく竜胆を見守った。
見守りながら、寝顔を観察した。
普段の顔とあまり変わらない寝顔。
くーくー寝息を立てている。
お人形さんみたいであった。
どれくらい経ったのであろうか。
完全に竜胆が脱力したのを見計らって、僕は握った手を離した。
「そろそろ帰るな」
すると、無意識でそれを感じた竜胆がなにやら口をもごもごさせる。
とりあえず、僕は竜胆の頭をよしよしと撫でた。
心なしか、少し笑っているように見えた。




