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23話 桜木正義の過去

 僕は――桜木正義は、間違った事が許せない性格であった。


 それは、裁判官の父の影響であると思う。


 僕が幼い頃、父にはいつもこう言われた。


「自分で自分の事を顧みて、もしそれが正しいと思うのであれば、それを貫き通しなさい」


 と。


 父は、その言葉を体現した男であった。


 僕は、そんな父を尊敬していた。そしていつかそんな父の様な男になりたいと思っていた。


 しかし、僕に事件が起きた。


 それは、中学二年生の時であった。


 クラスでイジメが横行した。


 二、三人の主犯が、ターゲットに定めた相手に対してイジメを実行するといういったよくあるやつである。


 僕は、それが許せなかった。


 絶対に看過する事が出来なかった。


 見て見に振りをする先生も許せなかった。


 故に、イジメの現場に居合わせた僕は、すぐにそのイジメを静止した。


 その結果、逆に僕がイジメのターゲットにされた。


 それは別に構わなかった。


 自分の正しいと思う事を貫けたと思ったからである。


 しかし、タイミングが悪かった。


 と言うのは、当時父が担当していた裁判の結果である。それは、全国的にニュースになる程あまりにも人道に反する凶悪事件の裁判であった。その事件の内容は、障害者が入居する福祉施設に入り込んだ容疑者が、その施設の入居者を十五人殺害したと言うものであった。


 容疑者は、すぐに警察に捕まった。


 しかし、その容疑者の父は国の要人だったのである。


 事件の犯人は有耶無耶となり、代わりに被害者のケアを担当していた職員数名が容疑者として仕立て上げられることになった。仕事における精神的苦痛といつ偽りの動機まででっちあげられて。


 もちろん父は、その裁判において無罪判決を出した。


 当然、冤罪をかけられた職員に一切証拠はない。当たり前である。罪を犯してないからである。


 しかし、国はそれを許さなかった。


 世間もそれを認めなかった。


 メディアは、父の無罪判決を異例の判決であると面白半分にニュースにした。極悪犯罪者を無罪にする無能裁判官として。


 その結果、父は世間から大バッシングを受けることとなった。


 すぐに自宅の住所は特定されて、殺人予告の電話もあった。


 家に、殺人者を擁護する無能裁判官とラクガキされたこともあった。


 父は、かなり精神的に追い詰められた。


 そんなニュースを知ったイジメの主犯格は、すぐに僕を殺人者を擁護する無能な父の息子としてなじった。


 それまで、イジメは主犯格によるものだけであった。しかし、それはそうでないクラスメイトと加わることになった。


 最初イジメは、上履きがなくなったり勉強道具がなくなったりする程度であった。しかし、父がメディアで叩かれる様になってから、イジメはエスカレートする様になった。


 イジメは、最終的には集団的暴力となった。


 リンチは、毎日授業間の休み時間に行われた。


 そして僕は、学校に行かなくなった。


 誰も助けてくれなかった。


 先生は、相変わらず見て見ぬ振りであった。


 悲しかった。


 辛かった。


 イジメから助けた同級生にまで暴力を振るわれた。


 僕は、絶望した。


 僕は、以来人を信用しなくなった。


 家族は、引っ越しを余儀なくされた。


 しかし僕は、親には迷惑をかけたくなかった。故に、県外のなるべく遠い学校に進学した。


 そして今に至る。


 今に、至る。


 僕は、竜胆に全てを告白した。


 淡々と、語った。


 平然を装って。


 竜胆は、泣いていた。そして、僕を抱擁した。


 僕は、それを振り解こうとした。しかし、強く抱かれた腕を解く事が出来なかった。


「おい、やめろよ!」


「つらかったね」


「もう、終わった話だよ」


「ううん、終わってない。終わってないよ。正義くん、本当につらかったね」


「だから、別にもうなんてことないって」


「そんな事ない。正義くん、今まで耐えて来たんだよね。もう、我慢しなくていいんだよ。頑張らなくていいんだよ」


 その言葉で、僕は決壊する。


 崩壊する。


 僕の守りも全て。


 僕の全ては、打ち砕かれた。


 熱のせいかもしれない。


 僕は、涙が止まらなかった。


「僕は、僕は辛かったんだ。ずっと苦しかったんだ」


「今までよく頑張ったね。もう、頑張らなくてもいいんだよ」


 長い時の中、竜胆の胸の中で泣いていた。


 どれくらいの時間、泣いただろう。


 今まで、泣いた事なんてなかったのに。


 涙なんて、いつも堪えられたのに。


 竜胆は、いつまでも僕を抱きしめていた。

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