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14話 寝落ち電話

 帰宅後、どっと疲れが押し寄せきたので、早めに夕食、シャワーを済ませて床に入った。


 目を閉じる。


 しばらくして、身体がふわっと宙に浮くような気持ちの良い感覚に包まれた。交感神経優位から副交換神経優位に移り変わったのである。


 普段ならば、そこからすぐ寝入り込むのだが、それを妨害するものがあった。


 着信。


 スマホからである。


 熟睡一歩手前で、一気に夢から現実に引き戻されてしまった。


 僕は、スマホを手に取った。


 着信は、竜胆からであった。


 そう言えば、夏休み入る前に連絡先交換したんだったな。


 時間を確認する……まだ、二十一時過ぎか。


 僕は、通話ボタンを押した。


「もしもし……なに?」


「あ! ごめん! 寝てたよね?」


「まあな、それでどうしたの?」


「えっと、えっと、あの、その……」


 なにやら尋常ではなさそうな声である。 


 竜胆の声は、震えていた。


 僕は、問う。


「大丈夫か? 何かあったのか」


「あの、えっと……」


「はっきり言ってくれ! 何があったんだ!」


「怖くて寝られないの!」


「は?」


 …………。


 どうやら、そう言う事らしい。


 詳しい話を竜胆から聞くと、今日見に行ったB級ホラー映画のことを思い出して、震えているらしい。


 劇中、夜中で幽霊に襲われるシーンがあった。きっとあのシーンが原因だろう。


 僕は、竜胆に尋ねる。


「電話だったら僕じゃなくて日向夏でよかったんじゃないのか?」


「凪さんにも電話したんだけど、繋がらなかった……」


 あっそう。


 多分、寝てるな。


 だから、僕に電話をかけて来たわけか。


 B級ホラー映画で、ビビる竜胆。


 改めて考えたら新鮮である。


 クラスではお淑やかなお嬢様である竜胆が、震えて僕を頼っているのである。なんかちょっとシュールで面白い。


 年相応の女の子らしい。


 そう僕は思った。


 そこで僕は、思いついた。


「映画のさ、後ろを振り返ったらお化けいたシーンあったじゃん?」


「やめて!」


 本気で、怒られた。


 ちょっと目が覚めた。


 竜胆は、つづけてこう言った。 


「本当に怖いから辞めて! 私一人暮らしだから!」


「そう言えば、竜胆さん一人暮らしだったよね。やばいじゃん」


「そうなの、やばいの!」


 自分で言ってなんだが、一体何がやばいのかよくわらない。


 僕も一人暮らしだけれも、僕の場合はそもそもずっと一人ぼっちである。逆に幽霊の友人がいても面白いなと思う今日この頃であった。


 竜胆は、ぼそっと呟く。


「それそうとなだけど……」


「どうした?」


「トイレ行きたくなっちゃった」


「お、おう。行けばいいじゃないか?」


「今の状態で行けると思う?」


「知らねえよ。行けるんじゃね」


「無理よ!」


 即答であった。


 そして、竜胆はこう続けるのであった。


「電話切らないでね! トイレまでケータイ持ってくから!」


「切らねえよ!」


 と言うか。


 一体、竜胆は電話しながらどうやってトイレするんだ?


 出来る出来ないの話ではなくて、コンプライアンス的な意味で。 


 …………。


 いや。


 違うぞ。


 断じて違うぞ!


 いやらしい意味ではない。


 電話の奥で、ガタガタと音が聞こえる。


 トイレに向かっている音だろうか。


 竜胆は、呟く。


「どうしよう」


「何が?」


「電話切らないで欲しいけど、切ってほしくない」


「まあ、そうなるな」


「どうしよう、漏れそう」


 もう、いっそ漏らしてしまえば面白いのに。


 冗談はさておき。


 僕は、竜胆にこう提案する。


「通話、消音ボタン押せばそっちの音声入らないぞ。僕はなんか喋ってるから」


「分かった」


 その瞬間、消音ボタンが押されたのか、スマホから何も聞こえなくなった。


 多分、今この時にも致しているのだろう。 


 僕は、適当に記憶にある怪談話をしてみることにした。


 稲川淳二風に。


「僕の友達が、霊感がある人でねぇ。修学旅行で沖縄に行った時、防空壕を見に行って、そしたらねぇ……」


 その瞬間、


「ふざけないで! と言うか、あなた友達いないでしょ!」


 と怒号。 


 反省。


 でも、友達いないは余計だぞ!


 とりあえず、謝る。


「ごめんごめん」


 それから、ふざけずに適当に桃太郎でも語り始めた。


 …………。


 しかし。


 なんつう羞恥プレイだ。


 何を致しているかは明言しないでおく。


 しばらくして、スマホから声が聞こえて来た。


「ありがとう」


「どう致しまして」


「それはそうと、もう一つお願い聞いてもらってもいい?」


「何?」


「実は、私お風呂もまだ入ってないの」 


「一日くらいお風呂入らなくてもいいじゃねえか」


「お風呂入ってないのも無理!」


 知らねえよ。 


 仕方ない。


 僕は、渋々竜胆の要求に従うことにした。


 竜胆は、風呂では通話を消音にはしなかった。故に、シャワーの音が聞こえる。時々、竜胆の鼻歌が聞こえる。痩せ我慢かもしれない。


 だけど、電話先でクラスメイトがシャワーを浴びているなんて……複雑な気分である。


 僕が勝手にそう思っているだけで、向こうは何も意識していないだろうけれど。


 男子と女子でありがちなこと。


 男子は、女子に話しかけられただけで相手のことを意識してまう。好きになってしまうこともあるけれど、先方は男子のことなんて、なんの意識もされていない。


 男子は、女子のことを異性として意識するけれど、


 女子は、特定の男子しか異性として見ていない。


 つまりは、そう言うことなのだろう。


 竜胆からしてみれば、僕はジャガイモとかカボチャに見えているのだと思う。


 …………。


 それはそれで、なんかムカつくなぁ。


 しばらくして、竜胆は浴槽から出て来た。


 そして申し訳なさそうに、こう言うのであった。 

「最後のお願いなんだけど、眠るまで通話切らないでね」


「もう、好きにしてくれ」


 竜胆は、電話が繋がっていることに安心してか、床についてからは早かった。


 すぐに、くうくうと寝息を立て眠り始めたことが電話越しにも分かった。


 今までのことで頭がどうにかなりそうな僕は、それをしばらく聞いて、彼女が寝た確信を持ってから通話を切った。


「やっとゆっくり寝られる」 


 僕は、横になる。


 そう思ったのも束の間であった。


 通話キャンセル音で目が覚めたのだろう、再び竜胆から電話がかかってきた。


 僕は、寝転びながら通話ボタンを押した。


 竜胆の震えた声が聞こえた。


「どうして切るのよー」


「分かったよ、繋ぎっぱなしにしときゃいいんだろ?」


「うん」


 結局、僕は竜胆と寝落ち電話をすることになった。


 向こうに、いびきが漏れてないかだけ心配である。


 しかし、目を瞑ってからは一瞬であった。 


 落ちる。


 闇へと。


 …………。


 空白。


 光。


 そして、すぐに朝。


 僕は、よろよろと起き上がる。


 ぼやけた視界でスマホを見ると、竜胆との通話は繋がったままになっていた。

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