05 大声で振られたとか叫ばないで
俺のクラス、1年1組の教室に着くと、そこにはだいたい20人くらいの先客がいる。
入学当初は中学時代に仲のよかった他クラスの生徒が来たりしてわちゃわちゃしていたが、今ではすっかりクラスの雰囲気が形成され、割と安定した朝を過ごすことができていた。
「おはよ」
「アッキーか。おはよう」
電車通学の友人、南波真一に早速声をかける。
彼はまさしく冴えない男子の日本代表で、オタクという職業に就いている。
分厚い青縁の四角形眼鏡に、細身の体。
本来目は俺よりずっと大きいはずなのに、強い眼鏡の度のせいで、凄く小さく見える。
真一は俺の席の真後ろを自分の領土としていた。
つまり、彼は俺の後ろの席。6月の席替えがあってから話すようになり、結構仲良くなった。
「なんか眠そうだな」
「これぞ、徹夜アニメの効果である」
「へぇ。何のアニメ?」
「『転生したらうんこだった件』に決まってる。作画もいいし、声優も最高。絶対にアッキーも見るべきだと思うね」
最近流行りのやつか。
でも、主人公がうんこだからな。その中身は女子高生だとしても、流石に作者のヤバさが滲み出ている作品だ。
よし、今日帰ってから観よう。
「それってさ、今何期まであるっけ?」
「今あってるのが6期。ちなみに3期から2クールになったために、かなり話数が多い。感謝したまえ」
「おー、それはそれは壮絶な長旅になりそうだ」
俺と真一が愉快に話していると、隣の席の美少女、早坂日菜美が教室に入ってくる。
彼女は毎日俺と同じバスに乗っているのだが、なぜか教室に入るタイミングはかぶらない。
それが俺には微妙に気まずい。
俺、避けられてる?
「早坂さん、おはよう」
「おはよう山吹くん」
席が隣になった人には、男子であれ女子であれ、宿敵であれ旧友であれ、とりあえず挨拶をすることにしている。
友好な関係を築くための、最低限のマナーだ。
そのおかげか、4月に隣の席になった千冬とは仲良くなれたし、5月に隣の席になった桜ヶ丘龍治とはお互い尊敬し合う仲になった。
初登場なので軽く説明するが、龍治はハーバード大学を目指しているらしい天才少年だ。
もう少ししたら登校してくるだろう。
「バスではぶつかってごめん。いきなり揺れたからさ」
「ううん、大丈夫」
「それで……その……テストもうすぐだな」
なんだこの会話。
気まずさを全面的に押し出しているようなものだ。
ていうか、もし早坂さんが俺を意図的に避けているのなら、あんまり話しかけない方がよかったのでは?
「そうだね。山吹くんはテスト勉強順調?」
ちゃんと話してくれた。
「全然駄目かな。勉強しようと思っても、なかなか机に座れないし」
「意外かも。いっぱい勉強してそうだから」
テスト勉強やってないトークは世間話みたいなもので、実際はしっかりテストに備えている。
でも、なんでも素直に聞き入れそうな早坂さんに言うと、嘘をついているようで申し訳ない。
「えっと……」
別の話題を振ろうか考えていたところで、早坂さんが机に視線を戻した。
それは睡眠の合図だ。
これから机に突っ伏して寝る、という意思表示であり、よほどのことがない限りは起きない。
これにて、早坂さんとの会話イベント終了。
「アッキー、これはどういうことだ?」
「え?」
次はまた真一との会話イベントが強制スタート。
彼は俺と早坂さんが話している間は置き物のように動かなかった。
「早坂と話すことのできる生徒は貴様以外にいない。おれが妄想の中で話しかけても、一度だって反応してくれない」
「それは妄想の中だからでは?」
「いや違う。どれだけ周囲の生徒が話しかけても、彼女は応えない。それなのに、何故貴様が……」
真一のこの言葉に嫉妬のような感情はない。
――純粋な疑問。
答えを求める表情をしている。
「俺だってわかんないよ。席が隣だからじゃない?」
「それはない。早坂が話すのはアッキーだけだ」
「そんなに気になるなら本人に聞いてくれ。俺は知らん」
ちなみに、俺と真一はこの会話が早坂さんの耳に入らないよう、ひそひそ声で話している。
「ただでさえ彼女持ちだというのに、さらに罪な男になろうとしているのか?」
「あ……そのことだけど……」
「ん?」
「実は昨日、千冬に振られた」
「ふっ、振られた!?」
真一の声が教室中に響き渡った。
話し声でいっぱいだった教室に静寂が訪れる。
確かに、誰かが振られた情報のことが大好きな人種もいるし、当然のことのようにも感じるが……。
「――ッ!」
バタッと。
机に伏せていた早坂さんが起き上がった。
目を驚くほど見開いている。
クールビューティーな一重美少女の早坂さんだが、こんな表情ができるとは……。
美しさだけじゃなく、可愛さも兼ね備えている。
珍しい早坂さんの覚醒に、周囲の生徒の注目が集まった。
男子生徒だけでなく、女子生徒まで。初めて見る早坂さんの驚き顔に見惚れていた。
「……」
周囲からの視線を浴びていることに気づいた早坂さんは、ほんのり頬を赤くしながらいつもの冷静な表情に戻る。
そして、俺に視線を注いだ。
それに触発されるかのように、今教室に来ている生徒全員の視線が今度は俺に集まっていく。
これは間違いなく、真一のせいだ。
『え、今振られたって言った?』
『嘘、山吹くんフリー?』
『アッキーどんまい』
『長谷部フリー来たぁぁああ!』
俺や千冬に関するコメントで溢れ返る教室。
ていうか、アッキーどんまいって言った奴誰だよ。
真一に非難の視線を注いでみるが……。
「いやいや、思いの外大きな声が出てしまった。申し訳ない」
全然反省している様子がないんですけど。
「もう終わったことだし、仕方ないけどさ……」
「いろんな意味で終わってるようだ」
決めた。
あとで真一にはオレンジジュース10本奢ってもらおう。
そんな風に考えるも、まだクラスメイトの大半の視線を独占している状況を思い出す。
早坂さんが微笑んできた。
女神の微笑みと形容するに相応しい、神々しい微笑み。ていうか、なんで早坂さんは微笑んでるんだ?
俺が振られたことを、ざまぁみろとか思っているんだろうか。
そうだとしたら悲しい。
――キーンコーンカーンコーン。
朝の読書タイムを知らせるチャイムの音が鳴った。
それで我に返った生徒たちが、机の上に本を出し始める。
この時間になればクラス40人中35人くらいは教室の中にいる。
でも残念ながら、毎日のように遅刻してくる生徒もいるわけで……。
「アッキー、噂の元カノのご登場だ」
本を広げた俺の後ろで、真一が囁いた。
やっぱりオレンジジュース10本だけでは許せない。11本くらいは買ってもらわないと。
教室後方の引き戸が弱々しく開放され、可愛い系美少女が入ってきた。
その美少女の名前は長谷部千冬。
つい昨日俺を振ったばかりの、元カノだ。
《次回6話 美人教師は遅刻の常習犯》
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