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俺を振った元カノがしつこく絡んでくる。  作者: エース皇命


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03 ファーストキスは奪われている

 姉さんは数分間、別の世界に行っていた。

 顔面蒼白とはこのこと。


 もしかしたら、そのまま魂だけ異世界転生してしまったのかもしれない。姉さんも流行りに乗っかる系女子だったということだ。


「秋くん? ちょっとどういうこと? 説明して」


「姉さんには黙ってたんだけど……俺、2週間くらい前に彼女できたんだ。まあでも、ついさっき別れて――」


「いつから?」


「え、だから2週間前に――」


「何日?」


「えーっと……6月2日だったかな」


「何時?」


「午後4時半くらい」


「正確には?」


「そんなの覚えてないって」


 これは尋問だ。

 すっかり犯罪者みたいになってしまった俺。


 姉さんは面倒がられるタイプの尋問官。もし嘘を付けば、俺の首が吹っ飛ぶ代わりに、俺の貞操が奪われる。


 俺は童貞であることを誇りに思っているのに。


「なんでお姉ちゃんに教えてくれなかったの? お姉ちゃん、秋くんの伝記を書いてるんだよ?」


 なにそれ初耳です。


「こうなることがわかってたからだよ」


「こうなる、って?」


 姉さんの目が冷たい。

 やっぱり冷酷な尋問官だ。


「ほら、姉さんが悲しむかなって。だからあえて黙ってたというか、姉さんを苦しめないために……」


「秋くん……」


 姉さんのホールドがさらに強烈になった。アナコンダでもこの強さは不可能だろう。いっそのこと、アマゾンの熱帯雨林とか、そういうところで暮らしてほしい。


「お姉ちゃんのこと、やっぱり誰よりも想ってくれてるんだね」


「まあそういうことかな」


 そういうことにしておこう。


「それで、その、も・と・カ・ノさんの名前は?」


長谷部(はせべ)千冬(ちふゆ)。同じクラスの――」


「ああ、あのメス……じゃなくて、最初の席が隣だった子だよね?」


 少し姉さんの闇を感じた。


「そうだけど――え、なんでそれ知ってんの?」


「秋くんのお姉ちゃんなんだよ? 私が知らないわけないでしょ」


 そっか、俺の姉さんだもんな。


「それで、どうしてあのメスは、こんなに可愛くてかっこよくて、優しくて尊い秋くんを振ったの?」


「俺の愛が足りない、みたいな感じで言ってたけど、多分他に好きな人ができたんじゃないかな。実際、この前千冬がイケメンと歩いてるの見たし」


「コロス」


「?」


「あり得ないよね? 秋くんという最高の彼氏がいながら、浮気(・・)してたんだよね? やっぱりお姉ちゃんが殺して――」


「姉さんに罪を犯してほしくない。だから落ち着いてくれ」


 殺す、とかそう簡単に言うものではありません!


 実際、姉さんなら本当に()ってしまいそうだ。俺が抑止力にならなくては。


「秋くん……お姉ちゃんのことをそんなに大事に……」


「それでさ、なんか姉さんと話してたら気が楽になったから、そろそろ晩御飯でも――」


 話題を変えたい。

 その気持ちもあったが、なんか気が楽になったのも事実だ。


 姉さんが茶番みたいなことをしてくれたせいか、もう振られたことなんて、千冬との懐かしの日々なんて大して頭に残っていない。


「秋くん、まだ話は終わってないよ」


「いやー、そろそろ晩御飯作ろうよ。お腹空いたなぁ」


「もうお姉ちゃんが準備したから、秋くんが作る必要はないよ。ねえ、解放してほしければ、お姉ちゃんの質問に答えようね」


 脅しが上手いヤツ。


 悪役も上手くこなせるのが、俺の自慢の姉だ。


 でも、ここでひとつ問題が。

 姉さんが作る料理はいつもイタリアン。というか、ほぼパスタ料理。俺は昼にイタリアンの店で食べてきたんだけど……。


 まあ、それを今考えても遅いか。


「はいはい、それで、質問って?」


「そのメスと、どこまでヤッたの?」


「どこまで、って……まだキスもしてないけど」


「キスもしてない!? ってことは、そのメスの体は単なる性欲の発散に――」


「……」


 弟はドン引きしてます。

 姉さん、もしかして実はビッチなのか?


「キス以上のことはしてないよ。てか、それこそ姉さんは経験が――」


「あるわけないでしょ! お姉ちゃんの処女は、秋くんのために残してるんだから」


 生々しい話をしたいわけじゃない。


「とにかく、俺はそんな積極的じゃないし、ただ二人で街に出掛けたりするだけで楽しかったんだ。でも、千冬はそれが不満だったらしいけど」


「不満? 秋くんという存在を隣に置きながら、不満? やっぱり殺――」


「――さないで。平和的解決といこう」


「戦争を吹っかけてきたのはあっちなんだよ? 温厚に済ませるなんて、できないから!」


 これはちっと面倒な問題に発展し過ぎたらしい。

 もうこっちに切り札はない。


 どうすれば静かになってくれるだろう。


「ねえ秋くん、キスはまだなんだよね?」


「え、まあそうだけど」


 改まった表情で聞いてくる姉さん。なんだか嫌な予感がする。


 ――と思ったら。


「――は? ちょっと、何を――」


「ひょっとしてファーストキスだった? 残念、秋くんのファーストキスは、もうお姉ちゃんが14年前のあの日に奪ってるんだよ」


 姉さんが俺の唇を奪った。

 気づいた時には、もう遅かった。


 頬をほんのりと赤らめた姉さんが、キスの後味を噛み締めるように自分の唇を舐めている。


「これで、長谷部千冬に勝ったね。今日はこのくらいにしておいてあげる」


 俺が何か言い返す間もなく、姉さんは勝ち誇った顔で部屋を出ていった。




《次回4話 美少女とぶつかるバスの中》

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