13 新しい部活に強制入部!?
読書タイムが終わると、慌てる様子もなく堂々と松丸先生が遅刻してくる。
「こうやって遅刻するのには慣れてきました。でも、みなさんは絶対に『慣れ』に惑わされないように。慣れは同時に危険ですからね」
だから、あなたにだけは言われたくないんです。
「ここは笑っていいのよ。どうしたの? みんな怖い顔して」
担任の言動を軽蔑しているからだと思うが、流石の龍治も本当のことは言わない。
松丸先生は相変わらず朝だけの伊達メガネをかけていて、知的な雰囲気を醸し出していた。
でも最初の遅刻で全てが台無しだ。
入学してすぐの頃は、若いのにサバサバしていて有能なキャリアウーマンだと誤解していた。
「そんなみんなに、今日は特別なお知らせがあります」
松丸先生は満面の笑み。
誰も大した期待はしていない。
どうせ彼氏ができましたとか、最近ちょっといい感じの人がいるんですとか、そういう類のことだろうと察しているからだ。
「もしかして彼氏できたんですか~?」
壮一でも察せている。
「もう、そんなことじゃありません。私を何だと思ってるのかしら? 今までみんなに彼氏の話した?」
「前の彼氏とは夜の相性が良かったんですよね?」
「壮一君、なんで知ってるの?」
あなたが言ったからです。
松丸先生は大袈裟に驚いてみせたが、多分わざとだ。
そう願いたい。認知症であるとは思いたくない。
壮一がその質問に答えることはなかった。微妙に先生がスベった雰囲気になって、教室に10秒間の沈黙が訪れる。沈黙を破ったのはもちろん、松丸先生だ。
「この清明高校に新しい部活ができます!」
『えー!』
『なにそれー!』
『どんだけー!』
バリエーションの少ないクラスメイトたちの声が上がる。
新しい部活ができるという体験は、中学の時にもなかった。学校生活の中でも、かなり珍しいことではなかろうか。
なにせ、新部活発足にはいろいろと面倒な手続きがあるし、最低でも3人くらいは部員がいるし、そのために顧問の先生も必要だから。
とはいえ、帰宅部の俺には関係のない話だ。
俺にとって重要なことは早く家に帰ることであり、休日を謳歌することである。
「秋空君、そんな興味なさそうな顔しないでちょうだい」
普通にバレた。
だって仕方ない。本当に興味がないんだもの。
「あなたにも関係することなのよ。ちゃんと聞いてね」
「え、僕にも関係するんですか?」
「当たり前じゃない。むしろ、この学校の中で、あなたが1番関係すると言っても過言じゃないくらい」
「でも僕は帰宅部ですし――」
「そう、帰宅部!」
「へ?」
「新しい部活として、帰宅部が発足しました!」
1年1組の教室は混乱に包まれた。
なぜ帰宅部を部活動にする必要がある? 帰宅部は部活じゃない部だからこそ、人気があるのだ。
「アッキー、おれも帰宅部なのか?」
「俺に聞かれても知らん」
「アッキー、おれは帰宅部辞めて帰宅してもいいか?」
「ややこしい」
後ろの真一は気が気じゃない。
もし松丸先生の言ったことが嘘でなければ、現在部活無所属の生徒は全員帰宅部に入部する、なんていうことになるかもしれない。
俺にとってもそれは困るし、まだいまいち事情がわかってない。
この一大事に、俺と同じく部活無所属の日菜美は……ぐっすり眠っていた。
「もう申請が終わって、あとは部長のサインを待つだけよ。秋空君、こっちに来てちょうだい」
「え、何ですか?」
「いいから、こっちに来て」
「もしかして……」
――俺が部長、ということだろうか。
「部員はもう3人集まってるの。ちなみに、その中に秋空君もしっかり入ってるから。帰宅部のエース兼部長として、部を引っ張ってちょうだい」
衝撃の既成事実に、龍治が眉をひそめる。
ここで、帰宅部なんてふざけた部活認めてたまるか、というまともな主張が出されることを期待した。
「もし帰宅部が帰宅部と言われるのであれば、帰宅部に入っていない帰宅部はどうなるのでしょうか? ちなみに、秋空を帰宅部の部長にすることには賛成です。彼には誰よりも責任感があります」
「帰宅部に入ってない帰宅部って、龍治君や真一君のこと? 別にそれは無所属という形で構わないそうよ。ちなみに、帰宅部にはしっかりとした放課後の活動があるの」
龍治たちが無所属のままなら、俺も無所属ということで帰宅部を退部したい。
「どんな活動ですか~?」
卓球部の壮一にはまったく関係のないことかもしれないが、今回ばかりは聞いてくれて助かった。
「それは、ひ・み・つ。帰宅部に入ることで知ることができるの」
「気になるのでおれも帰宅部入っていいですか? 憧れてたんですよ~」
「だーめ。帰宅部は兼部禁止です」
帰宅部は兼部禁止。
だとすれば、卓球部の壮一は帰宅することすら許されないのか。
「今帰宅部への入部が決まっているのは、秋空君と秋空君のお姉さん、そして早坂さんよ」
ぎょっとして隣の席を見る。
他の生徒も同様だ。
でも日菜美はまったく起きずに、机に突っ伏して寝ている。名前を呼んだら起きるかな?
「日菜美」
「――ッ」
起きた。
普通のトーンで名前を呼んだだけで、ここまでの覚醒効果を導けるとは。
もしかしたら俺の声は特別な力を持っているのかもしれない。
「日菜美って帰宅部入ったの? ていうか、帰宅部作ったのって……」
「私と夏凛様。秋空くんを部長に推薦したのは私」
「……」
なぜそんなことをした?
そして姉さん……日菜美と仲良くなってくれたようで何よりだ。
「いいから秋空君、この書類にサインして。これは教師からの命令だから、絶対なの。なんだか興奮するでしょう?」
「パワハラとセクハラです」
「あら、いいじゃない。言っておくけど、顧問は私よ。安心して、毎日楽しい部活になるから」
「顧問松丸先生!? おれ、やっぱり帰宅部入ります!」
「駄目って言ったでしょ? 帰宅部は兼部禁止なのよ」
「じゃあ卓球部辞めて帰宅部入ります!」
「それなら……いいかも」
「ちょっと! 卓球部のエースをそんな部活に入れないでください!」
日本卓球界の未来のために、俺は声を張り上げた。
壮一をこんなくだらない部活に入れさせてたまるか。
「それじゃあ、秋空君がこの書類にサインしてくれたら、壮一君の未来を守ってあげる」
サインしなかったら壮一の未来をめちゃくちゃにするのか。
最低だな、それ。
「わかりました」
最近多くなってきた面倒な顔で、椅子から立ち上がる。
俺の犠牲によって日本卓球界の未来が少しでも明るくなるのなら、受け入れるしかない。
「あの、あたしも帰宅部、入ります!」
ここで新しい入部希望が現れた。
ついさっき、読書タイムの前に言葉を交わしたばかりの女子生徒だ。
「あたし、副部長やります!」
《次回14話 部活の方針が狂ってる》




