11 ハグは往来の真ん中で
壮一が卓球部のエースであるとするなら、俺は帰宅部のエースだ。
実際そんな部活は存在しないのに、全国共通で部活無所属=帰宅部という認識になっている。
帰宅部という名前の創始者を知りたい。
非公式ながらも、俺は今、帰宅部の活動をしている。つまり、校門を出てバス停に向かっている。
部活動をしている時には嫌なことを忘れて打ち込める、なんていう言葉があるが、確かに今は第3会議室での苛立ちを忘れているような気がした。
「秋くん、待ってたよ」
バス停には姉さんがいた。
いつもより30分くらい遅れたので、もうとっくに帰っているだろうと思ったのに……俺はどうやら姉さんを侮っていたらしい。
バス停には同じ清明高校の男子生徒が5人いて、姉さんの方をちらちらと見ながらスマホをいじっていた。
美人に見惚れてしまうのは仕方がない。
「今日は遅かったね。何してたの?」
「ちょっと担任と話しててさ。なかなか帰してもらえなかったんだ」
「そっかぁ、松丸先生かぁ……」
嫌な予感がする。
「27分14秒もナニしてしたのかなぁ?」
「その時間の中には移動とかも含まれてるから、厳密には――」
「ううん、学校からバス停まで、秋くんの歩くスピードから考えて3分23秒だから、それを引いて正確な値を出したんだよ」
姉さんって頭いい。
そういえば姉さんは2年理系で学年上位5人に入る秀才だったっけ。
「松丸先生とは英語のことでちょっと話してただけだよ」
「秋くん、お姉ちゃんが弟の嘘を見抜けないと思う?」
思わない。
「英語のことなんて嘘で、いやらしい話してんでしょ?」
「したくてしてたわけじゃないよ……」
姉さんが優しく抱き締めてきた。
往来の真ん中でこんなことされるなんて……柔らかい感触に抵抗できなかったことも含めて恥ずかしい。
周囲の男子たちが羨望の眼差しを向けてきている。
弟だから許してほしい。
姉さんは何度も俺の頭を撫で、豊満な胸を押し付けてきた。
「辛かったね。これって教師からのセクハラってことだよね? お姉ちゃんが訴えておいてあげるから」
セクハラなのは否定できない。
「とりあえず大丈夫だから。一旦落ち着いて」
「落ち着いてるから安心して。落ち着いてないのは秋くんの方だよ。お姉ちゃんに抱き締められてドキドキしてるんでしょ」
「もうそろそろ離して」
「秋くんったら、ツンデレ」
姉さんはまだ弟を手放そうとしない。
この拘束のせいで、バスを1本逃したことに気づいてないらしい。
抵抗虚しく抱き締められるがままにしていると――。
「秋空君?」
「はっ、早坂さん――ッ!」
永遠の眠りにつきたい。
こんなところを早坂さんに見られるなんて、幻滅どころでは済まされないぞ。
強引に姉さんの腕をほどき、早坂さんと向き合う。
早坂さんは俺と身長がほとんど変わらない。
俺が167センチであることを考えると、早坂さんは少なくとも165センチはあるだろう。
「今日は遅いね。いつもは……誰よりも早く帰ってるのに」
帰宅部であることに誇りを持ってるから当然だ。
とはいえ、姉さんと抱き合っていたことに一切触れないことがむしろ気まずい。
「早坂さんこそ、なんでこんな時間に?」
「なんでかな。秋空くんと話したかったから?」
唇に人差し指を当てながら、首を傾げる早坂さん。
そんな可愛い顔で聞かれても、答えようがない。
そしてそんなことを言ったら、姉さんが黙っているはずがない。
「秋くんは大好きなお姉ちゃんの相手をしないといけないから、もう秋くんには話しかけないでね」
「いや、好きな時に話しかけてくれていいから」
「秋くん!?」
「姉さんのことは気にしないで」
早坂さんが微笑んだ。
困った姉だね、と言われているような気がする。
「秋空くん、そういえば、まだ質問の答え聞いてないよ」
「質問の答え?」
「昨日言ってた、ショジョについて」
姉さんがぎょっとした。
俺を腕を掴み、強引に自分の胸に寄せる。
柔らかい丘に挟まれる腕。
「秋くん? このどう見てもエロそうな子とそんな話してたんだね?」
「いやそういうわけじゃ――」
「ショジョって、エッチな言葉なの?」
早坂さんって、もしかして純粋なんだろうか。わざとらしさも感じないし、もしかしたら本気で処女という言葉を知らない可能性が出てきた。
「あ、バスが来た。早坂さん、また明日ね」
いいところにバスが来てくれた。
チャイムといいバスといい、タイミングは最高だ。
「私もおんなじバスだよ」
そうだった。
じゃあタイミングは微妙だ。
一旦会話を打ち切ってからバスに乗車する。
通勤ラッシュではないので、座ることのできる場所はいくつもあった。
でも、俺は座席に関してマイルールがある。
空いていればの話だが、1番前のひとり席に座るのだ。もしそこが空席じゃなかったら、どこにも座らず立つことにしている。
「秋くん、お姉ちゃんと二人で座ろうね」
「俺は絶対二人席には座らないって知ってるでしょ。悪いけど」
そこは譲れない。
いつもより強引に、ひとり席に腰掛ける。
「秋空くん、ショジョって何?」
今度は早坂さん。
バスの中でも聞いてくるのか。
他にも席はいっぱいあるのに、俺の後ろの二人席に腰掛けている。そして、仕方なくその隣に座るのが姉さんだ。
「自分の口では言いたくないから、それは姉さんに聞いて」
「お姉さん、ショジョって何ですか?」
「お姉さん? 私は秋くんのお姉ちゃんであって、あなたのお姉さんじゃないから!」
「えーっと……」
「夏凛! 私のことは夏凛様って呼んで」
「夏凛様」
「ふん、悪くないかも」
なんか仲良くなってるようで何よりだ。
いっそこのまま意気投合して、俺のことなんて忘れてくれないかな。
《次回12話 読書タイム中の私語は禁止らしい》




