10 元カノと二人きりはやめてくれ
ガチャリと音がしたのを聞いて、自分が第3会議室に閉じ込められたということに気づいた。
この部屋の廊下側についている窓は、外からの視界を遮断し、会議に適した空間を実現させている。
これが凶と出た。
「……やっぱりこれ、犯罪だな」
担任の残像を睨みながら、ぼそっと呟く。
でも、なんで俺をここに閉じ込める必要があるのか。
松丸先生は本当に職員室に資料を取りに戻っていて、その間俺が逃げ出さないように封じ込めた、と考えることもできなくもない。
でも、多分違う。
「秋空くん」
掃除用具入れがガタガタと揺れ動き、扉が開かれた。
千冬の名誉のために言っておくが、中にある掃除用具は全部出されていて綺麗に汚れも拭いてある。
「久しぶり」
何を言うのが正しいのかわからなかったので、とりあえずありきたりなセリフを言ってみる。
ちゃんと会話するのは日曜日ぶりだ。
千冬が元カノになってから、初めて話すということになる。
「松丸先生には無理を言って、秋空くんと話す機会を設けさせてもらったの」
「そういうことか」
「ごめんね、でもあたしたちの未来にとって、この話し合いは大事なことだと思ったから」
別れたカップルの未来……それは想像したくない。
爽やか系イケメンといい感じになっているのなら、俺のことなんて忘れて青春してほしい。
「別に怒ってないよ。気まずくて話しにくいのは俺も同じだったし」
「この2日間、本当に辛かったんだから」
わかる。
気まずさって本当に面倒だし、ある意味地獄だ。
振られた側より、むしろ振った側の方が気まずいであろうことはなんとなく察することができた。
「それでね、秋空くん……」
千冬は指先をもじもじと動かし、視線を四方八方に飛ばしながら口を動かしている。
「――もし秋空くんが頼んでくれるなら、また付き合ってもいいかな……なんて」
「――ッ!」
「だから……復縁してあげても、いいよ」
「……復縁……?」
「うん、ほら、あたしも流石に同棲とか気が早かったし? まずはエッチなことから始めるべきなのかなって」
俺はしばらく何も言えなかった。
こんなに感情が高ぶったのは久しぶりだ。
普段は冷静でいることを心掛けているのに、今回に限っては怒りが表情にも出ていたんじゃないかと思う。
「――ふざけるなよ」
「え?」
「復縁してあげてもいい? 自分で振っておいて、その言い方はないだろ。悪いけど、俺は復縁なんて望んでない」
1秒でも早くこの教室から出たいが、残念なことにドアはまだ施錠されている。
どんなに怒っていたとしても、感情に任せてドアを破壊するなんていう問題行動を起こすつもりはない。その判断ができるという意味では、まだまだ冷静だ。
「嘘はだめだよ」
「は?」
「昨日も今日も、たまにあたしのこと見てきたよね? それってあたしのことが気になってるからでしょ?」
多分、それは逆だ。
なんか視線を感じるなと思って確認すると、必ず千冬と目が合ってしまう。本人は無意識的な自分の行動に気づいていないらしい。
「もういいよ。俺は復縁するつもりなんてない。それに、千冬もその方がいいんだろ?」
「……あたしも?」
「いや、なんでもない。でも、別にこれから千冬を無視するつもりもないし、気まずくならないようにするから気を遣わなくていいよ」
「気を遣ってるんじゃないから」
「わかった。それじゃあ一件落着だね」
皮肉っぽく言い、出口に目を向ける。
だんだん松丸先生が憎くなってきた。
早く鍵を開けてくれないかな。もうそろそろ我慢の限界だ。蹴り飛ばす準備をしておこう。
――ガチャ。
俺に超能力が目覚めたのか、視線だけで引き戸の鍵を開けることに成功する。呪文も呟いてないのに。
そんな中二病的幻想を抱いていると、勢いよく引き戸が開かれた。
「秋空君、もう行きなさい。あとは私が話をするから」
「あ……はい」
いろいろと思うところはあるが、待ちに待った解放だ。
やたらと威勢のいい松丸先生に負け、千冬の方は見ずに魔の第3会議室を脱出する。
***
「言ってたことと違うじゃない。秋空君、あなたのこと全然好きじゃないみたいよ?」
「そんなはずは……」
「本当にあなたが振られたみたいね。私も最近振られたから、その辛さは理解してあげられるかしら」
秋空のいなくなった第3会議室。
千冬は担任の松丸天と対峙していた。
女同士、そして敵同士という雰囲気を漂わせながら。
「秋空くんは気を遣ってるだけで……謙虚だから――」
「いい加減、負けを認めたら?」
「――ッ」
「あなたは秋空君に愛想を尽かされたの。もう元の関係に戻ることはできないのよ」
天は秋空を異性として見ているわけではない。
しかし、ちょっとした個人的理由で彼のことを気に入っていた。
からかった時の反応もいちいち面白いし、なんだかんだ言いながらも自分の話を最後まで聞いてくれる。
「秋空君は確かに可愛い子だけど、そこまでこだわる必要もないんじゃない? それにあなたは可愛いんだから、その気になればすぐに彼氏はできると思うけど」
「秋空くんじゃなきゃダメなんです」
「そう」
天はどこか面白そうに笑うと、千冬を部屋の外に誘導した。
第3会議室の中に誰もいないことを確認して、鍵を閉める。
千冬は何か言いたげだったが、結局は暗い表情のまま黙り込んでいた。
「恋愛マスターの私から、秋空君に関してのアドバイスをあげる。気になるなら聞いてちょうだい」
千冬を元気付ける意図なのか、それともただの気まぐれか、天が口を開いた。
「1年1組の女子の中でも、秋空君は人気があるみたい。特に隣の席の早坂さんは完全に好きね。なんとなくわかるでしょ?」
「……早坂さん……」
「授業ではずっと寝てるのに、秋空君との話し合いになると必ず起きて楽しそうに話すの」
「隣の席の相手に迷惑をかけないためとか……」
「前の席で壮一君が隣だった時はまったく違ったの。それが秋空君になった途端、ああなのよ? もう好き確ね」
千冬は普段の早坂日菜美の様子を思い出した。
学年トップクラスの美少女と言われている日菜美。
前から美人だとは思っていたが、彼女と秋空が隣になったことで明確な敵意を抱くようになった女子だ。
胸もまな板Aカップの自分とは違って大きいし、身長も高くモデルのようなスタイル。
千冬だって可愛いし、それこそ男子からは大人気だ。
しかし、日菜美は千冬にないセクシーな魅力を持っていた。それゆえに同性から集まる憧憬としての人気も高い。
「長谷部さん、教師としてでなく、可愛い子供たちの成長を見守るという意味で、あなたを応援してます。自分の価値観を押し付けたりするのはご法度よ」
彼氏に紅茶でなくコーヒーを強制しようとした教師が、価値観の押し付けについての注意をする。
千冬はそんなことを知らないため、素直にアドバイスとして受け取るのだった。
《次回11話 ハグは往来の真ん中で》
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