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幼女吸血鬼と取り戻せない程の恋をした  作者: 菜乃音
第三章の一 近づくは幼女吸血鬼と紳士として

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99 新たなる一歩の変化に不安や障害はつきもの

 休日が明ければ、再びいつもの日常、という名の学校生活の幕は開ける。


 ゆっくりと迫りくる時間に、陽は正直頭を悩ませていた。

 休日は、アリアとデートと称した自分への別れを告げる……メインはデートであるが、濃厚な一日もあった。


 過去の自分を乗り越える――紳士としての第一歩でありながら、自分との向き合いを達成できたつもりだ。


 過去を気にしていないものの、陽は自分の変化に正直なところ戸惑っている。


(……いつもの自分、なんだけどね……)


 現在、学校指定の制服に身を包み、リビングにある大きな鏡の前に立っている。

 自然的な前髪でありながらも、きっちりとした黒い制服は、今の陽と対称的のようだ。

 落ちつかない今の陽にとって、鏡を見るのはある意味で愚行だったのかもしれない。


「自分、か……」


 見上げながらもポツリと呟いた言葉の意味は、陽自身が一番理解している。

 今鏡に映る自分の姿が、自分らしい雰囲気はあるものの、どこか気乗りしていない、そんな自分だから。


 鏡に映る陽は、どこか抜けた紳士であり、アリアだけの紳士である事は自覚している。だからこそ、怖いのかもしれない。


 怖いというよりも、ホモとかの視線が気になっているのだろう。

 どれだけ意識しようと、陽は陽であり、何者にも代えがたい存在であるのは確かだ。

 足りなかった自分を満たしてくれた、アリアが居てくれるからこそ、自分の存在意義に陽は気付けている。


 面と向かって言えないが、アリアが陽を見る視線が変わらなくとも、陽はちょっぴり臆病な自分を隠している。

 ゆっくりと息を吐き出した時、ドアの方から足音が聞こえてきた。


 音鳴る方を見れば、そこには制服に身を包んだアリアが凛とした雰囲気のままに立っている。


 休日の件があっても、アリアは自分らしさが全開だ。


 ちゃっかりと見えている、細い腕についた白いフリルのリストバンドは、今では学校のアリアを思わせる特徴だろう。


 陽はアリアに近づきつつ、軽く笑みを浮かべた。


「アリアさん、準備は大丈夫?」

「陽くん……ええ、大丈夫よ」

「……どうかした?」


 アリアは何故かジッとこちらを見てきており、深紅の瞳は陽の姿をしっかりと反射している。


 どこか腑抜けたような顔をしている自分の姿が映っている瞳は、陽からすればむず痒いのだが。


「何か、心配事でもあるのかしら?」


 淡々とした様子で聞いてきたアリアに対して、表情に出ていたのか、と詮索して陽は思わず自身の顔に触れていた。


 そんな陽の様子を見てか、アリアは小さく微笑んだ。

 アリアに会話で誘導されていたのだと、陽は何となくでも理解できた。

 普段のアリアであれば、心配事は見た現状、しか聞かないのだから。


「……まあ、あると言えばあるね」

「聞かせてもらえるかしら?」

「うん。アリアさんに過去を話して、自分は自分の在り方を見つけたつもりなんだけど……」

「だけど?」

「小さな心境の変わり方を、ホモとかにどう捉えられるのか、少し怖いなって」


 陽は紳士のように、自分らしさの面では他者の目線を気にしていないつもりだった。しかし、ホモや恋羽の二人となれば話は別だ。


 陽がおどおどした様子を見せたのもあってか、アリアは不思議そうに首を傾げていた。

 陽としては、本当の気持ちをアリアに話したのもあって、首を傾げられる理由は無いに等しいのだが。


「陽くんが悩むのは珍しいわね」


 悩むこと自体は珍しくないのだが、アリアからすれば珍しいのだろう。

 陽自身、普段から悩むことはしても己で解決できていたので、悩み自体の相談はあまりなかったのだ。


 アリアに相談するのは、ほとんど紳士としてか、学校での目線問題なのだから。


 陽はアリアの問いを不思議に思いつつも、そっと制服の袖を直した。

 完全に他人事のように微笑んでいるアリア……というよりも、アリアからすれば陽は他人なので何も言えないのだが。


 ふと気づけば、アリアはゆっくりと距離を詰めて、小さな手で頬に触れてきた。


「自分を形作るのは、一日過ぎた過程じゃ難しいものよ。本当の自分を形作るものは、それまで生きてきた経験に刻んだ歴史、他者からの信用で生んでいる、と言っても吸血鬼の中では過言じゃないのよ?」

「そうなの? 形があるけど、形は無いみたいな言い方だね」


 アリアが吸血鬼目線での話をしてくるのは予想外だが、いつも通り過ぎて、どちらかと言えば安心感の方が高いだろう。

 陽自身、アリアの話が理解できないわけではない。


 アリアの言っている通り、アリアの過去を並べて経験談のように言われているので、信頼しかないのだ。


 仮にアリア以外から言われたのであれば、頭の片隅程度に流していただろう。

 アリアという少女は、自分を見つつも、陽自身をしっかりと見てくれる程のおせっかい焼きなので、恐らく適当な発言はしない筈だ。


 それは、今まで一緒に過ごしてきた陽が重々理解している。


「そうね……私が館の主であるように、その私を作ってきたのは少なからず、私自身なのよ。あなたが紳士だと言うのなら、あなたの思う紳士を貫けばいいのよ。共感性の必要もあるでしょうけど、長い時間をかけられる今のあなたはそれを持っているはずよ」


 長期的な目線で見てくるアリアに、陽は正直悩むしかなかった。

 生憎だが、人の寿命は吸血鬼が思っている以上に短いのだ。


 陽は確かに今、自分としてか、紳士としてかの悩みは抜けている。しかし、自分を受け入れてもらえるのかが怖い、という臆病者の運命を背負った自分と向き合っているのも事実だ。


 陽はアリアの言葉を考え深く聞き入れつつも、頭を悩ませるしかなかった。

 考えた末に、そっと口を開く。


「過去をアリアさんに話してから……ホモや恋羽に会うのが初めてで、その心配のせいかな。あ、あれだよ? 自分は確かに自分である、っていう自覚はアリアさんのおかげでもてているからね?」


 言わなくても理解しているわよ、と言いたげなアリアの視線に、陽は少々気まずかった。

 陽を形作るのは、紳士でも、自分でもなく――その道を進み始めた自分だ、と陽は重々理解している。だからこそ、ホモや恋羽とは普段通りに接すればいいのだが、違和感を悟られたくないのだろう。


 生憎、ホモは人の変化に敏感なので、ごまかしが効かないのだ。

 恋羽に関しては人との接し方で全てを見抜きそうなので、二人に変化を悟られないのは、正直不可能に近いだろう。


「まあ、過去の自分を糧として今を立っているわけだし、今を受け入れてもらうしかないわけだけどね?」

「そうね。アーノルド・ベネット曰く『変化というものは、たとえ良い方向に変わっている時でさえ、常に障害と不快がともなう』とあるのだし、今のあなたにピッタリね。何も考えずに生きられるのなら、苦労は無いもの……何も考えずの能天気、直感で動ける人を除いてだけど、本当にお気楽なものよね」


 皮肉交じりのアリアに、陽は苦笑するしかなかった。

 本当に見えているのは、自分だけの答えであり、転ぶことだってある。しかし、人は痛みを負っても起き上がり、今を生きるために、自分らしくあるのも事実ではないだろうか。


 ふと気づけば、アリアは自身の制服を整えてから、深紅の瞳にしっかりと陽の姿を反射した。


「陽くんは今でも、私だけの紳士?」

「当然だよ。幾千もの時代が変わろうと、変化なき自分はアリアさんの前に居るからね」

「ふふ、仕方ないわね」


 そう言って、アリアがキッチンに向かって行ったので、陽は首を傾げるしかなかった。

 学校に向かう時間は多めに取っているので、特に問題は無いのだが。

 小さな鼻歌一つ携え、楽しそうなアリアを陽は不思議に思うしかなかった。

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