98 どこか抜けた紳士を陰ながら見守っていた者
帰り道は、バトラーの運転する車で送ってもらっていた。
アリアに関しては、今日の出来事で疲れていたのか、少し話をした後、陽の肩に寄り添いながら眠りについている。
小さく寝息を立てているのもあり、幼くも可愛い寝顔が相まって愛らしいものだろう。
そんなアリアを見て、陽はそっと鼻を鳴らした。
寄り添って眠っている顔を見ないようにしつつ、ひんやりとしたアリア特有の温もりを実感している時だった。
「陽おぼっちゃま、疲れてはおりませんか」
淡々としながらも温かな声色で紡いだのは、運転しているバトラーだ。
車内に差し込むネオンの光が、バトラーとの距離を伝えてきている。
「……うん。疲れてないよ」
「左様ですか。真夜様はこの結果を見抜いていたのかも知れませぬが、わたくしは予想外でしたよ。まさか、陽おぼっちゃま自ら過去を話す相手に出会えていたのですからな」
バトラーからすれば、今回の陽の行動は予想外だろう。
裏つてで真夜から行動の推測があったとしても、真夜は全てを口にしないのだから。
バトラーも、真夜と同様に、幼い頃の自分を可愛がってくれた存在だ。
だからこそ、アリアに過去を話す陽の姿を見て、どこか思う所があったのだろう。
傍から見れば、陽の過去は軽々しく話せるような代物でも無ければ、重大な規約違反になりかねないのだから。
機密保持されている過去は、誰にも触れさせてはいけない……そんな秘密を破ってまで、陽はアリアに、言の葉として紡いだのだ。
アリアを信じているからこそ、今までおせっかいを焼いてくれたアリアに。
陽はアリアの頭を静かに撫でつつ、そっとバトラーの方に視線を向けた。
「……バトラー、自分は、愛されているの?」
陽は正直、怖かった。
今までも聞きたかった、手を伸ばしてでも知りたかった、その言葉を今、自身の口に出したのだから。
真夜に愛されているのは陽が重々理解しているが、自分という名のまがい物を、バトラーがどう見ていたのか、陽は気になったのだ。
一歩間違えていたらスパイだったかも知れない、陽という自分の存在を。
陽の言葉に対して、バトラーは確かに喉を軽く鳴らした。嫌味ではない、優しい思いのような、そんな軽い空気を吐き出すように。
「当たり前です。陽おぼっちゃまは、バトラーもですが、真夜様の力を除いたとて……愛されておりますよ」
「聞けてよかったよ」
バトラーは恐らく、アリアに聞かれている可能性を考慮して、伏せつつも愛されていることを伝えてくれたのだろう
全てを言葉にされなくとも、ネノプロジェクトに関連している者、関係者、色々な人に、陽は知らず知らずのうちに愛されていたらしい。
バトラーが証明として「証拠でもいかがでしょうか」と聞いてきたので、陽は静かに首を振った。
「バトラー、自分に作法を教えてくれてありがとう。バトラーには、直接感謝を言えてなかったから、今、言わせてもらったよ」
「大いに余るお言葉でございます」
バトラーの表情は見えないが、声色は微かに弾んだので、気持ちは届いたのだろう。
陽は主に真夜から礼節や作法、紳士としての生き方を学んできた。それでも、バトラーからは庶民の嗜みから、上級国民の嗜み方、あらゆる雑学を学ばされてきたのだから、感謝をしない理由は無いだろう。
「これは?」
ふと気づけば、前の椅子の後部が開き、中から一通の手紙が姿を見せた。
「真夜様からのお手紙でございます」
「口に出さず、文字で?」
「ええ。真夜様は親バカですからな……労いや支えにも命という名の限度がありますので、ほどほどにする予定の言葉が書かれているはずです」
はず、とバトラーが言い切れないのは、真夜が何を書いたのかまでは見ていないのだろう。
「……理由を聞いてもいい?」
「簡単なことでございましょう。親の支え合って生きていくのは苦でございませんが、その支えが無くなった際の生きる術を、しっかりと見に着けてもらうだけですよ。……陽おぼっちゃまは既に心配はございませんが、これは一種の、真夜様ご自身への戒めでございましょう」
バトラーがひと息置いたので「戒め?」と陽は半疑問の状態で返した。
「真夜様は、陽おぼっちゃまの成長を好ましく思っている反面、多くの心配をし過ぎてしまう悪い癖があるのですよ」
「……今回の根回しもありそうだよね」
「左様です。ですので、今はアリア様が陽おぼっちゃまには居るのですから、しばらく同じ町に居るだけで留める、というのが真夜様へのお薬でございます」
バトラー曰く、真夜はここしばらく仕事が無いらしく、数年の疲れを癒す休息に入っているらしい。
とはいえ、真夜は身体がなまらないようにしていると思われるので、陽への接触を減らすのが目的だろう。
暇があれば心配して来たがる親バカなので、真夜には確かにいい薬だろう。
陽自身、前に真夜から同じことを言われたのもあり、バトラーの発言も相まって納得がいっている。
ふと気づけば、バトラーはバックミラー越しに、陽とアリアを見てきていた。
「陽様……アリアお嬢様は、人の世ならざる者、というのは存じておりますな?」
「……いつから?」
「年の違いですな。例え、人が人とあっても、人ならざる者は目に見て分かるのですよ。恐らく、真夜様は全てを見抜いていた上で、アリア様の入学をご許可されたのでしょう」
バトラーの視認性には、相変わらず苦笑するしかなかった。
なぜバトラーがこれで執事をやっているのか、陽としては疑問でしかない。
バトラーならきっと、素敵な出会いや技術の進歩に携われていただろう。
「陽おぼっちゃま、これは執事としてではなく、バトラーとしてのお言葉ですが……アリア様への恋愛感情を抱いているのなら、迷っても、学んで、しっかりと見てあげてくださいな。彼女はきっと、彼女自身を見てもらえていなかった……陽様とは逆の立場だったのでしょう」
「お父様もだけど……バトラーには敵わないよ。うん。自分で気づけるようにはする」
おそらくバトラーは、陽が他者の感情に疎いのを知っているからこそ、アドバイスをくれたのだろう。
そうでなければ、わざわざバトラーとして、などという言葉は不必要なのだから。
執事である垣根を越えてまで伝えてくれた言葉は、陽の心に確かに届いている。
陽自身が、アリアへの恋愛感情に気づけなければいけないのは、重々理解している。それは、アリアが人を愛せない、というピースを陽自身で埋めようとする意志はあるのだから。
バトラーの言う恋愛感情は、自然的な、人間の持つ意味が高いのかもしれないが。
「……バトラー、いや………自分を執事として支えてくれたこと、改めて感謝するよ。紳士たる者、礼節を欠かしてはならない、でしょ?」
陽はものすごく囁くような声でバトラーの本名を言ったが、バトラーの耳には届いただろう。
「陽おぼっちゃま……いや、陽様、立派になりましたな。真夜様がみれば、泣いて喜んだでしょうに」
「泣いたらハンカチでも渡して、泣きたいだけ泣かせようかな」
「言葉が不躾……陽様らしいですな」
「うん。自分は、自分だから」
きっとアリアにも、自分は自分らしく居る、と改めて言うだろう。
バトラーには、今までの前借を返しただけに過ぎないのだから。
感謝の意を込めた、ありがとうを、言葉で返すように。
気づけば、バトラーは何やらボタンを操作し、後部席だけを隔離するように透明な膜を間に展開させ、暖色色の電気を灯した。
「陽様も疲れているでしょうし、アリア様とゆっくりお休みになっては如何でしょうか?」
「……そうさせてもらうよ。代わりに、プロジェクトの地下を通ることを許そうか」
「おやおや、ずいぶんと優しくなられたものですな」
バトラーとの話で疲れが来ていたのか、陽は少しうとうと気味だったので、仮眠できるのは助かった。
陽はアリアの頭を撫でつつも、アリアに寄りそうようにして、静かに瞼を閉じていく。
しっかりと離れないように、寄り添えるように。
「……陽おぼっちゃま、ここから先の道は、お二人の力故にあります。真夜様にも立ち入りできない感情を、迷っても、信じた道を進みなされ」
眠りについた陽はついぞ気づかなかった。
この度はお読みいただき、誠にありがとうございます!
一つの区切りとして、第二章はこれにて閉幕となります。
陽の過去に注目した第二章でしたが、読者様の目にはどう映りましたでしょうか?
第三章からも毎日投稿は継続できるように心がけていきます。
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