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幼女吸血鬼と取り戻せない程の恋をした  作者: 菜乃音
第二章 自分として、紳士として

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97 今日という素晴らしい日に祝福を

 陽はアリアの温かさを十二分に知った後、ゆっくりと腕を離した。

 改めてアリアの姿を見たのもあってか、今になって恥ずかしさが込み上げてくるようで、陽は目を背け気味になっている。


 デートという名の服……白きワンピースに身を包んだアリアの胸の中で、自分は子どものように甘えてしまったのだから。


 アリアが嫌がらなかったので、問題ないのも理解できるが、問題はそこではないだろう。


 アリアを横目で見れば、深紅の瞳は輝くように潤っており、アリアは嬉しそうに微笑んでいる。


 彼氏でもない男を抱きしめて微笑むな、と言いたいが、自分に矢が刺さりそうなので陽は心の奥底だけで思うことにした。


 アリアは目を背け気味にされているのが気に入らないのか、頬をつっついてきた。


「陽くん、紳士としての誇りや精神もあるあと思うけど、あなたはあなたなの。だから、我慢しなくてもいいのよ」

「……ほどほどにするよ」


 アリアをしっかりと見て言ったのだが、アリアは不服なようでムスッとしている。


 陽が首を傾げれば、アリアは柔らかに口角を上げてみせた。


「陽くん、私はあなたにおせっかいを焼く半面、甘えてもらうのも好きなのよ」

「アリアさんを母親のように思えていたの、今理解できた気がする」


 アリアには前々から、どこか母親らしさを感じていたのだ。

 今になって理解できたのは、アリアのおせっかい焼きの行動が、しっかりとした甘やかしが含まれていたからだろう。


 見える範囲では隙の無いアリアだが、おせっかいを焼いている際、わずかだが確かに甘えてほしそうな仕草を見せてきていたのだから。

 それに気づけない自分はまだまだだ、と陽は静かに心の中で言い聞かせた。


 一人きりであると思っていたが、陽は確かに、アリアという存在、そしてホモや恋羽に支えられていたのだ。

 家族以外である、三人に小さくも愛されながら。

 思い上がりかもしれないが、些細な愛にすら気づけなかった自分に、陽は首を振った。


 アリアに過去を話して、陽は今、気持ちが軽くなったのだ。


 紳士として、自分として、どっちで生きていくかは未だに悩み変わっていない。それでも重々理解できるのは、どちらも成しえる事だ。


 ふと気づけば、アリアは母親のように思われていたと理解していなかったのか、頬を赤らめている。

 その頬の赤らむ理由は不明だが、アリアにも言葉は届いたのだろう。


「アリアさん、話しも終わったし、バトラーを呼んでデートの続き……祝福の食事としようか」

「ふふ、迷いはないようね。切り替えのうまさは、親鳥すらも凌駕するんじゃないかしら?」


 そう言って、アリアは対面の席に再度腰をかけていた。

 別に自分の隣で食べてもよかったのだが、せっかくの広々空間、夜空を満喫できるのだから、アリアの判断が正しいだろう。

 いや、お互いの間に正しい、という言葉は存在しないのかもしれない。


 陽がバトラーを呼ぼうとした、その時だった。


「お話は終わったようですな。陽おぼっちゃま」


 扉が静かに開き、バトラーが姿を見せたのだ。

 図ったように現れたバトラーを見て、陽は思わず苦笑した。


 手際よく料理を目の前に提供するものだから、恐らくタイミングを理解していたのだろう。


「バトラー、図った?」

「滅相もない。図ったのはあなたのお父上様、真夜様他なりませんよ。真夜様は、陽おぼっちゃまを誰よりも大事にしておられますから」

「あの親バカ……逆に怖いくらいだよ。でも、愛されてるってことかな?」

「ふふ、真夜さんに愛されてる陽くん、微笑ましいわね」

「おや? 最近の真夜様はアリア様も気に入られておりますが……おっと、執事としたことが、おしゃべりが過ぎましたな」

「バトラー、母親の代わりに来てくれて、ありがとう」


 感謝をすれば「バトラーでよければ、いつでもお呼びくださいな」と物申してくれるバトラーは、真夜と同じく紳士としての見本だろう。


 バトラーはあくまで執事だが、素質は紳士以上に評価できるのだから。


 それから、バトラーの料理の説明の元、陽はアリアと一緒に笑みを浮かべて料理を楽しんでいった。

 出される料理はどれも絶品で、口の中でとろけつつもしっかりとした味わいのある肉料理に、歯ごたえがありながらも風味を生かしている魚料理など、どれも驚くほどに美味しいのだから。


 少量ながらも、料理に合うように出されている飲み物ですら、装飾と言えない程の美味なる味を探求させてくるのだから。

 アリアの嗜好に合わせてか、紅茶をメインにしているのは乙なものだろう。


 楽しい時間というのは、いずれは終わりを迎えるものだ。

 星空の下での食事も、最後のデザートに移ろうとしていた。


 テーブルの中央に置かれた、銀色の丸いベールが持ち上げられた時、陽は驚きを隠せなかった。


「これって……」

「陽おぼっちゃま、この月は、陽様の誕生日が指定された月日ということで、ささやかながら特別にケーキをご用意させていただきました」

「本当に……今日は感謝しかない一日だよ」


 ごゆっくり、とバトラーは言い残し、部屋を後にした。


 テーブルの真ん中に置かれたのは、白いクリームで綺麗に彩られ、艶のある赤い苺が乗ったケーキだ。

 見た目はシンプルだが、ケーキの真ん中にはしっかりとチョコの板に『陽、お誕生日おめでとう』と書かれているので、陽はむず痒さがあった。


 バトラーは特別と言っていたが、恐らく手配したのは真夜だろう。


 どこまで親バカだよ、と陽は思う反面、確かな愛情を目の当たりにした気分だ。

 真夜は、陽の誕生日を祝わなかったことは一度も無いのだから。


 ふと気づけば、アリアが驚いた様子を見せて固まっていた。

 陽としては、頭の中がハテナマークで埋め尽くされそうだ。


 陽はただ、バトラーとは普通の会話をしていただけに過ぎないのだから。


「アリアさん、どうかした?」

「陽くん、あなたは誕生日を知らないの?」

「……この際だからちょうどいいかな」


 陽はナイフを手に持ちつつ、アリアをしっかりと見た。


「自分の正式な誕生日は不明なんだよ。いつどこで生まれたかも。まあ、お父様が色々な事情を込みして、五月に設定した感じかな」


 母親の話をしたのだから、多くの情報は必要ないだろう。

 母親の目的が真夜の遺伝子にもあったので、どこかの研究施設で陽を産んだ可能性は大いにある。しかし、陽の潜在能力を解明できなかったからこそ、こうして無事に空気を吸えているわけだが。


 真夜ですら陽の生まれた月を知らないようなので、母親への疑心暗鬼はそこからだったのかもしれない。

 無論、遺伝子レベルの解明により、陽は真夜の遺伝子を継いでいることが確定しているので実の親子なのには変わりない。


 アリアは悩んだ様子を見せてから、深紅の瞳をうるりと輝かせた。


「陽くん、あなたの新たな誕生日は、私がつけるわ」

「……強引すぎない?」

「女の子は時に強引なのよ。陽くん、楽しみにしていてちょうだい」

「あ、今教えてもらえないんだね。光反射して流れる川のように、アリアさんは美しいよ」


 陽の誕生日が五月であるのは変わりないが、アリアとの間に生まれた新しい自分の誕生日は、彼女しか今は知らない。それでも陽は、アリアからのサプライズが今から楽しみだった。


 微笑んでいたアリアはちゃっかりと席を立ち、陽の隣に腰をかけた。

 アリアは陽の手からサッとナイフを取り、食べやすいようにケーキを切り分けていく。


 アリアが上品にお皿へと切ったケーキを移したので、受け取ろうと手を伸ばした時だった。


「……アリアさん?」


 アリアはケーキを更にフォークで一口大に切り、陽の口に向けて差し出してきたのだ。

 柔らかな瞳で見てくるアリアは、おせっかい焼きの先を行っているのだろう。


「陽くん、あーんしてちょうだい」

「本当に、おせっかい焼きの幼女吸血鬼だな」


 陽は茶化しを入れつつも、静かに口を開けた。

 アリアが口にケーキを運んでくれた時、ゆっくりと口を閉じる。


 ケーキのスポンジ、雪のように白い滑らかなクリームに、みずみずしい苺は、口の中で混ざり合ってゆく。

 とても甘いのに、どこか優しい味わいで、心をじんわりと温めてくるのだ。

 抜け落ちていた、パズルピースが埋まるような味わいに、陽は思わず涙を流しそうだった。


 温かいのに甘いのは、アリアにあーんをさせられたからだろう。

 今では自然に受け入れられる……というよりも日常で何度かされているので、慣れない方が無理な話ではあるが。

 細めた瞼をあげれば、アリアが口角をとろけさせるような笑みを浮かべてこちらを見てきていた。


 そんなアリアに対して、陽は静かに笑みを返す。今までにない、今の自分と向きあった笑みを。


「ありがとう、美味しいよ」

「あら、素直ね」

「うん。アリアさんのおかげで、自分に欠けていたものが……母親の愛だったって理解できた気がしたからかな」

「あなたは理解出来て当然よ。……あなたは、私と一緒に過ごす、たった一人の陽くんだもの」


 何故か自信満々のアリアは、陽自身に愛をくれた大切な存在だ。だからこそ、陽も重々理解出来る、言葉を多く交わさない気づきがあった。


 陽は二つのグラスに紅茶を入れつつ、静かに上を見上げた。

 四方八方が景色の見えるガラスの囲われている、この星空に見守られた摩天楼の下で。


「自分はもう少し……気持ちに、素直にならないといけないのかもね」

「ふふ、それは私も共感するわ」


 陽的には、アリアへの気持ちとして言ったつもりだが、本人は気付いていないのだろう。

 陽からすれば、アリアが愛をくれたからこそ、今度は自分が返したいと思っている。


 遠慮のない、貸し借りの無い、人を愛せないアリアに、愛を気づかせてあげられる方法で。

 自分が気づけたのだから、アリアもきっと理解できると、陽は信じているのだ。


 お互いに顔を見合わせていれば、眩い色鮮やかな光が轟音と共に差し込んできた。


「……いつから、準備していたんだよ、まったく」


 面重なるようにあるビルを抜けた先に、いくつもの花火が打ちあがっていたのだ。

 金色だけではない、様々な極彩色に、静かに心は笑っている。


「陽くんは愛されているのね。……花火、初めてこの目で見たわ。陽くんと見られて良かったわ」

「うん、自分もだよ。まあ、花火は儚く散ってしまうけど、近くに居る可憐の華はいつまでも咲き続けて永遠を語ってほしいものだよ」

「あら、珍しく洒落たジョークでお上手ね」


 アリアから小さな拍手をされたが、陽はただ、自分を彩るアリアを言葉にして語ったに過ぎない。


 陽はひっそりと花火を見ながらも、アリアにグラスを渡した。


 アリアが受け取ってから、陽はゆっくりとグラスを持ち上げる。


「アリアさん、この日に乾杯してもらえるかな」

「ええ、いいわよ。それに陽くんの誘いを断るのは、主としても無いわよ」


 二人でグラスを優しく当てれば、打ち上げられている花火にも負けない、柔らかな音色を奏でた。


「誕生日の祝福を、陽くんに」

「感謝を、アリアさんに」


 この日は、一つの終わりを意味しているだろう。

 紳士と自分の狭間を迷い彷徨っていた、幼き日の陽自身への。


 始まりに終わりはあるが、これは決して終わりではない。

 終わりに始まりがあるように、今からの始まりだって生まれてゆくのだから。


 お互いに過去との決別を終えた今、陽は陽らしく、アリアはアリアらしく……お互いに交わる道を進めるようになったのだから。

 レプリカの恋かも知れないが、種族の垣根を越えてでも、確かな手の届く今に、祝福を。

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