94 可愛く見えるのは幼女吸血鬼だけしか興味がないから
店舗を見て少し歩いていれば、アリアが上を向いて足を止めた。
人ごみの邪魔にならないようにしつつ、陽もアリアの視線の先を辿る。
視線の先には、横に四角いガラスが飛び出ている特徴的な形をした高くそびえるビルが存在していた。
アリアはそれに興味を示したのか、指を指している。
「陽くん、あれは?」
「あのビルは通称『星空タワー』って言って……わかりやすく言えば、食事処かな。予約した場所はあそこの飛び出ている展望個室になってるから、アリアさんは中も見られるよ」
「高そうなところなのに……本当に、陽くんは何者なのかしら?」
「……アリアさんだけの紳士だよ」
陽は逸らすように、アリアがお買い物をしたい場所に向かうことにした。
陽としては、あの一室をあまり見ていたくないのだ。
それであっても、逸らすことの出来ない過去は近づいてきているのだと、陽は重々理解していた。
隣で笑みを浮かべて建物を見ながら歩くアリアを、今だけは羨ましく思ってしまいそうだ。
(……アリアさんに似合いそうな服、どれだろう)
現在、アリアの要望の元、洋服屋さんを訪れていた。
メンズやレディースの両方が置かれているお店なので、陽的には心の余裕が出来るというものだ。無論、アリア以外のファッション等に興味は湧かないが。
陽はコーディネートに疎いのだが、アリアが喜んでいるので、正直それで満足しきっている。
そう思いつつも、アリアに似合いそうな服を探してしまうのは、自分で思っている以上にアリアを意識しているのかもしれない。
荷物が多くなるのは仕方ないとして、今までのアリアの傾向から見るに、一筋縄のセンスでは心を揺らがすのは不可能だろう。
洋服屋さんに入った時アリアから『お互いに似合いそうな服を探しましょう』と言われなければ、陽は恐らくアリアをずっと眺めていた。
陽が悩みつつも服を探していた時だった。
「陽くん、こっちとこっち、どっちが良いと思う?」
こちらに近づいてきたアリアは、自分が着る用の服を持ってきたようだ。
右手には、レトロながらのトレンチコートをメインとしたワンピースを持っている。
そして左手に、海辺や船で似合いそうなマリンワンピースを手にしていた。
極端と言うか、似て非なるものをチョイスしてきたアリアに、陽は悩むしかないのだが。
マリンワンピースはアリアに似合うのは確実としても、トレンチコートはどちらかと言えば、紳士の自分に寄せてきた感じが近いだろう。
アリアは普段から上品な服装が多いため、トレンチコートを着た時の想像がつかない。
両方の服を自身の体に当ててみせてくれるアリアは、こちらの想像への考慮も欠かしていないのだろうか。もしくは、女の子特有の着用前に似合うか試している感じだろう。
アリアの仕草を見つつ、陽はゆっくりと口を開いた。
「……自分は、アリアさんの――」
言おうとした直前、言葉は最後まで出なかった。
普段であれば『アリアさんの好きな服でいいと思う』と述べてしまっていただろう。
それはアリアも理解していると思うので、陽は正直悩ましかった。
今アリアに聞かれているのは、自分から見たアリアに似合う服だ。だからこそ、気持ちは曖昧な返答を本能的に避けたのかも知れない。
女性への感想がどう響くかは不明だが、自分の直感に賭けてもいいだろう。
どっちに転ぼうとも、陽が得をするのには違わないのだから。
「自分だったら何だけど」
「ふふ、言い換えたわね」
「トレンチコートは普段上品な服装なアリアさんに違った印象を持たせてくると思うし、マリンの方は太陽の下でも輝く少女って感じがして可愛いと思うよ。それに、アリアさんの特徴的な深紅の瞳は、どの服でも輝きそうだしね」
ぎこちない感想を述べれば、アリアは頬を赤くしていた。
陽としては、あくまでアリアの長所を述べつつ、自分なりに俯瞰して見た感想に過ぎない。
着るか着ないかを選ぶのは、アリア自身なのだから。
「アリアさん、大丈夫?」
「え、ええ……ほら私、身長は低くて、男の子が好きという部分もあまりないじゃない……その、だから、陽くんにそこまで褒められるとは思っていなかったのよ」
「ああ、そんなことか」
そんなことってなによ、と言いたげな視線で見てくるアリアを、陽は真剣に見つめ返した。
陽自身、アリアが自分の体型を特に気にしていないとばかり思っていたのだが、少なからず気にはしていたことに驚きである。
それでも陽にとってのアリアは、世界のどこを探しても居ない、今目の前に居るアリア一人だけだ。
「……別に、他人の価値観は他人だけのもの。自分は何よりも、アリアさんが楽しそうに服を着こなしているのを見たいし、アリアさんだけしか見てないから……他の思考は気にしなくても大丈夫だよ。フォローになってないかもだけど、身体的特徴がどうあれ、男っていうのは気になった人以外は特に興味が無いからね」
結論から言ってしまえば、ホモが良い例だろう。
ホモは確かに下ネタも多く、恋羽以外を不埒な目で見ることは多少なりともある。だが、恋羽への揺らがぬ決意はそのままなのだから。
ホモが恋羽という存在を好きであるように……陽自身も、アリアというたった一人の少女しか興味が無いのだ。
アリアは軽くうつむいた後、もう一度、自身の体に持ってきた服を当てて着用しようか悩んでいる。
(アリアさん、ここに来てから落ちついていないみたいだし、少しは気がまぎれるといいけど……)
アリアは普段通りを装っているようだが、陽から見れば明らかにぎこちなさが目立っているのだ。
陽たちの住んでいる場所的に人混みは無いに等しいので、多くの人で賑わう都会の雰囲気に蹂躙されていたのだろう。
目新しいものはあっても、吸血鬼のアリアからすれば、慣れない場所は辛いのかもしれない。
そもそもの話、アリア本人は夜に飛んでいることが多かったようなので、人混みに慣れないのは仕方ないだろう。
陽はアリアに考慮しつつも、アリアに似合いそうな服が無いか軽く見渡した。
そして目に留まった服は、偶然か必然か、手を伸ばしてみたいと思ってしまったのだ。しかし、女性ものの服に触れるのは些か気が引けるので、軽くアリアの注意を引くことにした。
「アリアさん、悩み中すまないけど、この服もどうかな?」
「どれかしら?」
陽が指さしたのは、白色のブラウスと黒色のスカートがセットになっていた服だ。
アリアは主にパフスリーブブラウスを着ているので、普通のブラウスは逆に新鮮なのではないだろうか。
アリアは陽に持っていた服を持たせつつ、陽が指定した服を手に取った。
「普段着、というかアリアさんは普段から上品な服が多いから、少しゆったりしたい時とかにいいかなって」
「いいかもしれないわね……これを着て陽くんを甘やかせばいいってことよね?」
「うん、どこからその発想に至ったか小一時間ほど問い詰めたいんだけど?」
別にいいわよ、と言いたげなアリアに、陽が先に白旗をあげた。
両手に荷物が溜まっているので、あげられる旗は無いのだが。
「この三着、試着してみるわ」
「いや、別に無理にじゃないんだけ……」
「ふふ、陽くんが選んでくれたのよ、着るに決まってるじゃない」
こういう時の押しが強いのは、アリアらしいだろう。
陽自身、アリアが楽しそうなら何でもいいのだが。
他人の幸せで喜べる自分は、幸せ者だろう。
試着室で試着してから、アリアが見せてくれた姿に、陽は目を奪われた。
トレンチコートのワンピースは、やはりというか幼女体型のアリアに対して、大人びた雰囲気を与えていたのだ。
黒い髪に深紅の瞳から、まるでどこかの国からお忍びできた淑女を連想してしまったくらいなのだから。
そしてマリンワンピースは、アリアの輪郭を強調しつつも、後光とも言えるほどに眩しいものであったのだ。
学生服からは得られない学生感に身を包みつつも、海を背景にしていそうな姿に、陽は思わず言葉を失っている。
アリアには、ある意味でファッションショーをされた気はするが、次で最後だろう。
試着室から出てきたアリアは、レースの白いワンピースに戻っていた。
「アリアさん、もしかして合わなかった?」
「そうじゃなくてね……その、少し、透けそうに……」
消え入りそうな声で言うアリアに、陽は改めてアリアが持っていたブラウスを見た。
アリアは現在、透けの無いワンピースを着ているから気づかなかったが、陽の選んだものは軽く透明感がある素材となっている。
陽は自分のセンスに悔いつつも、軽く頭を押さえた。
「アリアさん、気づかなくてすまない」
「陽くんが気にしなくていいのよ。それとも、二人きりの時にそのままに着てあげましょうか?」
「いや、それはやめてくれ」
「ふふ、冗談よ。私はこれ気に入ったから、陽くんの服を選んで会計に向かいましょう」
「心臓に悪い冗談だよ、まったく。可愛いながらにも棘を潜めさせている、まるで小悪魔のようだね」
「あら? それはあなたが一番理解しているでしょう?」
怖気づかないアリアに押されつつ、陽は自身の服を選ばれるのだった。
結局のところ、陽はアリアにペアルックに似たような、トレンチコートがメインの服を選ばれたのだが。
会計に関しては、可愛いアリアを見られる投資として、陽が全額負担してある。
陽自身、そこまでお金は湯水のように使わないので、こういう時くらいは甘くしてもいいだろうという考えだ。
気になる人が喜ぶのなら、誰だって嬉しいだろう。
会計を終えて洋服屋さんを出れば、日が傾き始めていた。
「陽くん、私のお買い物で荷物が多くなったのだし、私も持つわよ……」
「アリアさんは気にしなくていいよ。それに、このくらいはどうってことないし、後は予約した場所に向かうだけだから」
なるべくアリアのフォローはしたいのだが、言い訳がましいので、あまり言葉を濁さず陽は伝えた。
陽自身、アリアに負担をかけたくないのもあり、自分が勝手に持っているだけに過ぎないのだ。
そこに遠慮は無く、アリアを誘って笑顔を見られたことが何よりも、今の陽に最後の活力を与えているのだから。
アリアは納得してか、静かに手を繋いできた。当然のように恋人繋ぎをするものだから、アリアの美少女オーラも相まって、他の人からの視線が何気に飛んできている。
気にした様子を見せないアリアは、人混みがただ単に苦手なだけだろう。
「それじゃあアリアお嬢様、デートの最終拠点に向かいましょうか。そこまで、しっかりとエスコートさせていただきます」
「よろしくお願いするわ、陽くん」




