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幼女吸血鬼と取り戻せない程の恋をした  作者: 菜乃音
第二章 自分として、紳士として

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92 幼女吸血鬼とのデートにお互いの個性あふれる

 迷いや楽しみに胸を躍らせる休日は早いものだろう。

 普通に考えれば、慣れていない男心丸出しのひよっこ思考なのかもしれない。


 それでも陽は、アリアと楽しむためにも、今この地を踏みしめていると言い切れる。

 アリアから渡された気持ちが、この数日の間に陽を成長させてくれたかのように。


 お出かけと言う名のデート当日の朝、陽は壁掛けの大きな鏡の前で服装を確認していた。


「うん。これなら、アリアさんの隣であっても恥ずかしくないかな?」


 陽は夜の予定した場所の事を考えつつ、堅苦しくなさすぎない服装に気を使っていた。


 現在の服装は、白いシャツの上から黒色のブレザーを着ている。そして、黒のストレートパンツで紳士らしさが無くならないように調整済みだ。


 この日のデートの為に着合わせを考えた結果、学生らしさのあるスタイリッシュな着こなしをしつつ、紳士の鎧とも言えるスーツを除外しない組み合わせを陽は選んだのである。


 男なのでわざわざ着こなしを考えなくともいい、と思いたいのだが、これでも紳士と呼ばれているが故の考慮だ。

 時代の風潮に合わせつつ、行く先の場所に合うコーディネートをしていた方が違和感もないだろう。


 陽自身、時代等の風潮を言葉として大にはしないが……『今時』と言わずに、臨機応変な対応をしつつ、取り入れていく姿勢が大事だと思っているだけに過ぎないのだから。


 頭ごなしに否定していれば、自分の価値観を周囲に振りかざすだけの脳なしが完成する良い例だろう。


「髪型も大丈夫そうだ」


 そして髪型は、アリアが気に入っている前髪がなびいたように見えるショートヘアーにしている。

 袖から見える腕時計に、懐に忍ばせているメガネは、紳士として欠かせないものだろう。


 どちらかと言えば、住んでいる県から離れるので、輩の対処用に過ぎないが。


 完全にデートという名の戦場に身を置いた鏡に映る自分の姿は、こそばゆく恥ずかしいものだろう。

 恥ずかしい気持ちはあっても、アリアの前では胸を張っていくつもりだ。


(今日が、今の自分に引導を渡す日になるのかな……)


 少し悩んでいれば、階段の方から音が聞こえてきた。

 リビングのドアを見ると、既にそこにはお洒落な服に身を包んだ、可愛らしい幼女吸血鬼――アリアが立っていた。


「陽くん、おまたせしたわね」

「いや、自分も今来たところだよ」


 陽はアリアの方によりつつ、ちょっとだけ笑みを浮かべた。


 アリアの服装はワンピースがメインのようだ。

 レースの白いワンピースで、幼女体型のアリアの素肌をしっかりと隠しながらも、少し熱くなってきた五月の終盤にも適している。


 袖についたフリルはアリアの魅力を引き立てつつ、薄桃色のリボンで存在感を愛らしく見せてきている。


 そして髪型は自然的な黒いストレートヘアーを活かしつつ、サイドから三つ編みにして小さなリボンでまとまりを生みだしているようだ。

 陽は髪型には疎い方だが、髪型を見てこれだけは理解できた……今のアリアはデートで気合が入っているのだと。


 陽自身、アリアが気合入りすぎて吸血鬼の髪型にならなかったのだけ幸いではあるが。


「幼女ながらも凛とした立ち振る舞い、白いワンピースも相まって一国のお姫様、って感じですごく似合ってるよ」

「ほ、褒められると恥ずかしいわね」


 アリアは頬を赤め、上目遣いで見てきていた。

 ちゃっかりとアリアが両手を小さく広げるものだから、陽は近寄り、アリアの背に腕を回した。


 そしてゆっくりと、アリアの耳元に口を近付けて陽は囁いた。


「アリアさん、自分だけの幼女吸血鬼としてもすごく可愛いよ」

「陽くんに褒められるのは悪くないわね……でも、耳元で囁くのは反則よ、馬鹿」


 時間も時間なので、陽はアリアと手を繋ぎ、家を後にすることにした。


 家を出る際、案の定というか、鍵を目の前で閉めた手前「鍵は閉めたかしら?」と確認してくるアリアはおせっかい焼きだろう。

 鍵を閉め忘れたとしても、認証型の自動ロックが搭載されているので問題は無いのだが。



 日差しが降り注ぐ中、陽はアリアと手を繋いで歩いていた。

 執事に頼んで車での移動も考えたのだが、アリアの意見も取り入れて、バスや電車を乗り継ぐことにしたのだ。


 またアリアに関しては、一応の事も考えて強力な日焼け止めで対策しているので、今回ばかりは傘を差していない。


「アリアさんは、電車やバスに乗るのは初めてだったりする?」

「ええ、初めてね。こうみえても、乗り物に乗るのは楽しみなのよ?」

「……バスや電車は体感が違うから、乗り物酔いをしなければいいんだけどね」


 陽は苦笑いを浮かべつつも、ある事を思い出した。


「そういえば、アリアさん、今までの移動はどうしてたの?」

「簡単な話よ、闇夜に紛れて飛んでいたわ」

「流石吸血鬼だな」

「ふふ、機会があったら、あなたも一緒に飛んでみる?」

「いや、遠慮しとくよ」


 楽しいのに、と言いたげに頬を膨らめるアリアは、一緒に飛びたかったのだろうか。

 陽自身、アリアと飛んでみたい気持ちはあっても、支えられて飛ぶ自分を想像したくない方が勝っている。


 男心というのは、変なプライドだけは固いのだから。


 念のためも考えて、今日のデートの帰りは車であると伝えている時だった。


「あ、アリアさん!?」

「ふふ、こうすると近くに感じられる、って恋羽さんから聞いたから試したのよ」

「恋羽、たまにはちゃんとしたことを言うんだな……」


 瞬きする間もなく、アリアは小さな指を、陽の指の間に絡めてきた。

 所謂、恋人繋ぎというものだろう。手の繋ぎ方に恥ずかしさはあっても、アリアの言っている通り、一番近くに感じられるのも事実だ。


 恋羽の入れ知恵は度を越えていなければ、本当に恋の暗躍者そのものだろう。

 ただしホモと恋羽が絡まった場合は、出禁を免れない事態になるので、取扱注意の危険物ではある。


 ふと気づけば、アリアは笑みを浮かべ、上目遣いで見てきていた。ちゃっかりと腕をくっつけてくるあたり、本当に甘えん坊だろう。


「陽くん、今日は始まったばかりだけど、私は今までの中で一番楽しみよ」

「アリアさんが喜んでくれているのなら、自分も誘ってよかったよ。水族館に行った後も時間が余るし、買い物も軽くしようか」

「あら、楽しみを追加してくれるなんて、さりげない気遣いもできるようになったのね」


 偉い偉いと褒めてくるアリアは、恐らく紳士として褒めてくれているのだろう。


(……こんな楽しみにしてくれているのに、自分は何を考えているんだ)


 陽は、このデートの裏に隠された目的で、ただ単に不安を募らせた。

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