91 幼女吸血鬼とデートの約束
「アリアさん、良かったらなんだけど……次の休日、一緒にお出かけしない?」
「……お出かけの、やくそ、く……」
何故かアリアは頬を赤らめた。
現在、陽はアリアと一緒に食後の休息として、隣同士で座っていた。
陽は確かに、アリアに唐突にお出かけの話を持ちかけたのだが、アリアがここまで驚くのは予想外である。
驚いていると言うよりも、アリアは見える横顔の頬を赤らめ、恥ずかしそうにしているのだが。
小さく呟くように「一緒に、おで、かけ」と言うアリアは、まるで壊れたロボットのようだ。
陽としては、アリアの意外な感情を見られるのは嬉しい反面、どこか心配になってしまう。
陽が静かに見ているのに気づいてか、アリアは軽く咳払いをした。
アリアは持っていた本をテーブルに置き、深紅の瞳を輝かせている。
「陽くん、どういう風の吹き回しかしら?」
「どういうって……自分はただ単に、アリアさんがゴールデンウィークを返上した分、休日で挽回できればな、と」
間違えたことは言っていないのだが、あくまで建前に過ぎない。
陽自身、ずっと悩んでいた時が来た、と言った心の本音は口にしたくないのだから。
紳士が鎧をまとう時、最高の場所で、今を見るのにちょうどいい場所は必要不可欠だろう。
静かにじっと見てくるアリアは、陽が表面上で話している、と理解しているのかも知れない。
陽は悩みつつ、恥ずかしそうに軽く指で頬を掻いた。
「まあ……予約してた場所がちょうど休日にかぶったから……アリアさんも一緒にどうかな、って思って誘ったんだよ」
場所という面では嘘をついていないので、納得してもらうしかないのだが。
アリアは悩んだ様子を見せており、どこか腑に落ちていないのだろうか。
陽自身、特に他意……は少しあっても、一緒にお出かけしたいのは事実だ。
「ゴールデンウィークね……私からすれば、一日にも満たない時間のようなものよ? それに、私は陽くんに看病されて嬉しかったわけで……」
恐らくアリアは、気持ちを悟ってほしいのだろう。
最近のアリアの様子からして、なにか悟ってほしそうな時は、チラチラと見てくる傾向があるのだ。それも、話しが戻り気味のセット付で。
陽はそっと微笑み、アリアを真剣に見た。
「わかった。自分がアリアさんとお出かけしたいから……アリアさんだけの紳士のお願いとして、引き受けていただけないでしょうか? 所謂、デート、というもので」
デートという言葉に反応したのか、アリアは頬を赤くした。
それでもうるりとした深紅の瞳で見てくるアリアからは、嬉しそうな笑みが溢れ出ている。
「そ、そこまで言うなら、デート、するしかないわよね」
ちゃっかりと距離を縮めてくるアリアは、欲しかった言葉が聞けたのだろう。
アリアは主なのもあり、自分の欲を素直に伝えられない面がある、と陽は過ごしてきて理解しているので特に問題ないのだが。
そもそもの話、陽自身が話し上手であれば、もっとスムーズに約束を出来たのだから。
決まったのもあり、陽はポケットにしまっていたメモ帳をアリアに見せ、休日の日付を教えた。
お出かけという名のデートであれば、アリアにだって準備したいことの一つや二つはあるだろう。
アリアが楽しみに瞳を輝かせる中、陽はメモ帳に格納されていた小さなペンを取り出した。
「アリアさん、予約した場所までは時間があるし、その間にどこか寄りたいとかある?」
「……陽くんは、どこがいいの?」
アリアがうるりとした瞳で見てくるのもあり、陽は気まずかった。
今思えば、アリアに場所の所在地を言っていなければ、アリアは人混みをあまり好んでいないのだ。
アリアから看病中に聞いたが、知らぬ場所に行く、という点では好奇心の方が強いらしい。ただ、人混みが苦手で黙ってしまうという点を除いて。
「自分は別に、アリアさんとならどこでもいいんだけど……」
ふと気づけば、アリアは服の袖を小さな手で握ってきていた。
何かを伝えたい、と言ってくるような手に、うるりとした深紅の瞳は、今の少し曖昧な陽の心臓には悪かった。
陽自身、アリアが楽しめればという考えがあるので、悩むしかないのだ。紳士観点で見れば、レディーファーストとしては百点だが、自分らしさではマイナスだろう。
「成長と思えば、仕方ないわよね……陽くん」
「アリアさん……」
しっかりとこちらを見つつ、両手を包み込んでくるアリアに、陽は息を呑み込んだ。
「私は、陽くんの好きを知って、味わってみたいのよ。主である私が直々に興味を持った、あなただけに対する気持ちよ」
アリアの本音は、本来なら可愛く聞こえていただろう。
しかし今は、広い視野を持つアリアに、自分の心は隙間だらけだったと理解できた。
アリアの全てを理解出来るか、と聞かれたら間違いなく否だ。
(アリアさんは、自分の答えを言って欲しかったんだよね)
陽はアリアで無ければ、アリアはアリアだ。
だからこそ知らない気持ちもあり、性別的な意味でも考えは違うだろう。
考えや気持ちを含めても、お互いの間にはただ一つとして変わっていないものはある。それは――お互いに否定しない気づきを与える事だ。
アリアの言葉が幾度となく陽を紳士としてきたように、陽の言葉は幾度となくアリアを甘やかしてきたはずだ。
お互いに遠慮をしていないからこそ、今だってデートの行先を考え、悩めるのだろう。
仮にも二人が違う意見をぶつけ合えば、お互いに良い空間は無く、手の届く距離は消えていたのかもしれない。
今回の話題は陽から振ったが、アリアはこの会話で一度も『否定』をしてきていない筈だ。
言い換えれば、お互いを知るために、と捉えられたはずだろう。
他の付き合っている人たちの間の考えは不明でも、どこか抜けた紳士である陽と、おせっかい焼きのアリアの間には、お互いを意味する答えが出ていたのだから。
陽は一呼吸置き、柔らかな目でアリアを見た。
アリアはそれを理解してか、薄っすらと頬を赤らめている。
「アリアさんの気持ちを理解できなくて済まない。……その、自分はデートとか初めてで、どこ行くとか考えるのが苦手だったんだよ」
「ふふ、陽くんらしいわね。大丈夫よ、私もあなたと同じでデートとかしたことないもの。一緒に初めてを楽しみましょうね」
アリアは恐らく、好奇心もあると思われるが、一緒に考えたり行動したりするのが楽しみなのだろう。
陽も同じ気持ちはあるので、お互いに記憶の一ページに飾れるように、と改めて決意を固めた。
アリアを真剣に見れば、アリアは軽く微笑んで見せる。
「それじゃあ、改めて聞くわね……陽くん、寄り道はどこを考えているのかしら?」
「水に泳ぐ生き物を見たいな、って思ってる」
「水族館……良いわね。……なによ」
ぽかりと口を開けてしまったのがよくなかったのか、アリアはじっと見てきていた。
「いや、子どもっぽいって笑われるかと思ってたから、つい」
「私が笑うはずないじゃない。まあ、子どもみたい、って思ったのは事実ね」
「思ってたんだ」
「ほ、ほら、あれよ? 私は初めてで楽しみなのよ? それに、その後は陽くんが予約していた場所に行ったりするのだから……」
「大丈夫だよ、アリアさん。気持ちは十二分に伝わってるから」
「ふふ、本当に、口が上手くなったものね」
アリアがいなければここまでジョーク混じりの会話は、真夜を除けば一切しなかったと言い切れるので、成長を実感するのと同時にアリアに頭が上がらないのもある。
ふと気づけばアリアは楽しそうに「どんな服を着ていきましょうかね」と呟いているので、彼女の見知らぬ服装を見られる機会でもあるのだろう。
陽はアリアの楽しそうな横顔を見つつ、静かに天井を見上げた。
(……自分の過去を話したら、アリアさんは何を思うんだろう)
このデートの目的自体、場所を用意するのは必然だったのだ。だからこそ、陽は今後の自分と向き合うためにも、アリアを見失わないようにするためにも、必要な通り道だと理解している。
今の陽にとって、過去はアリアの存在を……歪ませてしまっているから。
「陽くん、楽しみね」
「うん、そうだね」
嬉しそうにしてくれるアリアが、今はただ愛おしかった。




