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幼女吸血鬼と取り戻せない程の恋をした  作者: 菜乃音
第一章 幼女吸血鬼の紳士として
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09 幼女吸血鬼と過ごせる日常に祝福を

「アリアさん、どれも美味しかった。作ってくれて、本当にありがとう」

「お気に召していただけたのなら何よりよ。それに、私はあなただけに作ったの、美味しくて当然よ」

「ありがたい限りだよ……まったく」


 食べ終えてから、陽は食器を洗っていた。

 食べるだけ食べといて、食器すらも洗わないのはどうかと思ったからだ。

 それに、何もやらないのはアリアの見ている紳士として、男としてどうなのかと思ったのが一番の原因だろう。


 陽としては、彼女が吸血鬼であるからこそ、流水に弱いという勝手な憶測からの負荷を避けさせたかったのだ。

 アリアが水で手を洗っているのは見ているが、流水への対策をしているだけで、痛みを補っていない可能性は否定しきれていないのだから。


 肝心の本人であるアリアは、食器を洗っている陽の隣で楽しそうにお湯を沸かしている。

 アリア曰く、食後に紅茶を嗜むのが好きらしく、その為の準備をしているらしい。


 陽は食器を棚に戻しながら、人の家でも楽しそうにしているアリアを横目で見た。



 全ての片づけを終えた後、陽はアリアと夜ご飯と同じ位置に座って向かいあっていた。

 テーブルに置かれた、二つのカップから香るアールグレイの独特な風味が、静寂の訪れた空間に潤いを漂わせているようだ。


(……アリアさん、帰る家は無いんだよな)


 本来であれば、アリアと夜も一緒に居るのはおかしな話だ。

 それでも陽は、アリアに帰る家が無いと知ってしまったからこそ、今を受け入れている。

 人によっては強制的に返したり、家の都合で帰宅させたりするだろう。


 陽が一人暮らしだからこそ、アリアを自由にさせてあげられる時間……家にかくまう時間があるだけだ。

 アリアとの距離も相まって陽の気持ちは落ちつかないでいるが、彼女には関係ないらしい。


 アリアは小さな手でマグカップを持ち、上品に紅茶を飲んで落ちついているのだから。

 人様の事情を考慮しないあたりは、お嬢様、誇り高き吸血鬼らしさがあって見習いたいところがある。


 自分を隠している陽からすれば、尚更手を伸ばしたいほどに。


(……いつ、話せばいい)


 陽はアリアに言いたいことがあるが、タイミングを見失っている。また、陽自身の唐突なお願いに、アリアがどう反応するのか分からない以上、怖気づいている気持ちが勝っているせいだろう。


 アリアがマグカップを口から離してテーブルに置けば、柔らかくも重い音が静寂を切り裂いた。

 その時、陽はアリアの目を見て、少しだけ息を吸った。


 お互いの空間にあった静寂が去れば、アリアも感づいたのか、こちらをジッと見てきている。

 艶のあるなめらかな黒いストレートヘアーは揺れ、深紅の瞳に陽を映し出していた。


 お互いの小さな息遣いは交じり合うように、(くう)へと溶けていく。


「あの、アリアさん、泊まる家はあるの?」


 これはあくまで、アリアがマンションや家を所有しているかの確認だ。また、所有していたとしても期限が過ぎていれば、家が無いも同然だろう。


 アリアが答えづらそうにしつつも、迷いなく首を横に振ったのを見るに、帰る家自体も今は無いようだ。


 ここまでは陽の予想通りなので、椅子からゆっくりと立ち上がった。

 アリアが目で追ってくる中、陽はそっとアリアを手招きする。


「アリアさん、一緒に着いてきてくれないか」

「……ええ」


 促されるままにアリアが二階までついてきてくれるのは、陽からすれば楽な限りだった。それは、言葉で説明するよりも、見せた方が早いからだ。


 二階へと上がった陽は、アリアを唯一使っていない部屋の前まで案内していた。


 使っていないとはいえ、先ほど入って綺麗かどうかの確認済みであり、準備だって済んでいる状態だ。


「ここに案内したかったんだよ」


 陽はそう言って、未だに不思議そうに見てきているアリアをドアの前に立たせた。


 アリアがドアに当たらないように考慮しつつ、陽はゆっくりとドアを開けた。


 ドアを開ければ、暗めな光が廊下に差し込んでくる。


「……この部屋は何かしら?」


 アリアは部屋に足を踏み入れるなり、目を丸くしてこちらを見てきている。

 アリアが疑問に思うのも無理はないだろう。


 この部屋は、先ほど陽が用意した仮置きのベッドに、円状の赤い絨毯と、小さな机と椅子が申し訳程度に置かれているのだから。

 また窓のカーテンは黒色になっており、太陽の光を完全に遮れるようになっている。


 アリアが不思議そうに見てくる中、陽も部屋の中に入り、音を立てずにゆっくりとドアを閉めた。


「もし嫌じゃなければだけど……。ここで寝泊まりしたらいいよ」


 アリアは急な誘いに驚いたのか、分かりやすい程に首を傾げていた。

 陽自身、二人で一緒に過ごさない、と誘ってしまっているのは承知の上だ。


 とはいえ、疑問や溝を残したまま、一方的な誘いで終わるつもりはない。

 男の家で寝泊まりするとなれば、アリアがいくら吸血鬼であっても、心配事の一つや二つくらいはあるだろう。


 陽自身、アリアは確かに幼女体型であり、絶世の美少女と言える存在なのは重々承知している。それでも、人間のアリアに興味は湧いていない。


 照らす光は、二人の影を壁で交差させていた。


 陽は自分の手を見てから、そっと息を吐き出した。そして、迷いのない瞳で、アリアの深紅の瞳を焼け映すくらい真剣に見た。


「補足になるけど――君を襲うこともなければ、手を出すこともしない。てか、絶対に、紳士として育てられた自分として誓う」

「そもそもあなた、吸血鬼の私に力で勝てるとでも?」

「ごもっともで……じゃなくて。君がさっき言ったように、君が吸血鬼である事の追及もしない」


 これはあくまで、未来が見えている陽としては有利な条件だ。

 ただアリア目線から見れば、完全に陽が不利な条件であり、アリアに得しかない。

 陽としては、簡単な前提条件を言ったにすぎず、アリアに不満があれば随時条件を付けくわえても良いと思っている。


 お互いに住みやすい環境を作れるのであれば、主従関係や恋人関係、人間や吸血鬼だとか関係ないだろう。

 種族が違っても、地球上で生を謳歌している者同士なのだから。


(本当に、言っちゃった。……どう、思われているんだろう)


 紳士とか、自分とか関係なく、陽は初めて、自分がやりたいと思ったことを行動に移した。

 人にどう見られているのか気にしていない筈なのに、アリアの前では何故か気になってしまう。


 嫌われたくないという感情よりも、アリアに過ごせる場所を提供したいだけだから。と陽は自分に言い聞かせておく。


「正気なの?」


 アリアに心配されているようだが、陽は静かにうなずいた。それも、深紅の瞳からは目を逸らさないようにして。


 自分の中にある熱を、固めた想いを解き放った自分を止めないように。


 アリアは流石に気が引けるのか、あからさまに悩んだ様子を見せていた。

 悩むのは仕方ないと思っているが、陽としては、アリアには悔いのない選択を選んでほしいと思っている。

 陽自身、アリアと一緒に過ごしたところでお金の心配もなければ、もっと自分を頼ってほしいと考えている。


 吸血鬼は確かに強いが、目に見えた弱点もあり、人の手を借りて楽になるのなら力を貸したいのだ。それがたとえ、偽りの感情であっても、無償の愛であっても。


 ふと気づけば、アリアは背筋を伸ばし、しっかりとこちらの目を見てきていた。

 身長の関係で下から見られる感じになっていたので、陽は腰をかがめ、アリアへの敬意を示しておく。それは、自分は彼女と対等であるという意味を込めて。


「あなたは、私に襲われる心配をしていないの……血を吸われたり、食べられたりとか……」

「こんなにも隙だらけで襲っていないんだから、襲わないと思ってるよ。それに、血はとっくに吸われたことがあるし、今更かなって」

「もし仮に、この後襲ったら――」


 アリアが焦ったように言い出したところで、陽は静かに彼女の手を取った。

 自分の手よりもひと回り以上小さい手を、両手で包み込むようにして。


「アリアさんとは出会って間もないけど――自分は君を信じているからこそ、こうして一緒に住む案を出しているんだ」

「……ご両親は?」

「……自分を産んだお母様は、とっくに眠っているよ。自分が幼い頃にね」

「眠っている、って……」

「お父様は約束の日以外はこないよ。だから、自分の両親の心配はいらないから」


 陽自身、親の話を出すつもりはなかった。

 それでも真実を話したのは、アリアに敵意は無い、嘘をついていない、と証明するためだ。

 言の葉で足りないのなら、行動で証明するつもりでいる。そもそも、口から出た嘘であれば、それを真にしてしまえばいいだろう。


 アリアは陽の意思に押し負けたのか、肩を落としながらそっとため息をついた。

 瞬く間もなく、黒い髪は銀髪になっている。首元辺りまでのセミロングに、消えた長い髪が右サイドで一つにまとめられている姿は、以前月明かりの下で見た彼女が吸血鬼である証明だ。


 そして特徴的なコウモリの羽が背から露わになれば、パサリと緩やかな風を起こした。


 吸血鬼の姿を見せたアリアは、口からひょっこりと姿を見せている八重歯を光らせた。


「分かったわ。あなたの家でお世話になってあげる。でも……」

「ああ、よろしく。でも?」

「私は誇り高い吸血鬼であるのを忘れない事ね。この姿、怖いでしょう?」

「いや? 全然。むしろ、自分と二人きりの時はその姿が楽ならずっとそれでもかまわないよ? アリアさんの可愛らしさを引き立てて、凄く似合っているから」

「……やっぱり、どこか抜けた紳士さんね」


 笑みをこぼしている陽に、アリアは呆れた様子を隠せないでいるようだ。


 それから陽が用意していた合鍵を差し出せば、アリアは準備周到のよさというよりも、陽の警戒心のなさに呆れを通り越していた。


 お互いに諸々の事は後で決めるとして、以前住んでいた場所から物が必要であれば、こっちに着払いで送ればいいことも伝えておいた。

 憶測であるが、アリアにも家はあったと思うので、行き場を失った物を回収できれば、アリアが以前と変わらない生活を送れると思ったからだ。


 お互いの価値観にズレが生じている以上、小さな積み重ねができる事に越したことは無いだろう。


 アリアに鍵を渡し、疑問を伝え終えれば、アリアは不思議そうに陽を見てきていた。


「……白井さんは、人間でもない見ず知らずの私に、どうしてここまでよくしてくれるの」

「他者であっても……辛い顔は、見たくないんだよ」


 アリアの質問に、陽は陰りを見せるしかなかった。

 無償の優しさや愛が、自分の気持ちを蝕めるようで、息苦しかったから。

 一緒に住むアリアに対して、偽りの自分を見せている陽は、どこか気が引けてしまうのだろう。


「これからは一緒に過ごす住人としても、よろしく、アリアさん」

「ええ、白井さん、こちらこそよろしくお願いするわ」


 アリアに深入りされなかったのもあり、二人の空間には笑みが浮かんでいた。

 その後、二人で住みやすい条件を決めるためにも、紅茶を嗜みながら話すのだった。



 今宵、銀髪の幼女吸血鬼と、どこか抜けた紳士の一緒に過ごす日常は静かに幕を開けていく。

この度は、最後までお読みいただきありがとうございます!

今回を境に、ようやっとあらすじに本編が追い付きましたね。

ここから始まっていく、どこか抜けた紳士の陽と、おせっかい焼きの幼女吸血鬼アリアの共に過ごす日常をよろしくお願いします!

この話が面白かった、二人の行く末が気になる、という方はブックマークや評価、感想やレビューで応援してくださると嬉しい限りです。

長くなりましたが、これからの展開も楽しみにしていただけると幸いです!

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