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幼女吸血鬼と取り戻せない程の恋をした  作者: 菜乃音
第二章 自分として、紳士として

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89 幼女吸血鬼からのご褒美は母親の愛を伝えるかのよう

 中間テストが終わり、成績が貼り出されていた。

 普段は順位の張り出しは無いのだが、恐らく、旧生徒会が本当に居ないかどうかの確認で誰かがポイントを使ったのだろう。もしくは、不正者を炙り出すのが狙いか。


 賑わいを見せている廊下で、陽はアリアとホモ、恋羽と一緒に見に来ていた。


 案の定と言うか、アリアは一ミリの隙もなく、満点で優雅に一位へと踊り出ている。またアリア曰く、ほとんどの者が知らないだけで、二位が正確には一位になるらしい。


 相変わらず「流石アリアさん」や「アリアさんは何をやっても一流ね」など、アリアを尊敬しているような声がちらほらと聞こえてくる。

 アリアと一緒に居るのもあり、視線が一点に集まっているのは仕方ないのだろう。


 下の方へと視線をやっていくと、ホモの驚いた声が聞こえた。


「おいおい、陽さんや? どういう風の吹き回しだい?」

「何って……自分はいつもどおりにやっただけだ」

「陽が十位以内に階段目ね……陽、アリアたんからごほっ――うごっ! 愛、あげほ!!」


 恋羽には悪いが、少し口を塞いでもらわせた。


 無論、陽は自身の手でふさがず、こんなこともあろうかと持ってきたスイーツを恋羽の口に放り込んだだけだ。


 アリアが微笑んでは「恋羽さん、口の中の物は食べ終わってから話しましょうね」と満面の笑みで圧をかけている。

 恋羽はぴくりと体を震わせては、むしゃむしゃと食べていた。


 ピンクの瞳が揺れたのを見るに、女性の間でしか理解できない圧、というものを恋羽はアリアにぶつけられたのだろう。


「ははん、順位が高いのはそういうことか」

「……ホモだって、三十位以内じゃないか?」

「じゃあ、俺もー、こはねぇ」

「ホモもデザートを奢ってくれたら手を打ってあげよー!」

「なっ!? 陽、余計な入れ知恵を!」

「いや、自分は何もしてない……してないからな?」

「何で二回も言ったのかねぇ?」

「愛だねぇ」

「陽くん、人気者ね」


 俯瞰しているアリアは、助け舟を出す気はないみたいだ。

 その後、勉強を教え合っていたクラスメイトの順位も大幅に向上したらしく、皆で賑やかになるのだった。



 学校から家に帰った陽は、現在の状況に正直頭を悩ませた。

 ソファにはアリアが座っている……座っているだけなのだが。


「陽くん、いつまでも立っていないで、こちらにいらっしゃい? 私から陽くんに、ご褒美をあげるのだから」


 陽は忘れかけていたが、テスト終わりにアリアからご褒美をもらうことになっていたのだ。

 現在のアリアの服装はご褒美をあげるためか、控えめなフリルの白いパフスリーブブラウスに、長めのフレアスカートを着用している。


 またアリアは陽の心を揺さぶっているのか、セミロングの銀髪で、右サイドに髪をまとめた吸血鬼の姿だ。


 こちらを見てくる深紅の瞳から、じりじりと圧を感じてしまう。

 ぽんぽんと自身の太ももを叩くアリアは、陽を誘惑するかのように誘っているのだろう。


「……あの、何をするおつもりで?」

「あら? ご褒美をあげると言っているでしょう。陽くん、膝枕気持ちよさそうだったから、それがご褒美よ」

「……わかった」


 陽は引かない様子のアリアを見て、そっとアリアに近づいた。

 ふとテーブルを見れば、耳かきなどが置かれているので、恐らく膝枕だけではないだろう。


 陽は、アリアのスカートに隠れつつも輪郭線のある太ももを見て、ごくりと聞こえる程の息を呑んだ。


 今まさに、このユートピアも言えるロマンあふれる境地に自分は立っているのだと、陽の気持ちは改めて実感したのだから。


 陽がアリアの太ももに頭を置こうとすれば、アリアは微笑み、静かに頭を撫でてきた。


「……柔らかいし、もっちりしてる」

「ふふ、私の太ももをお気に召していただけたようね」

「うん。前にしてもらった時より、楽かもしれない」

「あなたがリラックスできているのなら、私は嬉しいわよ。ほら、耳かきをしてあげるから、動いちゃダメよ」

「うん」


 まるで子どもをあやすようなアリアの言葉遣いは、陽を子どもと勘違いしているのだろうか。

 実際、アリアから見れば人間自体が子どもみたいなものだろう。


(……アリアさんの服、綺麗だな)


 頭がアリアの腹部を見る形で横になっているのもあり、陽はアリアの服が目に留まっていた。

 彼女の身体を包む服は、繊維にゴミがついていない程に綺麗である。そして、適度に肉が付きつつも引き締まった体のラインを際立てている。


 これはアリアに一番近い陽だから見られる、小さなご褒美だろう。

 目の潤いと言うよりも、陽はアリアを知れている気分になるのだから。


 そんな考えをしていれば、細い棒が耳へとやってくる。


 おでこに置かれたひんやりとした小さな手に、優しく動く耳かきは、男心くすぐるユートピアそのものだろう。


(母親って、こういうことをしてくれるのかな……)


 アリアが耳かきをしてくれている際、陽は夢見心地だった。

 母親の愛を知らない陽だからこそ、陽はアリアに、母親らしさを感じてしまう。


 愛は基本的に、表向きのレプリカでしかないと、陽は実感していた。それでも、アリアと居る時間だけは、今までの考えを否定しているようだった。


「陽くん、痛くないかしら?」

「うん、心地いいよ。毛布に包まれたひよこも、こんな感じなのかな?」

「雛は親鳥を見て育つように、あなたも真夜さんを見て育ったのだから、達者なものよ」


 肯定してくれるアリアは、否定の無い気づきをいつも与えてくれる。だからこそ、陽はアリアに心を許せたのかもしれない。


 遠慮をしない……言い返せば、互いが違えど互いを尊重し合う、それだけの意味なのだから。


「ねえ、アリアさん」

「陽くん、痛かったかしら?」

「違うんだ……あのさ、自分からのご褒美は何がいい?」

「……私は将来あなたの妻――いえ、何でもないわ」

「妻?」

「言い間違えたわ。……あなたのつまらない日常に花を添えているだけで、私にとってはご褒美なのよ。主たるもの、平凡な日々を知りづらいもの」

「己から見ればそれは平凡であるが、他者から見たその平凡は羨ましい、的な?」

「ほんと、お上手な口ね」


 手探りではあるが、陽はアリアのご褒美を自分で理解したいので、今のアリアの言葉はありがたい限りだった。

 それでも陽は、ご褒美をあげつつも、過去を打ち明けようと、内心では考えているのだが。


 将来あなたの妻、その言葉が意味する先は理解できなくとも、自分を知りたい欲であると捉えてもいいだろう。


 同時にステラが以前言っていた『種族の繁栄』それを意味するのは何なのだろうか、と陽は静かに頭を悩ませた。


「……アリアさんは、太ももに頭を置かれて、恥ずかしくないの?」

「幼い頃のステラを可愛がっていた時みたいで、微笑ましいわよ。そもそも、恥ずかしかったらしてないわよ」

「左様で」


 アリアの弾むご機嫌な声を聞きつつ、陽は耳かきを堪能していく。

 陽が口を緩ませれば、アリアは笑みを浮かべているので、陽にご褒美をあげられて嬉しいのだろう。

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