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幼女吸血鬼と取り戻せない程の恋をした  作者: 菜乃音
第二章 自分として、紳士として

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86 日頃の感謝を幼女吸血鬼に花として

 ゴールデンウィーク明け、陽は教室で疲れていた。


 そして机を囲むようにしてホモと恋羽がニヤついており、アリアは微笑ましい笑みを浮かべて立っている。


 結局のところ、アリアに関してはゴールデンウィーク明け前には治ったので、陽としては心の心配が取れたというものだ。


 アリアの心配をしていたのもあるが、陽はある事をうっかり忘れていた。


「陽、かっこよかったよ!」

「まさに学校の方針に従った演説方法、流石だな、どこか抜けた紳士さんや。いやー、俺が審査員だったら、もれなく大賞に選出してたぜ!」

「聞いていた私達すら知らない演説……下手すれば全員がおいてけぼりのアナザーストーリー、流石どこか抜けた紳士さんね」

「卵のままでありたかった……てか、アリアさん、褒めてないよね?」


 アリアから、褒めているわよ、と言いたげな視線が飛んできたので陽は目を逸らした。


 連休明けに入っていた朝の集会で、陽は裏生徒会の正式発表を全校生徒の前でしたのだ。

 裏生徒会には、やはりというか数多くの罵声が飛び交ったほどだ。


 集会での生徒の姿勢に対して教員は基本的に関与しないので、集会という演目であっても、議論が飛び交う自由さがある。


 結果的に、陽はいくつか予想していた質問に全て答え、生徒会に対する反感を一心に背負ったわけだが。

 無論、全員を納得させることが出来なかったとしても、今後の行動で挽回して生徒会の必要性を再確認させればいいだろう。


 批判の中心となった現生徒会については、関連生徒及びに会長が自主退学という扱いで黙秘されている。


「陽のあの演説『この学校にある、ポイント制度の更なる活用性を目安にし、裏生徒会は影なる存在として動こう』って、手を開きながら言うの、まさに悪だよねー」

「それだけじゃ足りないと知ってからの具体例をぶっつけ本番で言うの、まさしく聖剣を抜いて平和を語る勇者だよな」

「お前ら、言いたい放題言いやがって」


 正直、善も悪も関係ないだろう。

 裏生徒会は本来、ホモと恋羽の言葉を借りるなら、裏から表の生徒会を支えるのが目的の筈だ。

 だからこそ陽は、皆を導く発言をし、ホモと恋羽、アリアが標的にならないように自分に集中させただけに過ぎない。


 現生徒会が滅んだ今、権力に屈する必要は無く、伸び伸び育める学校生活を送れるはずだ。


 裏生徒会の今後は、良くも悪くも、生徒の模範になると考えてもいいだろう。

 表向きの生徒会選挙については、早くても十月になるらしいのだから。


 陽がアリアに励まされながら項垂れていれば、周囲のクラスメイトが近づいてきていた。


「白井陽殿、今日の演説は立派でしたな! 我々アリアファンの集い、この身にかけて、裏生徒会を応援していますぞ」

「キャラが濃いな!? というか、本人の前!」

「ふむ、ファンたる者、羞恥心はなった時から捨ててますから」

「お、ヒーローじゃん、あの生徒会を下ろしてくれてサンキューな! 今後に期待してるぜ!」

「音村さんにアリアさん、私も陰ながら見守っています」


 温かいクラスメイトに囲まれているのは、とても幸せなことなのだろう。

 陽からすれば、クラスメイトも敵に回す可能性があったので、内心ひやり気味ではあった。

 温かく裏生徒会を迎えてくれるクラスメイトに対して、ホモがペンライトを振って踊ったり、恋羽とアリアが感謝をしたりと、相変わらず騒がしさに包まれている。


 陽自身、アリアファンの集いから反感を買うと思っていたので、彼らが味方に付いてくれるのはありがたい限りだった。


「……みんな、ありがとう」


 きっと、この感謝は気持ちからであるが、心はそこに無いだろう。

 過去を含めた、滞る拭えない気持ちが陽を、自分自身を潰してくるのだから。


 その時、クラスメイトと話していたアリアと、陽は目が合った気がした。



 家に帰ってきた陽は、静かにソファに座っていた。

 ソファ座っていれば、ふわりと香るぶどうの匂いが鼻をつつきながら、テーブルの上にティーカップが置かれた。


 ふと見上げると、アリアがこちらを見ながら淹れたての紅茶を置いている。


「……陽くん、無理をしているの?」


 アリアの言葉に、陽は息が詰まった。

 息が詰まったというよりも、勘づかれているのに驚いた方が正しいだろう。


 無理をしているのは、陽自身が重々理解しているのだから。

 陽はアリアに感謝をし、紅茶を一口啜った。


 立ち昇る湯気は、今の自分の行先の迷いを具現化しているのだろうか。

 迷いが無いと言えば嘘になるが、アリアが居てくれるから、紳士としての道を折れるつもりは無い。


 アリアは隣に座り、深紅の瞳で真剣に見てきていた。


「うん。紳士になるにつれ……過去の出来事が、辛いのかな」


 陽の過去をアリアに話すのは、場所を近いうちに用意しているので、まだ先にはなるだろう。

 過去を話さないでたぶらかすのは、いい加減辞めたいのだから。


 いくら過去が、と言っておいて、話さなければ気持ちは通じ合わないと、陽が重々理解している。

 その時、アリアが呆れたように息をついた。


「分かっていないのね」

「……一番理解して、一番苦しんでいるのは理解しているよ。でも、過去の自分を甘やかすつもりは無いかな。きっと、お菓子を食べるのを強制されたり、家族の愛を知らなかったり……その反動で大人になって、堕落するのは避けたいからね」

「結構具体的なのね」


 アリアは苦笑しているが、陽自身そこはしっかりしているつもりだ。


 過去を乗り越えてこそ、本当の自分らしく、胸を張って立ちあがる自分であると……紳士である教えが陽を陰ながら支えてくれているのかもしれない。


 自分に勝るものは、過去を乗り越えた自分の様に。


 ふと気づけば、アリアの小さな手が頬に触れてきていた。


「話して楽になるのなら、いつでも話していいのよ」

「アリアさん」

「私は、悩んでいた私の手を握ってくれた陽くんに、お返しをしたいだけなのよ。これは、私から陽くんだけに送る、大切な気持ちよ」


 恥ずかしい事をさり気なく言うアリアに、陽はそっぽを向いた。


 それでもアリアが、紳士である陽を支えてくれていると理解できる。


(……アリアさんには、感謝しかないな)


 アリアがつんつんと頬を突っついてくる中、陽は思い出したように立ち上がった。

 そして隠しておいた、アリアに送るものを手に持つ。


「その、アリアさん、これ……あげるよ」

「これは……カーネーション?」


 陽がアリアの前に差し出したのは、オレンジ色のカーネーション。

 アリアは唐突に出されたのもあり、理解が追い付いていないようだ。


「あれかな……自分からすれば、アリアさんは母親のような感じもあるから……その、母の日も近いし、アリアさんに日頃の感謝を込めても、いい機会かなって」

「ふふ、陽くん、ありがとう。大事にするわね」


 オレンジ色のカーネーションの束を受け取ったアリアは、嬉しそうに笑みを浮かべている。

 そして「どこに飾ろうかしら」と言ってくれるアリアに、陽はついつい頬を緩めていた。


 陽が紅茶に口をつけている際、アリアはカーネーションを活ける場所が決まったらしく、仮の水差しに入れている。


 戻ってきたアリアは、ふわりとソファに腰をかけた。

 先ほどとは違い、アリアとの距離は腕がくっつくほどに近く、陽の心臓の鼓動を速めてきている。


「……あの、アリアさん。話は戻るんだけど……過去は、話す機会が来たら話すよ」

「相変わらず、どこか抜けているのね」


 機会を決めているので、陽としてはどこも抜けていないつもりだが、おせっかい焼きのアリアから見れば抜けているのだろう。


 気づけば、アリアが頬を突っついてきていた。


「陽くん、今日は発表を頑張ったわけだし、ご褒美でもいかがかしら?」

「あれ? それはベイビーが甘えたいだけかい? まあ、自分もベイビーの温かさを知りたいかな」

「あら? ベイビー呼びなんてどこで覚えたのかしら? その口は本当にお達者ね。遠慮なく、ご褒美をあげるわ」


 そう言って抱きしめてくるアリアは、どちらかと言えばアリアが一番求めていたのではないだろうか。

 無論、陽自身もアリアの温かさは好きなので、腕をアリアの背に静かに回した。


 アリアと付き合っているわけではなくとも、確かな温かさがあるのなら、陽はそれで満足だ。

 あの日、アリアにされた口づけは、二人の距離を縮めるいいキッカケだったのかもしれない。

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