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幼女吸血鬼と取り戻せない程の恋をした  作者: 菜乃音
第二章 自分として、紳士として

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85 幼女吸血鬼の大切なもの

 アリアは血を吸い終わったのか、ゆっくりと口を離した。

 首筋から離された口元からは、透明な線が引いている。


 そして見える、アリアの口から少しこぼれている血を、陽は気付かれないようにサッと拭きとった。


 アリアは主であってお嬢様なので、紳士としては当然の行動だろう。


(……体に違和感はない。やっぱり、アリアさんの力のおかげか)


 手を開いて閉じてを繰り返し、陽が体の自由を確認していた時だった。


 アリアはふらつきながら、陽の胸元に倒れ込んできた。

 ふわりと受け止めれば、アリアの体温がじわじわと陽の体温を包み込んできている。

 今は少し温かいが、アリアは徐々にいつも通りのひんやりとした体温になっているようだ。


 聞いていた通り、今のアリアには血が必要だったらしい。


「アリアさん、大丈夫?」

「ええ、大丈夫よ。……数日もすれば完全に治るわ。あなたの血を吸えて、嬉しかったわよ」

「……今後も血が必要だったら、いつでも言ってくれよ」


 アリアは小さな手で陽の服を握り締め、ムッとした顔をしてきている。


 アリアが血を飲めないのは理解しているが、それで体調を崩され続けては、先に陽が心配という名の疲労でダウンしかねないのだから。


 陽は、ムッとしていたり、笑みを浮かべたりしている、感情豊かなアリアを見ていたいのだ。

 共に歩むと決めている、彼女の隣に立ち続ける以上は。


 そっと頭を撫でればアリアは嬉しいのか、頬をとろけさせて笑みを浮かべている。


 体調が治りつつあるとしても、ゴールデンウィーク明けまではしっかりとアリアを養うと、陽は心から決めていた。

 飲み終わった後のふらつきを見れば、アリアの体が適用し切れていないのは言わずもがななのだから。


「陽くんは、本当にどこか抜けているのに、優しいのね……でも、自分の身を案じてちょうだい」

「……白き花弁が散らない限り、自分はそばに居るよ」


 アリアから「馬鹿」と小さく聞こえてきたが、陽は笑みで聞こえないふりをした。

 アリアがこちらの命に関わるほどの血を吸わないと信用しているからこそ、頼ってほしいと遠回しに言ったに過ぎない。


「アリアさんは……その、自分以外の血を飲んだりはしたの?」

「ふふ、飲んでないわよ。言ったでしょう? 私は誰彼構わず血を飲めないのよ……そう、あなたはその中から飲める者として選ばれた」

「……よかったよ。あれだよ……自分以外の血は、出来る限り飲まないでね……なんか、嫌だから」

「あら? どこか抜けた紳士さんも焼きもちを焼いちゃうのね」


 アリアは嬉しいのか、口角をあげてこちらを見てきていた。


 陽はアリアを真正面で見るのが恥ずかしくなって、アリアの隣にベッドを揺らさないようにして腰をかけていく。


 隣でも恥ずかしいものはあるが、正面から茶化されるよりはマシだろう。


 陽は頬を掻きつつも、片手をポケットに入れた。


(……あ、これは)


 陽は思い出したように、ポケットから便箋とあるケースを取り出した。

 そして首を傾げてこちらを見てきているアリアに向け、ケースの蓋を開きつつ、便箋を手渡した。


「この、手紙……ふふ、後でゆっくりと一人で読もうかしらね。あ……このペンダント、あの子が持っていたのね」


 鈴を転がすような声で呟かれた言葉に、陽は思わず首を傾げた。

 アリアは今まで、物に対してはあまり感情を抱いたそぶりを見せなかったので、陽としては物珍しさがあるのだ。


 アリアに見せたペンダント……金と銀が対面上になっている縁の真ん中に、赤い宝石がひし形になってはまっている、極めてシンプルなペンダントだ。


 アリアは小さな手でペンダントを掬うように持ち、手の平の上に置いていた。

 アリアの手の平にすっぽりと収まるペンダントは、まるで息を吹き込まれたかのように輝いている。


「アリアさん、それは?」

「これは……私が生まれながら吸血鬼か人間で悩んでいた時に、両親がくれた、私の大切なお守りよ」

「お守り、アリアさんにとって大事な物なんだね」


 陽はアリアの事情を知らないからこそ、俯瞰した言葉しか言えない。

 それでも見て理解できるのは、ペンダントを手にしたアリアは笑みを浮かべており、嬉しそうなのだ。


 まるで今まで手に出来なかった、星をこの手に掴んだかのように。


「大事な物よ。……ステラが持っていたのね……あの子ったら、意地悪しないで姉の私に返してくれてもいいじゃない」

「アリアさん、妹思いの良いお姉さんだよね」

「あら? 私はステラを嫌ったことは無いわよ? ただ、暴走癖が苦手なだけよ」


 口元を隠して微笑むアリアは、ステラを嫌っているわけではないようだ。

 ただ単に波長が合わない、と言った様子だろう。


 陽に兄弟……母親のやり方次第ではいるかもしれないが、兄弟としての気持ちが正直理解できていない。

 冷たい様子で家族を語っていたアリアは、恐らくその半分以上の感情がステラにではなく、姉妹を争わせた者に向けられていたのだろう。


 気づけば、アリアは首からペンダントをぶら下げていた。

 深紅の瞳も相まって、赤く輝く宝石のペンダントは、アリアにぴったりだ。

 スウェット姿じゃなければ、ペンダントはもっとアリアに近づいていたのだろう。


 笑みを浮かべる嬉しそうなアリアの横顔は、とても眩しかった。


 陽がそっと視線を逸らせば、ひんやりとした手の感触が頬に触れた。

 ふと手の本人を見ると、微笑みながらこちらを見ては、頬に手の平をなぞらせている。


「ねえ、陽くん」

「どうしたの?」

「今の私は、陽くんから見て、吸血鬼らしいかしら?」

「……決まってるよ。アリアさんは、誰よりも吸血鬼らしいよ。血を吸われた自分が証明するよ」


 陽は毛布に触れるかのように、アリアの頭を軽く撫でた。

 頬に触れる手が、少し温かくなってきているので、アリアは照れているのだろう。


 言葉の続きが決まっていた陽は、静かに口を開いた。


「取り戻せない日常を共に生きる――自分だけの幼女吸血鬼だよ」

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