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幼女吸血鬼と取り戻せない程の恋をした  作者: 菜乃音
第二章 自分として、紳士として

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83 幼女吸血鬼の体調不良の真実

 アリアの体調。それは、今の陽が喉から手が出るほど欲しい情報だ。

 そんな誘惑混じりの言葉を言ったステラに、気持ちが揺さぶられない理由は無いだろう。


 現状、アリアはかなり弱弱しい状態であるため、一刻も早くどうにかしたい感情が陽には湧いている。

 またアリアが吸血鬼なのもあり、病院には連れて行きづらいのだ。専属医師を呼ぶのも検討したが、リスクの方が高い。


 医者やヒーローではないが、目の前の大切な人を救えないのは、後にも先にも後悔しか残らないと陽は痛感している。


 決死の想いを決め、真剣にステラを見た。

 ニヤつく笑みを浮かべているが、悪戯な言葉で無いのなら、希望にすがりたいのだ。


「……ステラちゃん。お願いだ。アリアさんが体調を崩した理由を知っているのなら、自分に教えてください」

「どぉーしよーかなー」


 ステラの弾んだ声は、今の状況では毒である。

 テーブルに座りながら、指を口許付近に当てて悩んだ様子を見せるステラに、陽は息を呑むしかなかった。


 こちらがいくら知りたいと思っても、情報は彼女の手の平の中にあるのだから。


 その時、ステラは勢いをつけてテーブルから飛ぶように立ち上がった。


「じゃあ、お姉様に嘘をつかない約束、とー」

「と?」

「今作ってるお粥を少しちょーだい」


 ステラはわざとらしく、さするように自分のお腹を撫でてみせた。

 ステラがお腹を空かせているのか不明だが、情報を知りたい陽からすれば安いものだった。念のためも考えて、お粥は少し多めに作っているので量に問題はないだろう。


 引っかかるのは、アリアに嘘をつかない約束だが、ステラ自身の都合が悪くなりそうなので陽は黙っておいた。

 おそらく、こちらが指摘しなくとも、ステラは理解した上で話している気がするのだ。


 陽はお粥の準備を進め、静かに土鍋の蓋を閉めた。


「分かった。その二つの約束に乗るよ」

「うんうん、良い子だね」


 手のひらの上で踊らされている気はするが、仕方ないだろう。

 陽は、ステラにお粥が出来るまでの時間で教えてほしいと頼み、ゆっくりと席に着いた。


 ステラも理解してか、椅子に腰をかけてきた。

 陽としては、ステラがアリアの椅子を陽の隣に持ってきて、隣同士で座ってきたのは謎だが。


 謎に近い距離感には、思わずため息が出そうだ。


「ででん! ここで問題」

「唐突過ぎる」

「なんでステラは外に出てきているでしょうか?」


 ステラの質問に、陽は首を傾げそうになった。


 思い返せば、ステラは本来、アリアの魔法によって館内に封じられているはずなので、陽の目の前に居る事が不自然である。

 だとしたら、このステラが実体ではないか、と聞かれたら恐らく否だ。


 仮に蜃気楼を使った原理であれば、先ほどのナイフに説明がつかない。


「……アリアさんの体調が関係してる?」

「正解! まあ、これくらいあなたなら理解出来て当然。お姉様のお眼鏡付きで答えられなかったら、ステラがまた手を下すところだったよ」


 さらっと恐ろしいことを言えるステラは、簡単にこちらの息の根を止められるのだろう。

 現状、陽自身もアリアに抱きしめられた力の強さで、吸血鬼には敵わないと重々理解しているので何も言えない。


 気づけば、ステラはこちらの方に顔を近づけ、ニヤリと笑みを浮かべた。

 紫がかった深紅の瞳も相まって、重たいような雰囲気を与えてきている。


 距離感が完全に間違えているステラに、陽は苦笑するしかなかった。


「お姉様が隠れて赤い飲み物を飲んでいたのを、あなたは知っているわよね」

「……赤い飲み物……透き通っているのに赤い色が見えた飲み物?」

「そうそう。あれは『血の宝石』って言ってね、私たちの住む世界の自然に生息している、自然の血を抽出できる石なのよ」


 石から血を抽出できる、と聞いた時点で鶏血石(けいけつせき)を連想してしまったが、完全に非なるものだろう。


 アリアは石に名前は無いと言っていたが、アリアが知らなかっただけなのだろうか。そもそも、石の名前を憶えていれば話していたと思うので、アリアは単純に知らなかった可能性が高い。


 血の宝石の本体を見たことは無いが、恐らくアリアに聞いても見せてもらえないだろう。

 現実世界に無い物を見る行為自体、天に唾すると言ってもいいのだから。


「そしてそれは――吸血鬼で唯一、人の血を飲みたがらないお姉様にとっての生命線」


 完全に顔の距離を詰めて、八重歯見せて言ってきたステラに、陽は息を呑み込んだ。


 生命線……つまり今のアリアの状態は、深刻なのかもしれない。

 ステラは陽が焦ると思っていたのか、つまらなそうな表情をしている。


 実際、陽は内心で焦っているのだが、ステラの話を聞かなければいけないと理解しているおかげで冷静なだけだ。


「でもでも、血の宝石だけでは全てを補えない」

「……補えない?」

「そう! 人間は栄養が偏れば体調を崩して滅びるように……お姉様の補えない栄養を従者のメイドが上手く補っていたのよ」

「どうやって補っていたんだ?」

「簡単。あっちの世界で補える栄養素を探して混ぜてただけよ。もちろん、生き血を入れないようにしてね」


 陽は改めて、事の重大さに気づかされた。


 確かにアリアが隠れて飲んでいるのを知っていた。だが、それだけでは補えていなかったのだから。

 黙秘していれば大丈夫、なんて考えでは砂糖よりも甘すぎたのだ。


 吸血鬼の世界でも人が居たとなれば、補う食材があっても不思議ではないだろう。

 だけど陽が住んでいる世界は、間違いなく現実であり、非現実的な物はあるはずない。


 八方ふさがりの状況に、陽は落胆しそうだった。

 アリアの体調を治せないと決まったわけではないが、森の中に放り込まれた状態に近いのだから。


 陽は覚悟を決め、ステラの顔をしっかりと見て、頭を下げた。


「……ステラちゃん、お願いします……アリアさんの体調を治す方法を、栄養を補える方法を教えてください」

「ステラの力をもってしても、お姉様を世界に連れ帰れないの……無理よ。そもそも、効能が切れて半年以上も普通に動けているのが異常なのに」


 ステラもアリアが心配らしく、明るい声は冷えた声へと変わっていた。

 ステラの言う通り、アリアを元の世界に帰らせるのが手っ取り早いかもしれない。


 けれども陽としては、それだと手遅れになるかも知れない焦りと、アリアが帰れないと知っているからこそ、目の前で消えゆく風前の灯火を黙って見過ごすわけにはいかなかった。


 アリアが半年以上も動けている事態が異常なら、言い換えれば奇跡となる。だからこそ、陽はすがりたいのだ。

 紳士としてではなく、アリアの隣に立つ者として――その手を握り続けると種族の垣根を超えた約束を実現するためにも。


 ステラの否定を無視して陽が頭を下げていれば、ステラは呆れたように息を吐いた。

 そして「頭を上げて」と静かにも明るい声で言ってくる。


「あなたは、お姉様が追放された時の条件を知ってる?」

「いや、知らないな」

「……お姉様の馬鹿。今から話すのは、誰にも介入できない、あなたとお姉様の関係を信じた話」

「……うん」

「お姉様の追放された条件に『一族の繁栄』があるの。内容は受け取り方次第。それでお姉様を救う唯一の方法――人の血を飲ませる」


 ステラがそう言った瞬間、土鍋の蓋が鳴いた。

 気づけば、ステラは物欲しそうにこちらを見てきており、先ほどの真剣な様子とは打って変わっている。


 真剣さはどうした、と問いたいが、約束であるお粥の方が優先ではあるので陽は立ち上がってキッチンに向かった。


 そして約束通り、軽く味付けをした後、陽はステラにお粥を差し出した。

 白い息を吐きながらも美味しそうに食べるステラは、無邪気な子どものようで可愛らしさが滲み出ている。


 食というのは、人間や吸血問わず、食べたものの心を穏やかにしてくれるのだろう。


 ステラはぺろりと完食してから、自身の手を見ていた。


「……これが限度」


 ステラが落胆した様子を見せた時、ステラの姿はぼんやりと歪み始めた。

 それは、まるで元からそこに居なかったように。


「す、ステラちゃん? どうしたの?」

「お姉様の結界。それはね、ステラを館に封じているんじゃなくて、外の世界……こことの外交を封じているだけ。ステラはお姉様と違って、人間の姿を持ってないから妥当ね」


 笑いながらに言うステラは、どこか清々しさすら感じさせてきている。


「待ってくれ! まだステラちゃんに聞きたい事があるし、さっきの続きだって」

「ステラは話すこと無いよ。それに、簡潔に説明したぞ」


 笑みを見せるステラは淡々としており、今の状況を受け入れているようだ。

 最初に会った時のように、テーブルの上に座り、足を組んでいるステラからは、心配という概念を感じない。


 むしろアリアの体調を心配していた時よりも、ステラは悪戯な笑みを浮かべているのだから。

 徐々に薄くなっていくステラは、ナイフを取り出して光らせた。


「次に会う時はお姉様と一緒で、あっちでも会えるのを楽しみにしているよ。……ステラの、お・兄・様」


 ステラはそう言い残し、消えていった。

 最後にお兄様と言うあたり、陽はステラに認められたのだろうか。


 照れくささはあるものの、悪いものでは無かった。


「これは」


 ふと気づけば、先ほどまでステラが居た場所に一通の封筒と、ペンダントが置かれていた。

 遠まわしに、ステラにおつかいを頼まれたようだ。


 陽は封筒とペンダントを特別なケースにしまい、丁寧にポケットにしまった。

 そして土鍋を持ち、静かに頭を悩ませる。


(……人の血を飲ませる、それがアリアさんの体調を治す唯一の方法)


 陽はステラから聞いた話を考えつつ、ゆっくりと二階へと上がっていく。

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