79 幼女吸血鬼の体調不良におせっかいを
ゴールデンウィークに入った当日、アリアとの話通り、いつもの日常を過ごす……予定だったのだが。
「アリアさん、顔が赤いけど、無理してない?」
今日は朝から、アリアの顔が赤かった。
朝食を食べた時から違和感はあったが、普段は白い肌であるアリアの顔も、今では少しリンゴのような色合いをしている。
アリアの立ち振る舞いは変わらないが、わずかながら足がおぼつかないようだ。
現状、目の焦点が合っているのかも不安である。
首を横に振っているアリアに、陽は静かに距離を詰めた。
「熱があるんじゃない?」
「な、無いわよ」
アリアはそっぽを向いていた。
目を合わせていないが、横で明確に見えるようになった頬は確実に赤い。
本人が無いと言っているので、疑いたくは無いのだが、ふらつき気味のアリアを見て信じ切れる理由はないだろう。
気づけば、深紅の瞳はうるりとしており、心配を加速させてくるようだ。
陽は「少し触れるよ」と謝りを一つ入れ、アリアのおでこに触れた。
案の定というか、アリアは拒否してきたが、抵抗する程の力は残っていないようだ。
普段はひんやりとした体温のアリアだが、少し熱を帯びていた。
「……アリアさん、悪い事は言わないから、熱を測ってもらってもいいかな?」
ここでアリアを野放しにすれば、アリアは無理をするだろう。
陽は小物が置かれた横棚から、体温計を取り出した。
吸血鬼の体温を測れるかは不明だが、特注製なので心配は要らないだろう。
アリアの方に体温計を差し出せば、案の定というか、アリアは測りたくないと首を横に振って抗議している。
「嫌だって言うんなら、自分がアリアさんの服に手を忍ばせて触れる事になるけど?」
「……うう、貸してちょうだい」
アリアは陽の手から体温計を渋々受け取り、洗面所の方に姿を消した。
陽自身、アリアに拒否されなかったらどうしよう……と言うよりも、アリアの服に手を入れる真似はしたくなかったので、思わず息を吐き出した。
口から出まかせだったとはいえ、そんな根性を持ち合わせているはずがない。
アリアを服の上から抱きしめる事はあっても、内側の素肌に触れる事はしていないのだから。
陽は気持ちを整えつつ、アリアが戻ってくるのを待った。
数分もすれば、アリアは戻ってきていた。
「三十六度を超えていないから、熱は無いわよ」
アリアは測り終わった後、速攻で体温計をケースに戻したようだ。
陽はアリアの手からケースを取り、電源をつけて確認した。
体温計を確認すれば、案の定というか、前回の数値は三十六度を超えている。
アリアの肌は、服以外だと人肌よりも冷たいので、触れただけでも理解できるほどわかりやすいので見るまでもなかっただろう。
アリアを見れば、アリアは理解しやすいまでに目を逸らしていた。
(意地でも否定しそうだな)
勘ぐったとしても、本人の口から聞かないわけにもいかないだろう。
「アリアさん、熱、あるよね?」
「……吸血鬼は、それくらいが普通なのよ」
「いやさっき、三十六度を超えてなければ、って話してたよね?」
アリアが嘘をつきたがる理由は不明だが、このまま野放しにしておくわけにもいかないだろう。
実際、アリアから目を離せば、今のアリアが何をしでかすのか分かったものじゃないのだから。
アリアの嘘を鵜吞みにしてもいいが、陽の気持ち的には許せていない。
アリアが誤魔化すように体温計を隠そうと奪い取ってくるので、陽は隙をうかがった。
アリアの一瞬のふらつき、そして意識の遅れを瞬時に理解し、陽はアリアの膝裏に腕を回した。
ゆっくりと背にも腕を回して抱きかかえれば、アリアは頬を赤くしている。
「アリアさん、今回は自分がおせっかいを焼かせてもらうからね」
アリアは諦めたのか、静かに頷いていた。
「自分の部屋で寝かせるとして……アリアさん、通気性がよくて、温かいパジャマとかは持ってる?」
「……持ってないわよ」
「仕方ないか」
不本意ではあるが、実行するしかないだろう。
陽は自分の部屋にアリアを抱きかかえた後、自分のスウェットをアリアに渡した。
フリーサイズではあるが、アリアが着れば恐らくだぼだぼだ。しかし、ベッドで寝ていてもらうこと前提なので、不慮の事故は起きづらい筈だろう。
数分後、陽はアリアが着替えを終えてベッドで上半身を起こしている時に、タオルやら冷却シート、飲料などの準備を手際よくした。
「準備、いいのね」
「まあ、アリアさんがやってくれたことを、そのまま返してるだけだよ」
実際、前回の経験を活かして、いざという時の為に準備がしやすいようにまとめておいたのだ。
まさか、アリアの看病をする為に使うとは思っていなかったが。
陽はアリアのおでこに冷却シートを丁寧に貼りつつ、椅子を引き寄せて腰をかけた。
その時、アリアは黒色のストレートヘアーから、銀髪……羽を見せない吸血鬼の姿に変わっている。
どういう理屈かは不明だが、現在のアリアの髪型は右サイドに髪がまとまっておらず、銀髪のストレートヘアーとなっていた。
また着てもらったスウェットはサイズがやはり大きかったようで、アリアの白い肩が見え隠れしている。また、袖に関しては折ることで調整しているようだ。
「……アリアさん、どうして無理をしていたの?」
「……ゴールデンウィークが、楽しみだったのよ。どこにも遊びに行かなくても、陽くんと長く一緒に居られると思ったからよ……」
アリアは、傍から見れば幼い言い訳をしているのだろう。
それでも陽からすれば、嬉しい理由だった。
無理をさせている原因が自分にあるのは、胸が申し訳ない気持ちでいっぱいになるが。
結局、アリアとは遊びに行かないことになったが、二人の時間を大事にする話で落ちついていたのだ。
だからこそアリアは、無理をしたかったのかもしれない。
学校や外ではない、二人だけの空間であるこの場所だからこそ。
陽は、頭を下げた。
「……アリアさん、ごめん。おせっかいを焼かれている自分が無理をさせる原因になって」
「陽くんをそんな風に思ったことは一切ないわよ。陽くんのせいじゃないの……それよりも、私がミスを犯していたのよ」
自分のせいじゃない、と言われた後の消え入るような声を、陽は聞き取れなかった。
深紅の瞳をうるりとさせているアリアの頭を、陽は静かに撫でた。そして、ゆっくりとアリアに布団をかけていく。
横になったアリアを見て、陽は優しく小さな手を握る。
「アリアさん、楽しみにしていた気持ちは分かるけど、今はゆっくり休んで、自分を大事にしてくれないか」
「……私、陽くんの迷惑になってないかしら?」
アリアは多分、おせっかいを焼くのは出来ていたが、自分がおせっかいを焼かれる側になると思っていなかったのもあり心配なのだろう。
「なってないよ。だから、早くよくなって、笑顔をみせてほしいかな」
「……陽くん」
「そうだ。食欲はある?」
「多少はあるわよ」
「お粥を作ってるんだけど、食べる?」
「陽くんのお粥……お願いするわ」
「うん、持ってくるよ」
その時、アリアが微笑んだのもあって、その表情は陽にとって眩しかった。
陽はふと首を振って、アリアにおせっかい焼くために、部屋を後にする。




