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幼女吸血鬼と取り戻せない程の恋をした  作者: 菜乃音
第二章 自分として、紳士として

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78 幼女吸血鬼との連休の話に、理想の距離感を

「陽くんはゴールデンウィークをどう過ごすつもりかしら?」


 眠る時間がまだ早かったのもあり、アリアとベッドで背中合わせをして座っていた時、アリアは唐突に聞いてきた。


 アリアに急に聞かれると思っていなかったので、上手くまとめられない。

 恐らくアリアは、宴の際に恋羽から聞かれていたのもあり、陽のゴールデンウィークの事情が気になったのだろう。


 背中合わせをしていて気を抜いていたのと、特に何も考えていないのが合わさってか、陽は「え、あ」と言葉にならない声を口にした。


 アリアの表情が見えないので不明だが、恐らく微笑んではいるだろう。


「……どう過ごす、か」

「過ごすというよりも、やることでもいいのよ?」

「やること……」


 正直な話、陽は連休を上手く使えた記憶が無い。

 特に誰かと遠出や、家族で遊びに行くとか、陽は出来た例が無いのだ。


 無論、陽が断っていたというよりも、友達との交友関係の狭さや、距離を置いてしまった原因もあるが。


「うーん。二人が誘ってきたら遊ぶくらいかな……」

「いつも通りなのね」


 いつも通り、というよりも陽の遊び相手は現状、ホモや恋羽、アリアしか居ないのだが。

 心を見透かされている感に陽は頬を掻きながらも、くすくすと微笑んでいる振動を背中で伝えてくるアリアを感じた。


「そういうアリアさんは、やることとかあるの?」

「……私は、出かける予定は特にないわね。人混みは出来るだけ避けたいもの」

「自分もアリアさんと同じで、人混みはあまり好きじゃないからな……」

「まあ、私はただたんに身長問題や瞳の色での視線問題もあるのよ」


 アリアは確かに幼女体型で、深紅の瞳を持っているという、一般的に見れば珍しいにも程があるだろう。

 現状、アリアと、ピンクの髪と瞳を持つ恋羽が並ぶだけでも、周囲の視線を集めていたのだから。


 アリアの悩みは理解出来るので、陽は何とも言えない気持ちがあった。

 またアリアの為を思って、貸し切りという大胆な真似をしてしまえば、休日の家族旅行等を楽しみにしていた人たちの気持ちを無碍にしかねないのだ。


 他者を気にすれば、自分たちの想像という幅が狭まるのも酷な話だろう。


(……出かければ、アリアさんの喜ぶ顔を見れたのかな)


 ふと陽は、一瞬思い詰めてしまった。


 今の陽にとって、アリアとの距離を近づけるのは、愛を知る意味でも願ってもない行動となる。


 出かけてアリアと一緒に様々なものを見ることで、アリアの喜ぶ顔から何かを理解出来るかも知れない。

 その反面、日差し等に考慮して歩けば、アリアの言っている視線問題に直結しかねないのだ。


 いくらボディーガードを用意しようと、いくらお金をつぎ込んで対策仕様と、一般通過の人の目に晒される可能性があるのだから。


 アリアの事を思えば、陽はどこまでも未来を見据えようと思える。だが、全てを叶える最善策には辿りつけないのだ。


 愛を知る、という呪縛に捕らわれないように、陽はそっと息を吐いた。

 ホモが言っていたように、近くにいるだけでも喜ぶ顔を見られる存在になれば、その悩みも闇夜に光となって消えるのだろう。


 その時、アリアが指を絡めてきた。

 陽は、アリアが手を重ねたがっていたので後ろ重心で手を置いていたのだ。そして今、アリアはその指の隙間を縫い、小さな手の感触を静かに伝えてきている。


「陽くん、一人で悩み事かしら?」

「え、ああ。……アリアさん、どうしてわかったの? 顔を見ているわけじゃないのに」

「簡単よ。陽くんを誰よりも見ているのよ。真夜さん程に及ばなくとも、今一番近くで、私はあなたを見ていたいの」


 アリアはそう言って、後ろから抱きしめるように、首に腕を回してきた。

 背中にぴったりと張り付くアリアの感触は、やはり心臓に悪いというものだろう。


 アリアは現在、上品なネグリジェを着ているので、薄い彼シャツ風の寝間着よりはマシである。

 背中を伝う体温は、今の陽にとっては心地よさがあった。

 独りだったかもしれない今が、アリアという少女の存在で埋められているのだから。


 真夜の言っていた愛の形を知らなくても、アリアはアリアだけしか居ないのだ。


(……特別なことが出来なくても、アリアさんと居られればいいかな)


 出かけたり、景色を見たり、連休でしか出来ない事もあるだろう。だが、お互いに望む形を、陽は形にしたかった。


 そもそもの話、前もって計画を立て、お互いのリサーチをしっかりしていなければ、不満の無い気持ちを露わにするのは無理に等しいだろう。


 陽はただ、アリアと居られる……その日常が好きなのだ。


 ふと気づけば、アリアが静かに頬を撫でてきていた。


「ふふ、ゴールデンウィーク明けの裏生徒会の会長としての挨拶の練習をするのはどうかしら?」

「アリアさん、心読んだ?」

「あら? あなたは違う事を思っていたんじゃないかしら?」

「やっぱり、読んでるじゃないか」


 アリアからすれば、こっちの考えは読みやすいのだろうか。


 アリアが言っていた挨拶は、アリアが会長じゃないのはおかしい、という批判の声が上がること前提の話だ。

 どんな質問や野次にも対応できるように、あらかじめ練習をした方が良いかもしれない話に落ちついてはいる。


 裏生徒会と言っても、四人と学校側で決まった話であり、全校生徒の方には休み明けの集会で話すことになっているのだから。


 少し悩んでいれば、アリアの重心がこちらに寄り掛かってきていた。

 軽く緩んだ腕の力からしても、心配にしかならないものだろう。


「アリアさん、大丈夫? いや、まあ、大丈夫って聞かれたら、大丈夫としか言いづらいかもしれないけどさ」

「陽くん、優しいのね」

「……自分も、アリアさんを見ているからね。たとえ鏡に映らなくても、自分の瞳にはしっかり映ってるから」


 アリアは顔に出さないだけで、無理している可能性もあるのだから、自分が見ない理由は無いだろう。

 陽はそっとアリアの頭を撫で、掛け布団を静かにめくった。


「今日は宴もしたわけだし、早めに寝ようか」

「……陽くん、少しだけ、我がままを言ってもいいかしら……」

「自分に叶えられることなら、何なりとお申し付けくださいませ、アリアお嬢様」

「ズルいわよ、馬鹿」


 アリアは恥ずかしかったのか、頬を赤くしていた。

 そんなアリアを見つつ、陽はゆっくりとアリアを布団の中に誘う。

 アリアは布団の中に入れば、陽をいつもよりも強く、ぎゅっと抱きしめてくる。


「……アリアさん、今日はいつもより温かくしてもいいかな?」

「ふふ、お願いするわ」


 口に出さなくとも、行動として伝えてくるアリアの方が、どんな言葉遣いよりもズルいものだろう。


 抱きしめるアリアは、温かかった。

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