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幼女吸血鬼と取り戻せない程の恋をした  作者: 菜乃音
第二章 自分として、紳士として

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77 宴の夜に、お互いの名前を呼びあって

「裏生徒会の正式決定を祝して、かんぱーい!!」


 ホモの掛け声に合わせて「乾杯」と陽とアリア、恋羽は言って、グラスを当てる音を響かせた。


 この日の夜は、陽の家で宴を開いていた。

 宴と言っても、アルコール飲料を摂取するような、高校生の型を抜けるような宴ではない。

 テーブルには、数えきれないほどの食べ物や、各々が好きな飲み物が煌びやかに置かれている。


 今回の宴は四人の距離を更に縮めるのを目的として、陽が率先して開いたのだ。


 完全防音の家なので、各々が好きな食べ物や飲み物を取り、騒いで楽しんでほしいというエゴもある。


 案の定、ホモは限度を保ってはっちゃけているが。


(ふざけてはいるけど、料理を律儀に食べるのはホモらしいな)


 気づけば、陽は笑みがこぼれていた。

 陽が椅子に腰をかけると、大量のウインナーを串刺しにしたホモが近づいてきた。


「なあなあ、陽ぅ」

「おい、酔ったフリはするな」

「陽も今日くらいは羽目を外せよー。恋羽持参の媚薬を没収しやがってー」

「まだ根に持ってるのかよ!」


 手荷物検査、というよりも持ち込みしていないか確認したところ、恋羽が目を僅かに逸らしたことで媚薬をこっそり持ちこもうとしたのが発覚したのだ。

 無論、アリアの料理に混ぜられれば陽が一番困るので、確認と同時に没収してある。


 恋羽曰く、アリアの飲み物に仕込もうとしていたらしいので、犯罪を事前に防いだ結果になった。

 根に持っているホモは、媚薬を後でクスね、恋羽の料理に混ぜたかったようだ。


 媚薬を保持しているのは構わないが、二人きりの時に使ってほしいものだろう。


 陽はただ、アリアの気持ちを妨げるような、望まぬ結果を未然に防ぎたいのだから。


「媚薬は没収したけどさ……ホモ、今宵は今までの労いとでも思って、めいっぱい楽しんでくれよ」


 陽はホモに、芽生えた感情の微笑みを向けた。

 微笑みを向けたのが悪かったのか、ホモは唖然とした様子で固まっている。

 別に変な発言はしていないので、ホモに困惑するしかないのだが。


「陽、良い意味で変わったな?」

「そうか?」

「なんというか、迷いは晴れてないんだろうけどさ、前を向いてるから、キモイなーって」

「失礼過ぎないか!?」


 一応否定はしたが、ホモの言う通りだ。

 あくまで陽は、紳士として、自分としての迷いが完全に晴れたか、と言われれば否なのだから。

 それでも今は、アリアが居てくれるから、陽という自分を抱きしめる事を選べているのだ。


 ここに居るのが、たとえ紳士の自分でも、陽という自分でも、過去から繋がった自分だから。


 過去に勝ることは、真の自分に近づく近道のように。

 鏡に映っても、何にもない自分ではなく、胸を張った自分でありたいものだろう。


 苦笑しているホモが、今日も正々堂々と、せこい真似でポイントを巻き上げてきたのかもしれないように。


「……まあ、なんだ。連絡を入れたとおりだけど、全ては、おせっかいを焼いてくれるアリアさんのおかげだよ」


 そう言ってアリアを見れば、アリアは恋羽と楽しそうに、近づきつつあるゴールデンウィークの話をしているようだ。

 またちゃっかり、恋羽がアリアの胸を萌え袖状態で触るものだから、目のやり場に困る。


 女の子同士でイチャつくのは構わないが、場をわきまえ……いや、今日くらいは少しだけ羽目を外してもいいのかもしれない。


 お互いがお互いを嫌わないように、距離が近づけば、今日の宴は目的どおりなのだから。


「アリアさんは、お前にとってのいい薬になっているってわけか」

「……違うかな。守るべきものと、守るべきものが無い人じゃ、覚悟が違うだけだよ」

「……陽、過去は、繰り返すなよ。気づく前に失うのと、気づいてから失うんじゃ、意味が違うからな」

「自分が一番、理解してるよ」


 過去を忘れようとしていた自分を、ホモは許さなかった。

 ホモ曰く、過去を忘れるのは、別れた相手を何度も思ってしまうのと同じらしく……癒えない傷の様に苦しい事で、無理に忘れようとすればするほど依存してしまうからだそうだ。


 陽は人と付き合った事が無いから不明だが、恐らくホモは――愛に満ちた狂気に落ちる前に止めてくれたのかもしれない。


 少し暗い話になってしまい、陽は眉を下げた。

 これでも気持ち的には、過去をどうやってアリアに話すか、という迷いでいっぱいなのだが。


 気づけば、ホモはグラスを鳴らし、こちらに向けてきていた。


「陽さんや、泣くのは全てが終わってから、だろ?」

「……ああ、そうだな。ホモ……親愛なる友人に」

「照れくさいこと言いやがって。ほらよ……親愛なる友人に」


 陽はホモとグラスを鳴らした。

 飲み干す紅茶は、後悔を苦みの様に、今を甘くするように、喉へと染み渡らせている。


 アリアが居なかった頃、ホモは陽の悲しみも、苦しみも、過去も全てを知っている唯一の近しい存在だった。

 だからこそ、こうしてホモと交わせるグラスは、過去も未来も変わらないままでいてほしいものだろう。


 ふと気づけば、ホモは恋羽とアリアの方を見ていた。


「いやー、にしても……二人の美少女の戯れは、相変わらず目が潤されますなぁ」

「顔をニヤつかせるな、顔を」


 相変わらずの変態発言は、もはやホモの専売特許だろう。


 陽が苦笑していれば、ホモはペンライトを取り出していた。

 そしてホモがペンライトについているボタンを押すと、それに連動するかのように、リビングの電気はカラフルな光に切り替わった。


 この光景に、陽は呆れを通り越しそうだ。


「いぇーい!! 今日は今までの労いとして、思う存分に騒ごうぜ!」

「ホモ、お前、何をした!」

「へっ、すり替えておいたのさ!」

「戻しておけよ……」

「ホモ、愛だね! 踊っちゃえぇ!!」

「ふふ、賑やかな子たちね」


 ノリノリの恋羽に、満更でもなさそうな笑みを浮かべているアリアを見て、陽はそっと微笑んだ。

 電気が集まる中央でペンライトを振っているホモは、恋羽の盛り上げ方も相まってか嬉しそうにしている。


 ホモと恋羽、この二人の勢いには慣れたものでは無いだろう。



「……二人共、楽しそうにしてくれてよかった」


 盛り上がっている際に、陽はこっそりとリビングを出て、庭で夜風に当たっていた。

 持ってきたグラスに入った紅茶は透きとおり、夜の月明かりを美しく見せている。


 空を見上げて物思いにふけていれば、隣から草の擦れる音が聞こえた。


「陽くん、ここに居たのね」


 アリアの深紅の瞳は、今日も綺麗に輝いていた。

 いつもの白いパフスリーブブラウスを彼女は着ているが、今の陽には、月明かりも相まって神秘的に見えている。


 ちゃっかり銀髪でセミロングの、右サイドにポニーテールのようにまとめた髪になっているあたり、アリアもズルい人だろう。


「アリアさん……二人は?」

「ふふ、バカ騒ぎしているわよ。陽くんが居ないからか、ちょっと過激になってるみたいよ」

「ホモと恋羽、相変わらずだよ」


 正直、聞かなくても理解はしていた。だが、アリアとの話を切り出すのには、ちょうどいいものだろう。


 陽はグラスを回しながら、そっとアリアを見た。


「……恋愛って、なんだろう」


 陽がポツリと呟けば、アリアは驚いた様子を見せている。


「私も、愛を知らないのよね。……陽くんは、知っているわよね」


 陽は静かに頷いた。

 アリアは、吸血鬼として人を愛せないのだ。

 陽は一瞬だけ驚く気持ちはあったが、アリアの今までの話を思い返せば何ら不思議ではない。


 主による束縛、人を愛せない呪縛……それらを考えれば、愛を知るのは難しいものだろう。


「知らない自分が言うのもなんだけどさ……愛を知りたいけど、知れないからこそ、手探りでもいいんじゃないかな」

「陽くん、それはどういう意味でかしら?」

「……自分は人間で、アリアさんは吸血鬼……種族の垣根を超えた愛は、誰も知らないでしょ?」

「本当に、言葉が上手くなったわね。どこか抜けた紳士さん」

「はは、アリアさんは、おせっかいを焼くよりも、甘える事が増えたよね。自分は嬉しいんだけどさ」


 おせっかいを焼かれる量が減ったわけじゃないが、相対的に見て、甘えてくる頻度が増えたのだから仕方ないだろう。


 アリアは恥ずかしかったのか、月明かりの下でも理解できるほど頬を赤くしていた。


「……陽くん」


 気づけば、アリアは持っていたグラスを前に出してきている。


「あなたに乾杯するのがまだだったわね」

「そうだね。出会いに乾杯しようか」


 そう言って陽も、持っていたグラスを前に出した。

 二人でアイコンタクトをし、乾杯の音を鳴らす。


「アリアさんに」

「陽くんに」

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