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幼女吸血鬼と取り戻せない程の恋をした  作者: 菜乃音
第二章 自分として、紳士として

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73 どこか抜けた紳士の悶々

 生徒会としての活動が決まった次の日、陽はアリアといつも通り、日傘を差して登校していた。

 登校しているものの、いつもの陽はそこにいるようで、そこに居ないようだ。


「まあ、色々考えて、放課後の帰った後、一人で行動したい事が出来て……」


 アリアには申し訳ないと思っているが、ここで止まっているわけにはいかない。

 アリアの安全を、陽自身が何よりも望んでいる以上。


 無理したような笑みを浮かべるアリアに、陽は心が痛むようだった。


「……陽くん、無理はしないことよ」

「……アリアさんの気持ちが、言葉が、いつも自分に後押しする勇気をくれるよ。ありがとう」


 アリアに許可は取れたため、動きやすくはなるだろう。


 それでも日傘の揺れた隙間から差し込む光は、アリアの表情を曇らせているように見えた。

 陽自身、今から行うのは自分というよりも、あくまで過去の自分……すなわち紳士として、日の目を浴びない行動を今日中に済ませるつもりだ。


 現状、連休が近づいているため、それまでに手を打たなければいけないのだから。


 学校に向かっている際、アリアは人目が無い場所で、いつもより体を寄せて歩いてきていた。

 それは、手放したくない、と間接的に伝えるかのように。




 陽は学校で恋羽の時間を借り、人目の少ない校舎の裏で対面していた。

 恋羽に警戒されないように、ちょっとした世間話で恋羽の交友関係を聞きだしておく。

 そして恋羽の雰囲気が和らいだところで、まとめた情報が記載された書類を目の前に出した。


 やはりと言うべきか、恋羽は疑問そうに首を傾げている。

 ピンクのポニーテールが揺れれば、静寂を伝えてくるようだ。


「恋羽、これは一年生や二年生からある程度絞り出した、表向きの生徒会の候補が書かれた紙なんだ」

「生徒会……陽、会長としての仕事をしているの?」


 会長と言えば嘘になるが、裏生徒会の今後の為となれば会長にはなるだろう。だが、今の陽にとっては否定する意味ではあった。


「……否かな」

「見た感じ、アリアたんの為みたいだから、愛だね!」


 多くは言ってないのだが、表情に出ていたのだろうか。

 本件である候補リストを恋羽に渡すのは意味がある。どちらかと言えば、恋羽しか成しえないからだ。


 陽は他人から目を逸らしてきたが、ホモや恋羽、アリアの特徴を捉える意味で目を逸らしたことは一度もない。


「補足すると、恋羽の上下問わず、学年問わずの関係性の幅広さは……頼りにしてる」

「相変わらずの言葉足らずだね。でも、愛はしっかりと伝わってるよ!」


 何でもかんでも『愛』というワードで済ませる恋羽は、ある意味で天才なのかもしれない。

 恋羽はホモと同じく、ただ馬鹿をやっているだけで、素は良い子で頭の回転が良いのだ。ただし、恋愛に置いては回らないでいただきたい。


 気づけば、恋羽は生徒名が書かれたリストを陽の手から略奪し、軽く目を通していた。


「陽、一つだけ聞いてもいい?」

「どうした?」

「――何が狙い?」

「……生徒会にとっての狙いは、無いかな」


 恋羽は納得したように、こくこくと頷いていた。

 恋羽が何を期待したかは不明だが、話の流れでは嘘をついていない。

 陽は正直、心が痛んだ。

 苦しいとかではなく、紳士として堂々と振舞っていながら、本当の事を手伝ってもらう恋羽に言えないのだから。


 傷つくのは自分だけで十分だと、陽は静かに飲み込んだ。


 見てきていた恋羽が首を傾げていたことに、陽はついぞ気づかなかった。




 次に陽は学校内の行動として最後である、ホモと対面していた。

 ホモは何かと察し能力、というよりも強感覚の見極めがあるため、裏生徒会の活動拠点の最終調整を口実に呼んでいる。


 多分ではあるが、ホモは些細な変化でも気づいているだろう。理解していても、口にしないだけで。


「おいおい、宴の誘いか? 宴にしても、こんな殺風景じゃ酒も進まないぜ?」

「ホモ、酒を飲むのは未成年を過ぎてからにしろよ」

「はは、分かってるって」


 苦笑するホモを、陽は真剣に見た。

 別に適当に流す空間を作ってもいいが、今のホモは理解しているだろう。


 真剣な目線を向けていたことに理解してか、ホモは机に寄りかけていた体を戻し、真剣にこちらを見てきた。


「――陽、一人一人としっかり会話をして、何が目的だ?」


 目的を聞いていたが、現在の状況でホモに主導権を握らせるつもりは陽に無かった。


「話が早いな。ホモに頼みたいのは、現在進行中の裏生徒会の進路確保と、今後の行事担当を表向きに立ってやってもらいたいんだ」

「……陽、熱でもあるのか!?」


 ホモには中身の無い頼みをするしかなかった。

 ホモは陽の反応が違ったことに驚いてか、駆け寄るように近づいて、おでこに手を当ててきた。


 ホモなら人の生命線で体調不良を理解しているので、ほんの冗談だろう。

 陽は受け入れつつも、ただホモを見た。


「熱は無いから。あれだよ……ホモは何かで縛るより、野放しにしといた方が都合はいいし、視野も広がるからだよ」

「陽、普通の人なら怒っているからな?」


 苦笑しているホモに、陽は思わず微笑んでいた。

 ホモとは、陽からすれば複雑な関係だ。

 過去を知っている仲ではあるが、裏ではお互いに深入りせず、表では青春を謳歌する若者のように。


 傍から見れば仲のいい悪友かも知れないが、ホモは友達でおさまらない程、陽にとってはかけがえのない存在である。


「理解してるよ。自分は、ホモを信頼してるから頼ってるんだ」


 言葉に嘘はない。

 ホモには、嘘をつく必要が無いのだから。

 過去を知っているホモに、嘘をつく方がどちらかと言えばリスクは高いだろう。


 気づけば、ホモは気後れしているのか、唖然とした様子で固まっていた。


「……まさか、信頼って言葉がお前の口から出るとはな」

「まあ、自分もいつまでも止まっているわけにはいかないから」

「双葉さんや、一応聞いておくが――紳士としての道を進むキッカケは、アリアさんか? 前のお前なら、その腕時計をつけてたり、メガネを持ち歩いたりしないからな」


 やはりというか、ホモの洞察力には驚かされるばかりだ。

 陽が静かに頷けば、ホモは微笑みを見せている。


 ホモの言う通り、腕時計を常時付け始めたのは、二年生からである。そして、昨日のメガネはアリアを守る意思を固めてからだ。


 真剣にこちらを見てくるホモは、明らかに全てを見抜いているだろう。

 気づけば、ホモは陽に近づき、陽の胸に手の甲を当ててきた。


 そしてホモは手際よく、ポケットから紙を取り出していた。


「陽、俺は多く言わないけど、ケリをつけてこい。どうせ、止めたって無駄だろ?」

「ホモ、いつも助かるよ」

「あはは、紳士の中のプロフェッショナルに頼まれちゃぁ、仕方ないよなぁ?」


 含みのある言い方をするホモだが、恐らくこの後の行動を理解している。

 チラリと紙を見れば、所在地から行動範囲が書かれているのだから。


 エレベーターのシステムを復旧しつつ、裏生徒会室を後にしようとした時だった。


「陽……アリアさんを悲しませる行為だけはするなよ」

「……ホモ」

「本当の幸せはさ、その人が近くに居るだけでも嬉しいんだぜ」

「……ごめん、自分にはわからないや」

「お前が紳士なら、愛を知らない雛鳥だな」


 ホモの言葉は、陽自身が重々理解している。




 放課後、陽はアリアを家に送ってから、ある場所で人を確保した。

 今日の最後の行動の礎となる人物――現生徒会の会長、天宮透だ。

 陽は確保した透を人気のない地下に運び、身動きが取れない状態にした。


 気絶させていただけなので、気を取り戻させれば、案の定騒ぎ散らしている。

 陽自身、別にここまでする予定はなかったのだが、予定が変わったのだ。


 アリアに別の手段を使って手を出し、透本人はいつも隠れていたのだから。

 ホモはこれすらも見越して、透の所在地から行動を割り出していたらしく、渡された紙には全てが記載されていたのだ。


「おい、我を縛りつけて何のつもりだ! ま、待ってくれ、そんなものを向けるな!」


 陽は、透に銃口を向けた。無論、中身は空なので、外見だけの飾りに過ぎない。


「天宮透……紳士として問おう。この学校に、お前は何を目的としてきた? 隠れ玉であるのは既に調べがついている。答えを、聞かせてもらおうか」

「分かった洗いざらい喋るから!」


 彼は、誇りも、秘密も、秩序も、自分が生き残りたいためなら無いらしい。

 透は本当に、全てを吐いてくれた。


 親の命令で、この学校の秘密を探るために入学してきたらしい。そして、気にくわない奴には脅しをかけ、輪から外すことでこの学校での居場所を無くしてきたと。

 彼は裕福なところで生まれたにも関わらず、厳しい教育をされてきた過去の腹いせだとも白状した。


 おそらくだが、最初に彼を見た時に直感が悟ったのは、彼が親にバレないように冷静を振舞う人間だったせいだろう。


 また、天宮、という苗字に疑問はあったが、真夜の敵対組織に当たる可能性が高い。

 学校の秘密を知る者は少数であるが、秘密を探ろうとしていた以上、このまま帰す必要は無いだろう。


 陽は腕時計のモードを設定し、透の首筋に当てた。


「ま、待ってくれよ! 俺は全て言ったじゃないか! 命までは取らない約束は!」

「誇りも秩序もない、哀れだな。約束してないし……命までは取らないけど、普通に帰すとも言ってないよ?」

「やめ――」


 透が言葉を言い終わる前に、針を打ち込んだ。

 打ち込んだのはスタン針なので、命に別状はない。

 陽自身、わざわざ手を汚す気は無いのだから。


「……紳士としての自分を見られて、ただで見過ごす理由は無いんだよ。……これで手間が省ける?」


 陽は後ろを振り向かず、暗闇に話しかけた。


 その時、暗闇から小さく足音が響いてくる。


 じりじりと近寄ってきたかと思えば、肩に手が置かれた。

 後ろを静かに見れば、立派なスーツを着た真夜が立っていた。

 真夜は透の姿を見てから、陽の付けていた腕時計を静かに外し、メガネを回収していく。


「陽は私みたいな紳士を目指さなくていいんだ、自分らしい生き方の紳士でね。たまにはガス抜きも必要かも知れないが、手を汚す必要は無いだろ?」


 そう、陽はただの紳士ではない。紳士としての教育はされてきたが、暗躍する組織、所謂エージェントに近い。

 日本でエージェントが必要かは不明だが、表向きに出ていないだけで、一般に紛れた人間なのだから。


 真夜は『ネノプロフェッショナル』という様々な物を製造する企業に属している。また、真夜が飛び回っているのは、企業の中でも超人紳士としてのエージェントだからである。


 陽が紳士としての形を理解出来ていないのは、ほとんど真夜のエージェントとしての影響が大きいだろう。

 どこか抜けた紳士、とホモから言われる所以はこの情報が近い。


 真夜は腕時計とメガネを回収したが、新しい腕時計とメガネを渡してきた。

 陽が受け取れば、真夜は静かに、もう一度肩に手を置いてくる。


「今の陽は、勇敢で、立派で、堂々と風格が満ち満ちた青年に見える。だけどその反面、愛を知らない、人としては疎かだ」

「……お父様は、どうしてここに?」

「ああ、陽を助けてほしい、ってアリアさんから連絡を受けてね」

「アリアさんから?」


 陽は驚きだった。

 アリアには帰りが遅くなると伝えたが、まさか真夜に連絡を入れるとは思わなかったのだから。


「陽、紳士として生きるのもいい。だけど、まず君は愛を知る事だ」

「愛を知るって、どうやって?」


 自分が愛を知るのは不可能だと、幼い日に痛感している。

 真夜もそれは、重々理解しているはずだ。

 陽が人並外れた力をもち、紳士としての振る舞いで嫌われてきた過去の全貌を知っている、父親である真夜なら。


 だからこそ陽は、吸血鬼等を関係なく考えれば、アリアに恋愛感情を沸かすことが出来ない。

 言い訳だと知っていても、一歩を踏み出すのが怖いのだ。


 気づけば、真夜はネクタイを整え、陽の手を取ってきた。


「そのためにもまずは、アリアさんを悲しませないように、その手を収め、すぐに帰宅の準備をするんだ。この後片付けは私がやっておくから」

「アリアさんを、悲しませないように?」


 生まれてくる疑問に、陽は質問するしかなかった。

 恋愛感情や、恋愛を学ばなかった陽にも落ち度はある。だが、今はただ、純粋に知りたかったのだ。


「陽は、アリアさんから愛を知るといい。私はそれ以上を言えないが、彼女ならきっと、陽に足りないピースの全てを持っている。――金鳥(きんう)玉兎(ぎょくと)。太陽があって月が輝けるように、月があって太陽が全てを飲み込まないようにね」


 真夜の言葉は例えが複雑であるが、今の陽にとっては十二分に足りていた。

 陽は初めて、この日の最初の時点で大きな過ちを犯していたことに気が付いた。


 陽は拳を握り、ゆっくりと足をあげる。

 真夜の後押しが、今はとてもありがたく感じた。


「……お父様、自分の過去を、アリアさんに話してもいい?」

「陽の好きにするといい。今は掲載されても、影の役目は掲載されないのだから」


 陽は一つの確認を終え、真夜に感謝をし、足を進めた。

 動かす足は音を響かせ、体は風を切っている。

 月明かりに照らされた陽の表情に、今日の迷いは消えていた。

 今はただ、待つべき人の元に帰るという思いが、陽を突き動かしているのだから。

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