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幼女吸血鬼と取り戻せない程の恋をした  作者: 菜乃音
第二章 自分として、紳士として

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70 どこか抜けた紳士は幼女吸血鬼を守るためなら一歩を踏み出す

 案の定、次の日から学校は生徒会の話題で盛り上がりをみせていた。

 話題の中心は、現生徒会と争っている四人の新生徒会の革命として取り上げられている。


 陽とアリアはまだ入ると決まったわけではないが、あれほどの騒ぎを起こしたのだから、入るも同然とみなされているのだろう。


 陽的には、未だに結論づかずで、ホモと恋羽に申し訳なさがあるのだが。


 昨日のアリアとの話し合いも含め、結論は最善を尽くした選択を急ぐべきだろう。欲しい情報は全て、この手の中にあるのだから。


『とまあ、陽、しばらくは先ほども話した通りだからね』

「うん。わかった。お父様、倒れる程の無理はしないでね」

『陽もアリアさんの迷惑をかけないようにするんだよ』


 真夜から珍しく電話がかかってきたのもあり、陽はお昼休みの時間に教室を抜けて、校庭の隅を歩いていた。

 真夜との電話を終え、陽は静かにスマホをポケットにしまった。


 親孝行の時間を今年は少なくする……というよりも、アリアとの時間を大事にしてほしい電話の内容だったのだが。また、真夜は仕事の都合上、こちらの地域に滞在する予定ができたらしく、頻度は少なくとも会う時間が減るだけで変わらないらしい。


 全てを補う話をする真夜は、父親でありながらも、紳士の振る舞いを欠かしていないのだから、話す度に驚かされてばかりだ。


 むず痒い気持ちがありながらも、教室の帰路を辿っていた、その時だった。


「君みたいな可愛い子が一般の生徒と一緒はもったいない、僕たちと同じ生徒会にならないかい?」

「お言葉ですが、昨日お断りさせていただいたはずですよ? まともに話も通っていない集団なのでしょうか?」


 チャラいような声と対峙する、凛としていながらも壁のある美しい声を、陽の耳は確かに覚えていた。


 声の聞こえた校舎の壁伝いを覗けば、アリアと、見るからにチャラそうな男子生徒が立っていた。

 陽は名前までは憶えていないが、その男子生徒に見覚えはある。

 現生徒会のイケメン枠と呼ばれる、自称チャラ男だと。


 現生徒会はアリアにしつこく迫っているのか、アリアは凛としているが、明らかに困っていると見て取れた。現状、アリアに手を出していないのが唯一の救いだろう。


 アリアを助けようと、一歩を踏み出そうとした時だった。


(……どうして、手が震えているんだ)


 その手は、確かに震えていた。

 アリアに対して、自分なんかが助太刀する必要は無いかもしれない。それでも、助けたい人がそこに居るはずなのに、陽の手は震えていた。


 偽善者だ。臆病者だ。陽自身が、重々理解していた。

 気持ちを蝕むように、過去から伸びるどす黒い魔の手は、動かそうとする足を止めてくる。


(自分は、陽だ。今は、アリアさんだけの紳士であり、助けたい気持ちが、そこにあるんだ)


 確かに陽自身、誘われた生徒会に対しても怖気づき……そして、今目の前でアリアが困っているというのに、足を踏み出せていない。

 臆病の陽でも、紳士である自分は理解している。


 本当の臆病者は、助けられる距離に居る者を簡単に見捨てる、手を差し出せない者だと。


 陽は息を呑み込んだ。その息は、体を伝い、耳に聞こえてきた。


(一歩を踏み出せ、自分……)


 陽は震える手を抑え、踏み出す一歩をあげた。

 足をあげる中、自分に言い聞かせる。


 一つ、紳士たる者……自分らしくあれ。たとえ臆病であっても、自分らしい行動に勝るものはない。


 二つ、紳士たる者、誇り高くも気高くあれ。守るべきものを守れぬプライドなら、今すぐ地の底に捨てよ。


 三つ、紳士たる者、同じ人間だ。抜きん出ていようと、皆同じ人であり、形がある。ならば、礼節を胸に、今その扉を開かんとする。


 陽は地を踏みしめ、音を鳴らした。そして、制服の内側に収納して置いた、折り畳みの日傘を手にする。


 足音に気づいてか、アリアとチャラ男はこちらを見てきていた。

 陽が迷っている間に、チャラ男はアリアに手を伸ばそうとしていたらしく、男でありながらも無様な手が伸びている。


「……すまないが、彼女は自分の連れだ。その手を下ろしてもらおうか」


 陽は日傘を持った手を前に出し、アリアとチャラ男の手の間を遮断した。

 アリアの無事を確認してから、陽は鋭い視線をチャラ男に向ける。


「おいおい、その目は? 僕は天下の生徒会様だぞ?」

「女の子に勝手に触れるのは、男として廃る行為だな。そして、嫌がっている人に無理強いするのは、礼節がなっていない」

「君と話す気はない。僕は彼女と、話していたんだ、そこをどいてもらおうか」


 アリアに触れようとする手を、陽は瞬時に軽く払った。

 チャラ男の睨みつける目は、一切怖くない。むしろ、闘争心が丸わかりでありがたいものだ。


 ガタイを見れば、確かにイケメンであり、体格もいいが、ただそれだけだ。

 自分がイケメンだとチヤホヤされ、作法を存じぬ愚か者の末路とは悲しいものだろう。


 陽はアリアを後ろにしつつ、草木の揺れる音すらも鮮明に聞こえるほど集中していた。


「お兄さんや、怪我したくなきゃ、今すぐ教室にでも帰りな? そうだ、それでいい」


 陽はあえて、チャラ男の言う通りに、静かに下がるそぶりを見せた。

 そぶりを見せただけで、つけていた腕時計を制服の袖から露わにし、彼にゆっくりと振り向く。


「紳士とは何か、生徒会とは何か……ご存じかい?」

「はあ?」

「紳士、生徒会共に共通しているのは、強き者は弱き者を悟り、弱き者は強き者の羽化した羽を己にもあると歩み始める。――いつまで突っ立っているつもりだい? 日が暮れるのを待つつもりかい?」

「おいおい、頭イカレタカ? もういいや、やってやるよ!」


 チャラ男は我慢できなくなったようで、拳を振りかざしてきた。

 この学校では不祥事すらも、大量のポイントでかき消せるので、彼はそれを使うつもりだろう。あくまで、勝った方の、権限ではあるが。


 チャラ男の空を切った拳を、陽は身体を横に逸らした。

 そして伸びきった腕に触れ、彼の力そのままに、チャラ男の体を宙に浮かした。


 陽はすかさず、チャラ男の片足を払う。

 完全にチャラ男が宙に浮いた瞬間、陽は自身の肩を使い、チャラ男を地面に叩きつけた。


 舞う地煙は、衝撃を伝えてきている。

 チャラ男が地面に仰向けで倒れた時、陽はチャラ男の首に腕時計の先を合わせる。


「安心しろ、すぐに起きれる」


 腕時計の先から、小さな針が放たれる。

 チャラ男は針が打ち込まれた瞬間、気絶するように横たわった。


 先ほど彼の首に打った針は、特殊仕様の神経スタンである。即効性のある神経阻害の効果があり、数分もすれば起きられるので、まだ良心的な持ち物だろう。


 彼の処遇を決めたいが、起き上がってしまったら大変なので、陽はアリアの方により、驚いているアリアをそのまま抱き寄せた。


「アリアさん、しっかり掴まってて」

「え、陽くん!?」


 陽はアリアをしっかりと抱き寄せ、学校の屋上目掛け、持っていた日傘の先端を合わせる。

 先の部分が放たれれば、屋上の縁にかかり、ピンと伸びたワイヤーが巻かれ陽とアリアの体は宙に浮く。


 大概な行動をしたのもあり、窓から見ていた生徒が複数いたらしく、盛り上がっている声が聞こえてきた。


 陽はそれを横耳で聞きながしつつ、屋上に着いてから、抱き寄せていたアリアをゆっくりと離す。

 不本意ながらも、アリアを大衆の見ている前で抱き寄せたのは致し方ないだろう。


 この間、僅か数分の出来事なのもあってか、アリアは驚いたままらしく、深紅の瞳を丸くしてこちらを見てきている。

 一応、屋上なのもあって、日傘を使ってアリアを日陰には入れてある。


「アリアさん、急にすまない」

「だ、大丈夫よ。……陽くんが助けてくれたの、嬉しかったもの……」

「よかった。あ、それよりも怪我はない?」

「……陽くん、怪我はないわ。あなたの紳士としての活躍、かっこよかったわよ」


 ふと気づけば、陽はアリアに、過去の自分が培ってきた実力を見せていないのを思い出した。


「まあ……アリアさんを守るのは、アリアさんだけの紳士として当然だから」

「陽くん、これはご褒美よ」

「え、いや、今は……馬鹿」


 学校で誰も見ていない屋上で、陽はアリアに抱き寄せられた。そして、潤った唇が、陽の頬に優しく触れたのだ。


(アリアさんからの……キス……)


 アリアからされた、ご褒美という名の口づけに、陽は悪い気がしなかった。

 むしろ、ご褒美にしては大胆過ぎるので、アリアにお釣りを返さないといけなくなる。

 付き合っていないのに、キスをしても犯罪にならないのかが心配だ。


「初めては、これでいいかしら?」

「アリアお嬢様、最高の幸せをありがとう」


 礼を求めるために助けたわけではないが、アリアだからこそくれたご褒美なのだと、今は静かに受け取っておく。

 学校が終わるまでの間は、きっと忙しくなるのだから。それでも、アリアにされた口づけ――頬の温もりは離れる事がないだろう。

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