07 幼女吸血鬼は意外と庶民的なお嬢様
「……ここが、白井さんの来たかったところ」
目的地に着くと同時に、アリアが驚いた様子を見せるのも無理はないだろう。
陽は寄り道と称して、最寄りのスーパーに足を運んでいた。
本来であれば寄る必要は無かったが、未来を見据えた陽からすれば必要経費と言える。
問題としては、同じ学校の生徒が来ているかもしれない、という事くらいだろう。騒ぎ事を避けたい陽からすれば、ばったり出会ってしまったとか、曖昧な噂を流されるのが一番不条理なのだ。
とはいえ、校門であれほどの注目を浴びてしまったのを考えると、今更なのかもしれない。
陽は日傘を閉じつつも、アリアが太陽の陰に来るようにした。そして、ゆっくりとお店の中まで歩を進めた。
何事も無いかのように陽がカゴを取れば、アリアは不思議そうに見てきている。
「ああ……夜ご飯の食材を買いたいから、手伝ってもらってもいいかな?」
「夕方近くに、ポイントセール……あなた、意外と考えているのね」
「考えていないと思った?」
「そうね。ろくに使われていない料理器具にキッチン、シンクはおろか、冷蔵庫だって冷凍食品ばっかりだったじゃない。栄養に気を使わなきゃ、人間なんて栄養過多で病気になるわよ?」
「はい、返す言葉もございません」
アリアにここまで言われるとは思っていなかったため、陽は苦笑いするしかなかった。
アリアの追及は本当で、陽は料理をしようと考えたこともなければ、料理器具に月一で触るかどうかだ。
現にシチューの材料があったのは、父親が来た後だったのもあり、陽が料理を振舞う事になったせいなのだから。
おかげでアリアのシチューに巡り合えたので、陽にとって悪い事だけではなかった。
陽は絶対的に料理を出来ないわけではないが、作る事への躊躇いを覚えている。
肩を落としていれば、アリアはわかりやすくカゴを引っ張ってきていた。
「夜ご飯は何を作るのか決まっているのかしら?」
「……アリアさんの好きな食べ物を入れていいから」
「はあ、決まってないのね。本当にどこか抜けているの、わざとかしら?」
「滅相もない」
アリアが呆れた様子を見せたので、陽は手を振る事しかできなかった。
陽自身、最寄りのスーパーのセール時間やポイント日をすべて把握しているが、恩恵を受けた例が無いに等しい。
アリアに自分持ちで買うことを告げれば、野菜売り場の方へと向かって行った。
夜ご飯が決まっていないのもあるが、陽はアリアが何を好きか嫌いかも知らないため、実際は本人が食べられる物を買ってほしいのが本音だ。それは、吸血鬼だから、というよりも食事を楽しく食べられることを、陽は心から望んでいるから。
アリアが野菜を選んでいるのを見ていれば、行く人様々な視線を陽は妙に感じた。
確かにアリアは、高校生なのに小学生くらいの身長である。また、陽から見ても、傍から見ても美少女であるせいだろう。
さらにはアリアの深紅の瞳が物珍しさもあって、目を引かれてしまう要因なのかもしれない。
それでも視線を気にしていないアリアは、肝が据わっているのだろう。
ふと気づけば、アリアは袋に入った人参を選びながら、ジロジロとこちらを見てきていた。
「あなたは好き嫌いあるのかしら?」
「特にないな」
「そう、分かったわ」
とアリアは言って、選んだ人参をカゴへと放り込んでくる。
ご飯に使う食材を見極めている、というのは陽から見ても理解できるが、予想していた行動とは違って内心驚いている方だ。
アリアについていけば、安い商品から、安い値段で多くのポイントが付くものなど、庶民的な選び方をされているのだから。
偏見であるが、見たもの全てをカゴに入れ込んでくるお嬢様気質、と陽は思っていた。
「失礼は承知なんだけど……アリアさんは、吸血鬼のお嬢様じゃないのか?」
人の目が少ない調味料棚の前で聞けば、アリアは棚から目を外し、深紅の瞳に陽の姿を反射させた。
「……言ってなかったかしら? 私はある館の主にして、あなたの言うお嬢様でもあるわ」
一瞬でも冷えたアリアの声は、明らかに深入りを避けてほしい、と伝えてきているようだ。
陽自身、人の過去は出来るだけ詮索しないでいるが、ついつい口が滑ってしまっていた。
家に帰れないのであれば、それは過去に起きた出来事。つまり自分は知っていたのにも関わらず聞いてしまったので、相手への敬意を怠っている証拠だ。
自分が過去を話したくない側で野暮な質問をしてしまった事に、陽は心から反省した。
「変に聞いてすまなかった」
「別にいいのよ。いずれあなただけは、知ることだったのよ」
「……自分だけ?」
アリアは答える気が無いらしく、調味料、正確に言えば醤油を手に取って吟味していた。
紳士とは何を指すのか、陽はまだ、その答えに辿り着けていない。
紳士になる気が無いとはいえ、相手への振る舞いの参考にはなるだろう。
(アリアさんは、何を考えているんだ?)
アリアに紳士として気に入られているのか、はたまた自分自身を気に入られているのか……それともたまたま一緒に居るだけなのか、謎が深まるばかりだ。
ふと気づけば、アリアは醤油を一つ手に取って、こちらを見てきていた。
「確か、この醤油はあなたの家には無かったわよね?」
「無かったな……醤油なら家にあるけど、どうしたんだ?」
「醤油の種類のアルコールによって風味が違うから聞いたのよ」
「醤油ってアルコール入ってたのか!?」
「別に、度数的には子どもが多量接種しない限りは毒じゃないわよ。こっちの世界だと、この醤油が風味づけにオススメって聞いたから気になったのよ」
「なら買うか」
「……躊躇ないのね」
呆れたアリアを横目に、陽はカゴへと醤油を放り込んだ。
陽とアリアはそれから、必要な肉やら飲料やらをカゴに入れた後、二人でレジへと向かった。
陽としては、二人で居るのが普通ではないのに、何気なく馴染んでいるアリアに違和感がないのが不思議でしょうがなかった。
会計を待っている際に、アリアが店員から小学生と勘違いされたので、アリア自身も色々と苦労が絶えないのだろう。
(ふう、どうにか入った)
何かと買っていたようで、持ってきていたマイバックから買った物がはみ出そうになっていた。
飲料水やら醤油やらがかさばっているのが原因なので、必要経費上は仕方ないのだろう。
見ていたアリアからは、よく入れられたわね、と労いの言葉をかけられた。
黙ってマイバックを持ち上げようとすれば、アリアは陽がずっと肩にかけていたアリアの鞄を取ろうとしてきた。
しかし陽は何も言わずに、彼女の手を止め、ゆっくりと下ろさせる。
アリアは不服なのか、ムスッと頬を膨らませていた。
「アリアさん、自分は不甲斐ない人間だけど、これくらいは任せてくれないか?」
「でも、自分の鞄くらいは自分で持つわよ」
「……自分を紳士だというのなら、頼っていただけないか?」
「……今だけは感謝しといてあげる」
ツンデレのように目を逸らしたアリアは、無邪気な可愛らしさを垣間見せてくるようだ。
アリアから貰った感謝が本意でなくとも、陽は充分に心が満たされている。
「今度こそ家に向かおうか」
「ええ、そうね」
陽は腕が塞がりそうな中、お店の外で日傘を差し、アリアの歩に自然と合わせて帰路を辿るのだった。