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幼女吸血鬼と取り戻せない程の恋をした  作者: 菜乃音
第二章 自分として、紳士として

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66 幼女吸血鬼に一緒の部屋で眠るお誘いを

 その日の夜、陽はアリアがお風呂から上がってくるのをリビングで待っていた。

 ダイニングテーブルの椅子に座り、普段ならアリアの寝間着を見ないようにと部屋に戻っている時間ではあるが、今日は違うのだ。


 新学年になってから、アリアが不満な表情を学校でするのが多くなっている事、帰り道に体を普段よりも近づけている事、それらを考慮しても見て見ぬ振りは出来ないだろう。


 アリアの様子が約束以降変わっていると、陽自身が一番理解しているのだから。

 アリアと一緒に、長く過ごしている自分だから気づけたのかもしれない、アリアの些細な変化を。


「アリアさんの意思を、しっかり聞かないと……紳士としてではなく、自分自身の為にも」


 自分自身に言い聞かせる言葉は、気づけば口からこぼれ落ちていた。

 アリアにだけ送る気持ちであるが、恋愛感情かどうかは、陽には理解できていない。

 恋愛というのは、所詮上部面の気持ちでしかないのだと、母親を亡くした幼き日に重々理解しているのだから。


 だけど今の陽にとって、アリアの気持ちに触れる事は、恐れるものでは無かった。


 震える手を握ってくれる、あの小さな手だからこそ、今もこうしてアリアが来るのを椅子に座って待ち続けているのだ。

 たとえ偽りの愛だとしても、一緒に過ごした記憶がここにはあるのだから。


 陽とアリアの空間色に染まったリビングを見渡せば、時計の針の音が一分一秒を長いように感じさせてくる。


「え、陽くん?」

「アリアさん。……すまない、邪魔だったかな?」

「いえ、そういう訳じゃなくて……陽くんがこの時間に居るのは珍しいから驚いただけよ」


 いつの間にかアリアはお風呂から上がったらしく、リビングにやってきていた。

 この時間、というよりも陽はお風呂から上がれば自室に戻っている。そのため、リビングに居座っている方が珍しいのである。


 驚いた様子を見せているアリアに申し訳ないので、陽は椅子から立ち上がり、一度頭を下げた。


 ふとアリアを見れば、アリアの寝間着は以前のベビードールと違い、ネグリジェとなっていた。

 白色が基準なのは変わらないが、肌の露出が少ないワンピースのネグリジェは、陽の心にも良心的である。


 恋羽の影響を受けてかは不明だが、アリアの可愛さはどのみち引き立っているので、春休みのお泊りは良い調味料になったのかもしれない。


 アリアが湯冷めして風邪を引かないうちに、陽は考えていたことを切りだした。


「アリアさん……唐突ではあるけど、アリアさんさえよければ、一緒の部屋で寝るようにしない?」

「……え?」

「いや、別に他意とか、不純な意味とかは無くて……もちろん、アリアさんの好きでいいし、今すぐに結論が欲しいわけじゃなくて……」


 陽自身、正直自分でも何を言っているのか理解できなかった。

 一緒に寝た際に見てしまった雫……あれ以来、陽はずっと考えていたのだ。


 どうしたらアリアが寂しくないか、どうしたらアリアの手を離さずに居られるのか。

 同じ屋根の下に住んでいるとはいえ、お互いに他人としての距離感だったり、主従関係の距離だったりと、心がそこに無いように陽は思えていたのだ。


 無論、アリアに思うことがあって拒否するのであれば、この話は白紙で構わない。


 ふと気づけば、アリアは悩んだ様子を見せ、深紅の瞳をうるりとさせていた。

 泣き出しそうなのか未だに理解できない潤いは、相変わらず目の毒だ。


「……陽くん」


 その時、アリアは陽の元により、陽の胸におでこを当ててきていた。

 黒い髪からふわりと香るシャンプーの甘い匂いは、アリアとの距離を伝えてきている。


「私も……陽くんと一緒がいい……」


 こちらを見上げる瞳は、幼いようだった。

 甘えん坊で、無邪気な主である、アリアそのものだ。

 一緒に眠れることを喜んだ声色は、今までも我慢していたのではないかと、そう錯覚させてくる。


 陽はアリアを軽く抱き寄せ、小さな手を取った。


「ありがとう、アリアさん」

「お礼をするのは私の方よ。……本当に、鈍感なのか、どこか抜けているのか不明なのよ、まったく」


 笑みを向けてくるアリアの頬は、薄っすらと色づいていた。


「それじゃあ、アリアお嬢様、わたくし目の部屋でもよろしいでしょうか?」

「あら? 紳士さんは私のお部屋だとご不満かしら?」

「レディのお部屋を覗くのは、紳士としての私が許しませんので」

「ふふ、最初の頃と比べると、陽くんも口が上手く回るようになったものね」


 小さなやり取りをしてから、陽はアリアの膝裏に腕を回し、アリアの体に負担がかからないようにして持ち上げた。

 アリアが嬉しそうに頭を寄せてくるので、陽は思わず笑みをこぼした。



 陽は自身の部屋に着いてからアリアを下ろし、軽くベッドを整えてから、アリアをベッドの方へと誘った。

 アリアは笑みを宿し、そっと布団の中に体を潜り込ませてきている。


「うーん……アリアさん、今後も一緒に寝る気があるなら、ベッドは大きくしておく?」

「私は今の陽くんのベッドで十分よ? それに」

「それに?」

「ベッドを大きくするのもいいけど、私はこの距離が一番好きなのよ」


 そう言ってアリアは、くんくんと鼻を鳴らしていた。

 むず痒さがあるものの、アリアとの今の距離は陽も好きであり、温かさを感じられて一緒にいる実感が湧いているのも事実だ。


 小さな体で布団の中から這い上がるようによじよじと体をくねらせ、同じ枕に頭を置くアリアは、可愛いにも限度があるだろう。


 唇が近づきそうな距離、というよりも拳一個分の距離で、深紅の瞳に映る陽は恥ずかしいことを隠していない。


 陽は気持ちを整えるように、今までなら目を逸らしていたアリアの寝間着姿を、自分の目でもう一度視認した。同じベッドで今後も寝るのであれば、目が慣れるに越したことは無いだろう。


 布団の隙間から中に視線を落とせば、ネグリジェはアリアの幼女体型を際立たせ、以前よりもふくらみを強調しているようだ。


「……アリアさん、もしかして、胸が前よりも大きくなった?」

「……っ!?」


 アリアは瞳を丸くして驚いた様子を見せ、言葉にならない声を出した。


 陽は今までもアリアを、見てはいた。だが、今日に関しては何故か体型が気になってしまい、思わず口にしてしまったのだ。


「え、あ、いや、ごめん! 体型の話を急に振られるのは嫌、だったよね……」


 アリアは黙ったまま、頬を赤らめている。


「えっと……アリアさんを変な目で見ていたわけじゃなくて、アリアさんとしっかり関わる時間が多くなったり、前に見た時よりも強調されてたりしたから……その、気になったというか」

「陽くん、手を出してこないだけで、目は男の子なのね」

「こ、個人的な意見だし、アリアさんが体型を気にしてるなら、今後は触れな――」


 最後まで言い切らないうちに、口は小さな指でふさがれた。

 唇に付いた指は、確かな温かさがある。

 おそらく、アリアは体型を価値観程度にしか思っていない可能性もあるので、そこまで気にしていない可能性があるだろう。


 アリアにどう見られていたかは不明であるが、陽はアリアに手を出さないだけで正真正銘の男である。

 ふと気づけば、アリアは口角を上げて笑みを浮かべていた。


「大丈夫よ。驚きはしたけど……陽くんが、私をちゃんと見てくれていて、嬉しいのよ」

「……アリアさん」

「あなたにだけ、耳よりの情報を教えるなら……次のカップ数が似合う大きさにはなり始めているわね」

「……次の、カップ?」

「陽くん、頭はいいと思うけど、身体的な言葉を蓄えていないのね」


 アリアが察している通り、陽は身体的な特徴すらも恋愛対象だと思っていたので、避けて通っていたのもあり知識が無いに等しい。


 おかげでホモや父親である真夜から、ある程度は女性の身体的特徴を把握した方が良い、とお灸を据えられている。


 多分だが、ホモや恋羽に聞けば嫌という程そのような知識は教えてくれるだろう。


 陽が苦笑して誤魔化していれば、アリアはピタリと体を寄せてきた。

 アリアがぎゅっと抱きしめてきたのもあり、顔の距離は近づき、アリアのふくらみが確かな柔らかさを伝えてきている。


「陽くん、こうされても欲求の方は大丈夫かしら?」

「アリアさん、別に手は出さないから、安心して大丈夫だよ」

「本当に律儀ね。でも、私は我慢できないから、あなたを抱きしめるわよ」

「いつもの事だし、アリアさんが満足するなら、自分は嬉しいかな」


 アリアの涙を見ないように、こうして一緒に寝ようと誘ったのだから、陽からすれば理想が叶っているも同然だ。


 アリアに抱きしめられるだけで、学校での距離ある事が罪滅ぼしになるのなら、陽はいくらでも受け入れる気である。


「あなたの方から誘ったの……だから、ちゃんと責任取ってもらうわよ」

「もちろん、イェスだよ」


 陽は腕を回し、アリアをそっと抱き返した。

 嬉しそうな笑みを浮かべるアリアは、どんな宝石よりも輝いている。


(……確かな距離は、あるんだ)


 確かな温かさに、確かな柔らかさを実感していた陽は、気づけば寝息を立てていた。


「もう寝ちゃったのね。……陽くん、おやすみなさい。あなたから誘ってくれて、嬉しかったわよ」


 アリアからされた感謝に、眠っている陽はついぞ気づかなかった。そして、小さな温かさが肌に触れたことすらも。

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