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幼女吸血鬼と取り戻せない程の恋をした  作者: 菜乃音
第二章 自分として、紳士として

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65 学校での距離を縮めてくる、おせっかい焼きの幼女吸血鬼

「……どうしたものか」

「陽、あんなに噂になったんだから、今更だろ?」


 翌日、陽はホモに茶化されながらも、背中をペシペシと笑いながら叩かれていた。

 昨日の話の際に、アリアと学校での距離の話をしたのだが、陽は左様ですか、と流しておきながらも他人を装うつもりだった。


 装うつもりだったのだが、アリアが案の定、有言実行してくれたおかげで恋羽と一緒に自分の机の傍に寄ってきている。

 ホモが何気なく、恋羽やアリアと話を出来るのもあって、傍で聞いている陽からすれば羨ましいものだ。


 時折アリアから話題を振られるのもあり、アリアファンの集いや、アリアに憧れを抱いているのであろう男子のクラスメイトからは、痛いほどの視線が飛んできていると重々理解出来た。


 男子諸君に関しては、視線という名の殺意に近いが。


(……アリアさんも大変だよな)


 アリアが取り巻きを作っていなかったのもあり、幼女で高嶺の花のアリアの異名はそのままに、アリアは陽たちと打ち解けている形になっている。


 それでも、アリアを頼りにしている女子生徒が近づいて質問したりしているので、以前に比べてアリアは近寄りやすい印象が増えたのではないだろうか。

 陽としては、これを機にアリアに余計な感情を持つ者が増え、手を出す輩が増えないことを祈るばかりだが。


「おーい、陽、聞いてるのか?」

「……すまない。考え事をしてた」

「陽くん、体調が悪いのですか?」

「……いや、大丈夫」


 アリアがサラッと陽を名前で呼んだのもあり「アリアさんが何であいつを名前で!?」や「我らが愛しきアリアさーん!」や「流石アリアさんね」と様々な本音が渦巻いている。

 他者の話を聞いてばかりいないで、自分達の話に花を咲かせてほしいものだろう。

 アリアとの会話、四人での会話は見世物では無いのだから。


「……アリアさん……何でもない」

「陽くん、遠慮しなくてもいいのですよ?」

「アリアたん、陽に辛口だねー。でも、愛だね!」


 陽自身、アリアに距離を詰めると言われたのもあって諦めていたが、学校でも名前で呼ぶのを許可した覚えはなかった。

 たとえ許可をしなかったところで、アリアは名前で呼んできたと思われる。


 現状、アリアが輪に加わるのは嬉しいけれど、偽善者を装った陽の臆病者は発動するばかりだ。


 陽は確かに紳士として育てられてきたが、胸を張って行動できないからこそ、どこか抜けた紳士や自分らしさが足りていないなど、ホモや恋羽に言われる所以だろう。


(……どうしたものか)


 アリアのお嬢様口調に慣れないのもあり、陽は恐る恐る逸らしていた視線を戻し、アリアの顔色を覗いた。

 案の定、アリアは不服そうな顔をしてこちらを見てきている。


 アリアが不満そうな顔で見てくるので、もう一度目を逸らし、隣で恋羽とイチャイチャしているホモに目をやった。


「……見える景色には、蕾咲く花しか見えないのか?」

「満更新春夫婦の二人が言えた口じゃないよねー?」

「下手したらお二人さん、俺らより夫婦しているよなー」

「アリアさんとは夫婦じゃないから!」

「陽くんとは夫婦じゃないです!」

「あはは、陽とアリアたん息ピッタリだね! 愛だね!」

「学校でのそのイチャつきよう無理があるだろ」


 ホモが含みを持たせて言ったのが聞こえていたのか、何故か周囲の方がざわついていた。


 時間というものは無慈悲で、気づけばチャイムが鳴っている。

 アリアと恋羽が席に戻っていった時、ホモが肘で小突いてきており、こちらをジト目で見てきていた。


「なあ、陽。陽を見ては彼女不満げだけど、本当にこのままでいくつもりか?」

「……仕方ないだろ」

「どこか抜けた紳士、いや、お前はもう、本当の意味で一人じゃないだろ」

「……知ってる」


 ホモの言葉の意味は、陽自身が重々理解している。

 いつか聞きたくなくなっていた、いつの日か聞こえなくしていた、心を塞いだその意味を。


 陽はホモから目を逸らし、机に肘をつき、そっと窓から空を見上げた。


(アリアさんの不満が積もる前に、自分から切り出さないとだよな)


 あの日、アリアとの約束をして以来、陽は家族に憧れを抱いている。




 今日のお昼休憩は、恋羽がアリアを誘ったのもあり、四人で食堂のテーブルを囲っていた。

 一年生の時なら教室でホモと二人で食べていたのだが、今年は教室が騒がしいから、とホモが難癖をつけたので食堂で食べることになったのだ。


 結局のところ、アリアが輪に加わったのもあり、視線がところかまわず飛んでくるのは変わらないのだが。


「アリアたん、お弁当手作りなんだね! 美味しそー!」

「ふふ、そうです。よかったら、おかずを交換します?」

「しよしよ!」

「なあー、こはねー、俺にも恋羽手作りのお弁――」

「食堂のウインナーメニューでも食べてれば? 愛だねー」

「陽、お前も何か言ってくれよー」

「……今日もにぎやかだな」


 名前を呼んで驚いた様子を見せるホモを無視して、陽は持参した塩おにぎりの入った袋を取り出した。

 今日に関しては、アリアから恒例になっていたお弁当を渡されなかったのもあり、自分でお弁当という名のおにぎりだけを持参している。


 陽からすれば、アリアの手を煩わせずに済んでいるので、悲しいようで、良かったような、といった複雑な感情が入り混じっていた。


 アリアと恋羽がおかず交換をしようとしているのを横目で見つつ、おにぎりを食べようとした時だった。


「……え?」


 アリアから差し出された包み袋に、声をこぼさずにはいられなかった。

 この光景には、周囲でチラチラ見てきていた男子諸君からも軽くボヤ騒ぎが起こっている。


「陽くん、おかずの入ったお弁当ですよ」

「……アリアさん?」

「いつもお世話になっているので、遠慮しなくてもいいのですよ?」

「あ、ありがとう……助かるよ」

「おい、陽。顔、引きずってんぞ」


 完全に狙ってやったのが丸わかりだが、受け取らない選択肢はないだろう。

 お昼に関しては、アリアのお弁当を食べなれてしまったのもあり、自分で作ったおにぎりでは物足りないと目に見えていたのだから。


 包み袋を受け取れば、笑みを向けてくるアリアが、今だけはとても眩しかった。

 学校の時に見せる、お嬢様のようで、孤高の華であるアリアの風格は、未だに慣れないのだから。


 ふと気づけば、周りからは殺意や嫉妬にまみれた視線が飛んできていた。

 アリアに好意を寄せている人が多いとはよく聞いていたが、まさか食堂に来ている先輩や同級生のほとんどとは予想しないだろう。


 アリアはこちらが気まずい事に気づいてなのか、周囲を見ては、作り笑顔と言える微笑みを向け、小さく手を振って見せていた。

 わかりやすく目を逸らしたり、体の向きを変えたりする人がいたので、気持ちは正直なのだろう。


 陽が落ちついていれば、ホモと恋羽がニヤついた視線を向けてきていた。


「二人の距離がこうじゃないと、進めたい計画も進められないからー」

「俺と恋羽的には助かるんだけどなー」

「どういう意味だ?」

「そんなこと気にしてないで、早くみんなで食べようよ!」

「……逸らしたな」


 相変わらず自由の二人には、苦笑いするしかなかった。

 事前報告が無くとも、ホモと恋羽なら事後報告で判明するとは知っているので、変に安心感はあるだろう。

 どちらかと言えば、巻き込まれているとも知らず、報告無しなのが一番困るのだから。


 ホモと恋羽に関しては、本当に複雑な事情であれば、事前連絡は絶対にしてくれるのだ。

 築き上げた長い関係があるからこその、多くの言葉を交わさない信頼、というものだろう。


 ふと気づけば、アリアと恋羽は笑みを浮かべ、楽しそうに話をしながら箸を進めていた。


(自分が安心できるのは、良い事だよな……)


 周りからは様々な雑念が籠った視線を飛ばされているが、四人で居る時は気にならなくなってきている。

 アリアに恋羽、ホモと共にテーブルを囲み、笑みを灯せる関係をもてている自分は、太陽系の中で一番の幸せ者だろう。


 目の前に座る二人を見てばかりいないので、渡されたお弁当を食べようとした時、ホモがテーブルの下に隠れた手で小突いてきた。


「なあ、陽。一応聞くけどさ、本当にアリアさんとの距離がこのままでいいのか?」


 ホモの言葉は、明らかにこちらを心配していると見て取れる。

 ホモは人の些細な体調を読み取れたりするからこそ、彼が見ている世界では思うことがあるのだろう。


「……自分にも考えはあるかな」

「うじうじしてないで、正々堂々自信持てよな?」

「ホモ、それができたら苦労しないんだよ」


 苦笑しつつも、陽はお弁当箱の蓋を開けた。

 入っているおかずは、アリアの手作り料理で好きな卵焼きや鮭、そしてバランスの取れたサラダである。


 色々とおせっかいを焼き、陽の体調や栄養バランスにも気を使ってくれるアリアに、絶えず感謝の気持ちを忘れるはずがない。

 だからこそ、こちらのできる最大限のお返しを、アリアにしていきたいのだ。

 貸し借りなどではない……お互いに住みやすい環境を作ると決めた、当初の自分の目的に従って。


(……早いと思うけど、今日の夜には実行に移すか)


 心からの感謝をしている際に、ホモが横からおかずを盗もうとしてきたので、陽はホモにお灸をすえるのだった。

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