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幼女吸血鬼と取り戻せない程の恋をした  作者: 菜乃音
第二章 自分として、紳士として

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64 幼女吸血鬼の膝枕と耳掃除に堕落させられていく

 ホモから解放された後、陽は寄り道をせず自宅に帰ってきていた。


 着替えを終えてからソファに座れば、この日の出会いに疲れていたのか、体は堕落し切っているようだ。


 他人との接し方を、陽は考えないでいるつもりだった。

 新しく会話をした、アリアファンの集いの人や、引き続きクラスメイトになる人、関わりが無くとも見知った顔が多い筈なのに。


 じわじわと胸の奥から込み上げてくるものが、心配や苦しみなのか、嫌な記憶なのか、今の陽には理解できなかった。


(……クラスが一緒か)


 アリアと同じクラスになり、物理的にも距離は縮まっただろう。

 アリアがこちらを気にするような横顔や仕草は、ムスッとした表情も相まって、間接的に伝わってくるのだから。


 アリアを思えば薄らぐこの気持ちは、本当に嘘をつかない正直者だ。

 自分が偽善者であるのなら、気持ちは善人だろう。


 陽としてはアリア以外にも、今年の行事に見える心配や、今後の輪の繋がり方に心配を覚えている。


 気づけば生まれてくる心配ごとに、ふと首を振った。

 そして時計を見れば、針はまだお昼過ぎを示していた。


 ホモと過ごしていたから大分時間が過ぎたと思っていたが、体感に過ぎなかったらしい。

 ホモから体調の心配をされていたのもあり、陽は軽く仮眠を取ることにした。

 ソファに埋もれるように横になれば、確かな繊維の感触が肌を包み込んでくる。


 そう――思い出したくない記憶を、口に出したくない過去を、もう一度無に帰すために。


 瞼を閉じれば、ただ、暗いだけだ。

 意識が朦朧とし始めれば、ぼんやりとした光の中に、あの日の自分が、スーツに身を包んでメガネをかけた幼き日の陽の姿が映っていた。



「……うっ、あっ……あ、りあ、アリア、さん……」


 悪夢は本当にどうしようもないものだ。

 金縛りにあったように動かない体は、信頼できる大切な人の名を呼んでしまうのだから。


 陽は飛び起きたかったが、体が動かないのもあり、重い瞼をどうにかあげた。

 潤った視界には、見慣れた白いパフスリーブブラウスの腹部が映っている気がした。いや、映っているが正しいだろう。


「あら? 陽くん、目覚めたのね。危ないから動かない方が良いわよ?」

「……あ、アリアさん。え、どういう状況?」


 置かれている状況が理解できなかった。

 ここは確かに陽自身の家だろう。


 不思議なのが、今も横になっているのに関わらず、顔の下がもっちりとした柔らかさで包まれていることだ。

 そして目の前に映るは、アリアの腹部である。


 少し感覚を研ぎ澄ませば、耳にやんわりと細い確かな感触を感じた。

 動く手の陰に、上から見てきているアリアの視線は、更に謎を呼んできている。


「動かないから教えてほしいんだけど……本当に、どういう状況?」

「どういう状況って言われても、私が陽くんを膝枕して、耳かきをしているとしか言いようがないわよ?」

「いや、十二分に意味が伝わるからね?」


 おおよそを理解したが、自分が寝ている間にアリアは帰ってきたらしく、寝ている隙に膝枕をし、耳掃除をしてくれているようだ。


 謎に情報量が多い現状に、陽は頭の中にハテナが思い浮かびそうだった。


 アリアの柔らかな太ももを独占するだけでなく、耳掃除をされるというお節介まで焼かれているが、ただのご褒美でしかないだろう。


 そもそも、なんでアリアが陽の耳掃除をしているのか不思議でしょうがないのだが。


「……それにしても、アリアさんは変わらずおせっかい焼きだな」

「ふふ、初心な男の子は飛び上がると恋羽さんに聞いたのだけど、陽くんは違うのね」

「アリアさんの手が心地いいし、耳かきを入れられてるから危ないだろ?」

「あなたの顔を見るに、私の手よりも、私の太ももを気に入った堕落な顔をしているわよ?」

「……嫌じゃないけど、その、視線に困る……」

「私が言えた口じゃないけど、初心ね。私は陽くんだけになら困らないから、じっとしていてくれるのは助かるのよ」


 呆れてみせたのだが、アリアには効果がないようだ。

 アリアの太ももに寝心地の良さを覚えているのもあるが、何よりもアリアの手つきに安心感を陽は覚えていた。


 母親にされることがなかった耳掃除という、極楽の時間。

 アリアに「ありがとう」と感謝を述べれば、恥ずかしそうにも「これくらいは紳士であるあなたを労わっているだけに過ぎないわよ」とツンデレのようなお言葉を頂いた。


 アリアは本当に他者に優しさがあり、母性の塊だろう。

 陽限定なのかは不明でも、今のアリアからされている祝福の時間は、心地よいという言葉がお似合いである。


 耳掃除をされている際に聞いたが、アリアは帰って来てから夜ご飯の準備などを終わらせてから、ソファで眠っていた陽を労っていたらしい。


 その後、耳掃除が終わってからも陽は起き上がらずに、アリアの太ももの柔らかな感触を堪能していた。

 またアリアは、そんな陽を微笑ましそうに見ては頬を撫でたり、ツンツンしてきたりしている。


「アリアさん、自分に膝枕をして嫌じゃないの?」

「嫌だったら、陽くんが寝ている際に自分の太ももに乗せないわよ?」

「……男の頬を触るのは?」

「陽くんだけなら楽しいわよ。私、人間に触れる機会はなかったもの」


 左様ですか、と陽は楽しそうに声を弾ませているアリアに返した。

 アリアが嫌じゃないのであれば、陽はアリアの好きにしてもらうのが一番なのだ。

 お互いに気楽な空間は、当初望んでいた目標であり、今も尚目指すユートピアなのだから。


 陽自身、二年生に上がってから実行する計画があったのもあり、アリアの気持ちを知れるのはありがたい限りである。それは、アリアの気持ちを最優先かつ、落ちつく居場所でありたい、というエゴの計画だから。


 仮染めであっても、アリアの手を離さないように、家族として近づける距離を目指すために。


 ふと気づけば、アリアの小さな手は頬から映り、頭を撫でてきていた。

 頭を撫でる心地よい手つきは、落ちきるところまで堕落させられてしまいそうだ。


 横になっていた視線を真上に向ければ、深紅の瞳がじっと見てきている。


「陽くん、同じクラスでよかったわね」

「……まあ、距離は取るだろうけど……アリアさんやホモ、恋羽と一緒なのはよかったよ」

「……距離を取るのは許さないわよ」

「左様ですか」


 アリアとはできるだけ距離を取りたかったのだが、どうやら許してくれないようだ。

 アリア曰く、正月でバレているのと、成長する機会だと受け止めなさい、とのお達しである。


 陽自身、今のままでは駄目だと理解はしているので、アリアの言っていることはごもっともだ。


「それと、今日は具合悪そうだったわよね。……夜ご飯、胃にも優しいおじやを作ってあるわよ」

「手を煩わせてすまない。その、アリアさん、心配しなくても大丈夫だよ」

「……嘘をついても苦しいだけよ。いつでも相談には乗るから、遠慮なく言う事よ」

「別に、大丈夫だから」

「私はただ、陽くんにしてもらったことのお返しをしたいだけよ。つべこべ言わず、言葉だけでも受けとっておくことよ」


 とアリアは言って、おでこにデコピンを微笑みながらしてくるものだから、陽も思わず笑みを宿していた。


 デコピンをされたおでこに手を当ててみれば、温かい。

 確かに残った感触は、手を伝い、体に今を刻んでいるのだろう。


 紳士としても自分としても曖昧な自分自身だ。でも、譲れないものが、手放せないものが、すぐそこにある。


 そっと自分の前髪を避け、陽はその瞳に、彼女の姿を、アリアの姿を輝くように映した。

 他の誰でもない、自分の見ているアリアは、誰よりも輝いているのだと伝えるように。

 紳士としての、アリアの近くで居る自分として未来に進むには、アリアの手が必要なのだ。


 気づけば、アリアは恥ずかしくなったのか、陽の頬に指を伸ばし、誤魔化すようにグイグイ押して小さな抵抗をしている。


「うん。その指も、アリアさんの照れている表情も、確かに受け取ったよ」

「全部言わなくていいのよ、馬鹿。……どっちにしろ、陽くんは嫌でも、恋羽さんやホモさんの計画で私と近づくでしょうけど」


 馬鹿、と言われた後の言葉が、消えゆく声で呟かれたのもあり、陽は聞き取れなかった。

 陽が「今何て?」と聞けば、アリアは静かに首を振り、楽しそうに頬を突っついてきている。


「その、アリアさん、いつまで自分の頬に触れているおつもりで?」

「あら? それを言ったら、あなたはいつまで私の太ももを使っているおつもりで?」

「……アリアさんが子どもをあやすように、逆の手でお腹をさすったりしてくるから……」

「嫌だったかしら?」

「……嫌じゃないです」

「素直でいい子ね」


 多分、アリアは陽を子どもか何かと勘違いしているのだろう。

 新学年が始まっても、加速するアリアとのやり取りは相も変わらずのままだ。

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