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幼女吸血鬼と取り戻せない程の恋をした  作者: 菜乃音
第二章 自分として、紳士として

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63 幼女吸血鬼と新学年

 春休みが明ければ、新たな始まりを向かえていた。

 陽は今、クラスメイトの全員を把握したうえで、自身のクラスの席に着くところだった。


 席に着けば視界に映るのは、後ろでペンライトを振っていたホモが近づいてくる姿だ。


「ホモ、おはよう。今日はいつにもまして早いな」

「よぉ、期待の新人の陽君やぁ」


 にやけ面でホモが言ってくるのもあって、なぜだか気持ち悪さが爆増しているようだ。


「……恋羽は?」

「無視かよ!」


 すまない、と言ってムスッとしているホモに平謝りをしておいた。

 新学年になったとはいえ、変わらないメンツであるホモに、クラスメイトに見覚えがある人物が集合しているのだから、微笑ましい理由は無いだろう。


 恋羽はとわざとらしく聞いたが、話題の本人はクラスメイト一人一人に挨拶をして回っているのだから、律儀を越して尊敬である。


 憶測ではあるが、ホモと恋羽は譲渡されたポイントを使い、クラス替えを操作したのだろう。

 陽としては、話し相手が居るのは落ちつくのもあるが、その反面心配事も増えている。


「自分は、ホモと一緒で助かるよ」

「いやー、俺はなんのことかさっぱりだなー? 俺は食堂にウインナーメニューを追加してもらっただけだしな!」

「そうか。てっきりホモが操作したのかと思ったばかりに……」

「いや、なんか、すまない。俺が、って言うよりも、こっちの首謀者は恋羽だぜ?」


 純情な心をもてあそんでいるわけじゃないぜ、と言いたげな視線で見てくるホモに、陽はそっと目を逸らした。


 ふと目を逸らした先には、一つだけ増えた不安が見えた。

 ホモは視線を追ったのか、微笑ましいようで、ニヤついた視線でこちらを見てきている。


「まあまあ、よかったじゃないか? お前が更に、安心出来る奥さんと一緒になれてよ」

「……ホモ、お前の足に紐を括りつけて窓から吊るしてもいいか?」

「おいおい、それはよしてくれよ? 俺は日干しで熟成できる程の美味しいウインナーじゃないんだぜ?」


 そもそもホモはウインナーですらないのだが、突っ込むだけ無駄だろう。


 今話題に出ていた奥さん――いや、現在クラスメイトの注目の的になっている彼女、アリア・コーラルブラッドを、ホモはニヤついた笑みを浮かべて指をさしていた。


 視線の先にいるのは、夢のような約束を交わしたアリアだ。そして、次いで感覚で恋羽がアリアにくっつき「アリアたん」と呼んでいるものだから、周りからは一躍浮いて話題となっている。


 普通に考えれば、今までは学校に咲く一凛の孤高の華だったのだから、軽々しくアリアが恋羽に呼ばれていれば、注目が集まるのも無理はないだろう。

 恋羽が笑みで挨拶周りをしてアリアを連れ回しているのだから、傍から見れば近寄りがたい壁があったアリアだが、少しは楽になるのではないだろうか。


「ホモだって、彼女と一緒になれてよかったじゃないか? より一層、寂しさでペンライトを振ることがなくなるな」

「あはは、それはお互い様じゃないか? 距離が近づいたお相手さんと、更に距離を深めるチャンスだぜ?」

「……パスかな」


 まさかの四人が集合するのは驚きだが、アリアと学校では距離を取るだろう。

 陽自身、無駄に目立ちたくないのもあるが、アリアとは日傘を差して登下校する関係、くらいで収めておきたいのだ。以前にあった、正月云々は差し置いてだが。


 アリアの手を離さないようにするが、それはあくまで生きている時間の話だ。

 陽は、紳士として、自分として目立ってしまうのは避けたいのだから。

 アリアのおかげで楽になっているとはいえ、陰の気質は変わらないのだろう。


 ぼんやりとアリアを眺めていれば、アリアと一瞬目が合い、陽は笑みを向けられた気がした。


 アリアの笑みは、周りでも見ていたらしいアリアファンの集いや、アリアに恋心を寄せているのであろう男子諸君の心を掌握してしまったようだ。

 彼らからは「今俺に微笑んだ!」や「いや、俺だな」や「アリアさんコール!」と騒がしいクラスメイトを焚きつけている。


 周りはそう言っているが、陽は何故か、その笑みは自分に向けられたものだと、不確かながらも確かな信頼があった。


 同じく見ていたホモは恋羽にメロメロらしいが、ニヤついたように肘でぐいぐいと腹部を押してきていた。


「ほんと、新学年早々、朝から一緒に登校してるとか、陽は変わったな」

「……春休みに、あの後もホモと恋羽は泊まりにきたんだから、多くの言葉はいらないだろ?」


 その時、ホモは陽の適当な前髪を手で避け、素顔を見てきた。


「だな! 証拠に、お前の線は以前にも増して輝いているからな!」


 どういう意味だ、と突っ込みを入れておきたかったが、他のクラスメイトが近づいてきていたのもあり、その話を広げないでおいた。


 最終的に始まりの鐘が鳴るまでは、アリアファンの集いから勧誘を受けたり、一年生の時も同じクラスだった人たちに挨拶をされたりするのだった。



 新学年の初日だったのもあり、プリントや今年の行事計画表、自己紹介や始まる行事の説明を受け、早々に解散となった。

 各々が解散した後、恋羽はアリアを引き連れ、机が隣同士のホモと陽の方に歩みよってきている。


「ねえねえ、陽! アリアたん借りるね!」

「……事後報告お疲れ様。アリアさんが嫌じゃなきゃいいし、自分に聞かないで、アリアさんの意思を尊重してくれよ」

「ふふ、私は大丈夫ですからね」

「そうそう。未来のお婿さんの確認は怠らない、それができる恋の暗躍者だよ?」

「いや、もはやそれ暗躍でも何でもないからな? 真っ昼間から堂々と動いている盗人だろ……」

「あはは、悪いなうちの彼女が」


 事後報告しかしてこない二人には、相変わらず苦笑いをするしかなかった。

 陽は一応の事も考え、アリアが気づく程度の手招きをし、アリアにだけ聞こえるように手で口元を隠しておく。


「アリアさん、もし迎えが必要だったら連絡を入れてほしいかな」

「陽くん、心配しなくても大丈夫よ」


 待っていた恋羽から「早く行こー」と駄々をこねたような声が聞こえてきたので、アリアと別れの挨拶を交わした。

 二人が教室から去った後、陽は背筋が冷えた。


 ふと隣を見れば、背筋が冷えるような視線を飛ばしているホモがいた。

 呆れたようで不思議そうな表情をしているホモは、苦虫を噛み潰したようで、何とも言えない曖昧な感情を宿しているようだ。


「なあ、陽」

「ホモ、自分は今日だけで疲れてるから先に――」


 椅子から立ち上れば、ホモのずっしりとした重い手が肩にのしかかってきた。


「おいおい、逃げんなよー。いつから名前呼びになったのか、カフェで聞かせてもらおうか?」

「……あれ? 泊まりに来た時もそうじゃなかったか?」

「新学年は始まったばっかりだぜ? 春休みの話を聞くためにも表出ようや?」


 どうやら、家に帰るのはまだまだ先になりそうだ。

 圧をかけてくるホモに、陽は苦笑いを浮かべるのだった。

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