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幼女吸血鬼と取り戻せない程の恋をした  作者: 菜乃音
第一章 幼女吸血鬼の紳士として

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62 幼女吸血鬼だけの太陽――その名は陽《はる》

 翌日のアリアに変わった様子はなかった。

 吹っ切れたのか、自信を持ったのか、いつもの自然な振る舞いが多かったのだ。


 唯一変わった事と言えば、更に遠慮が無くなり、陽を紳士として成長させようとしてきた事だろう。

 確かにアリアと約束を交わしたが、紳士への抵抗が若干ある陽からすれば、疲れが溜まるというものだ。

 それでも笑みを絶やさずに居られるのは、アリアのおかげと言える。


 念のため、アリアにはリビングにある鏡を裏返しておくかと聞いてある。

 返ってきたのは予想外の返答で、アリア自身への戒めとして、陽が手を握ってくれるから、というのを理由にそのままだ。


 アリアが自ら過去を乗り越えようとしているのだから、こちらがむやみやたらに手を出す必要は無いだろう。


 そして現在、夜の月明かりが差し込んでいる時間にアリアとお散歩することになり、陽はアリアを待っていた。


 一応の事も考え、アリアが満足する程の準備時間を取っているので、気遣いに問題はない筈だ。


 アリアが女の子で服選びや準備に時間がかかることを、陽は重々理解している。


 そして陽自身もアリアの隣に立っても見合うように、前髪をアリア好みのなびいたスタイリッシュな感じにしてある。


「白井さん、お待たせしたわね」

「うーん? いや、自分も今準備が終わったところだよ」

「……本当に、優しいのね」


 嫌だった、という視線を向ければ、別に、と言いたげな柔らかな笑みをアリアに向けられた。


 下りてきたアリアは、一段と可憐な雰囲気を纏わせている。

 主体はいつものように、白色のパフスリーブブラウスと、白色のフレアスカートとなっている。

 今回は一味違っており、白色のパフスリーブブラウスを際立てるように首につけられた、赤いリボンに白いフリルのチョーカー。白色のフレアスカートは、ひざ下まで隠しているが、足元付近だけについたフリルが小さなお洒落を表現している。


 そして右手首に見える、白いフリルが上下で、中央に巻かれた蝶々結びの赤いリボンのリストバンドが、一つのまとまりを産みだして輝く星を体現しているようだ。


「そうだ。今日も可愛いよ」

「……白井さんだけに見せているからよ」

「嬉しいよ。アリアさん、今宵は吸血鬼の姿でも大丈夫だからね」

「ふふ、そうさせてもらうわ」


 アリアは遠慮なく、黒いストレートヘアーから、銀の髪色へと変えてみせた。

 セミロングの銀髪に、右サイドにポニーテールのようにふわりとまとめられた、見慣れた髪へと移り変わっている。

 多分だが、アリアはこちらの事を読んで、あえて髪は弄っていなかったのではないだろうか。


 考えが読まれているかはどうあれ、むず痒さが湧き出るのは事実である。

 息を吐き出すのもあれなので、小さく微笑んでおく。


 陽はアリアを守り切るという決心を固めつつ、アリアに手を差し伸べた。


「アリアお嬢様、よろしければお手をどうぞ」

「よろしくお願いするわ。……私だけの紳士様」


 ふわりと置かれた小さな手を包み込めば、アリアが笑みを向けてくるものだから、陽はそっと頬を赤くした。

 恥ずかしさを隠すように頬を掻けば、アリアはクスリと自然的に笑っていた。




 月明かりの下、輝く夜道を歩いていた。小さな手を握り、絶対に離さないようにして、歩を合わせてゆっくりと。


 特にどこか行きたいとかは無かったので、ぶらりと桜並木の道を歩いている。

 桜は月明かりに照らされながらも、蕾を閉じずにピンクの花びらを咲かせていた。温かな気候を乗せた緩やかな風は、桜の花びらを可憐に道へと舞わせている。


 周りには人が居ないのもあり、静寂は鳴らす足音も相まって、アリアと二人きりである事を伝えてきているようだ。

 風は草木を揺らして微笑み。花びら散らす桜は、過去から一歩を歩んでいる今を祝福しているのではないだろうか。


(アリアさんの隣、何かと心地いいんだよな……この手が届かない摩天楼だけど)


 今までなら、何かとアリアの隣を歩く事態に引っかかるような気持ちがあったのだ。しかし、今の陽には無かった。


 アリアが過去を乗り越えた際にした約束は、一歩を踏み出させてくれたのだ。

 アリアの隣でも正々堂々としていられるように、アリアにとって恥じない紳士でいられるように。

 紳士として成長させてくれたアリアには、迷っていた陽からすれば感謝が募るばかりだ。


 アリアが成長したはずなのに、まるで自分が成長したのではないか、と勘違いする程のおせっかいをアリアに焼かれたからだろう。


「二人でのお散歩デート、楽しいわね」

「……デート?」

「恋愛に関して疎いのはお互い様ではあるけど、あなたは本当にどこか抜けているわよね?」


 こちらを見てアリアが笑みを浮かべるものだから、陽も思わず笑みを返していた。

 気心が知れた仲、と言えるのかは不明だが、出会った時よりも気持ちが楽になっているのは間違いないだろう。


 その時、アリアは歩く足を止めた。

 ふと様子を見れば、アリアの小さな手は空に浮かぶ星々に伸ばすかのように、斜め前の方へと伸ばされている。


 幼くも可憐な姿に、息を呑む音は耳を打つ。

 小さな手のひらは星を待つように上を向き、深紅の瞳は満遍なく浮かぶ夜空の星を映し出している。


「……あの星々たちのように、人というものは、変わる価値観と共にいつしか消えてしまう。だから、吸血鬼は人を愛せないのよ」


 まるで語るような落ちついた声は、自分自身に言い聞かせているのだろう。


 アリアの事を全て知れたかと言われれば、恐らく否だ。アリアが追放された際の条件を、未だに聞けずじまいなのだから。

 それでも今の言葉で理解できたのは、アリアは人を愛せない。寿命という名の呪いに蝕まれているのだろう。


 アリアが一緒に居てくれるのは本音からかは理解できないが、その呪いを無視してでも一緒に居てくれるのだ。


 風が肌をそっと撫でた時、小さな手のひらに、花びらが一つ舞い降りた。

 陽はそっと、アリアの手に自分の手を重ね、形ある愛の彷徨いを包み込む。


「今は自分が傍にいる」

「……白井さん」


 深紅の瞳は、見上げながらも陽の姿を反射していた。


「それで足りなければ、ホモや恋羽も呼んで、アリアさんの本棚(きおく)にしまう? お父様だって、アリアさんの事を気に入っているから、いざとなればすぐこっちに来てくれるよ?」

「だ、大丈夫よ! そういう意味じゃないの……」


 アリアは気持ちが焦ったはずなのに、自然な笑みを浮かべていた。

 舞い散る桜や、浮かぶ星々や月よりも美しい、絶世の美少女と言えるほどの笑みを。


 アリアは重ねた手を静かに下ろし、繋いでいた手を包み込んできた。


「白井さんは、この手を離さないでいてくれるのでしょう?」

「……この通り、いつまでも握り続けるよ。小さな宝石が、自分に意味をくれているから」


 人間の寿命は、吸血鬼の生きる時間に比べれば、儚く尊いものだろう。

 それでも人は今を生きているから、今を生きようと共に手を取り合えるから、変わらぬ感情(あい)がそこにある。


 決意表明をするようにぎゅっとした小さな手は、温かかった。


 暗い夜だというのに、彼女の白い頬がほんのり赤くなっていると完全に理解出来る。

 舞い散る桜よりも美しい、月明かりに照らされた彼女の表情が鮮明に輝いて視界に映りこむから。


 包まれた手の力が緩んだ時、銀色の髪は星々の光を反射して宙になびいた。


「おっと。……ほんと、おせっかい焼きなのに、甘えん坊だな」


 真正面から抱きしめてきたアリアを、陽は包み込むように優しく抱きしめた。


「う、うるさいわよ。あなたの体温が心地いいだけよ」

「こんな自分でよければ、アリアお嬢様の意のままに」

「次に自己否定的だったら、私だけの紳士として、あなたを怒るわよ」

「……おせっかい焼きは健在だな」


 小さい体に収まりきらない程の熱を感じさせてくるアリアの体温に、心地よさを感じているのだろうか。


 気づけば、アリアはお嬢様のような凛とした目をしつつ、無邪気で柔らかな笑みを浮かべてこちらを見上げてきていた。


「白井さん……私、生きる理由を見つけられて、好きになった気がするわ」

「……そっか、よかったよ」


 なんで他人事なのよ、と言いたげな目で見てくるアリアから視線を逸らすように、陽はそっと空を見た。


 彼女が言った『好きになった気がする』というのは恐らく、人や吸血鬼を、ということだろう。

 どっちつかずで、一人で悩んでいた彼女だからこそ、言葉にしっかりとした重みを感じさせてくるのだ。


 言葉の重みをしんみりと感じていれば、アリアが胸の中で服をそっと引っ張ってきていた。


「アリアさん、どうしたの? もしかして、寒かった?」

「そ、そうじゃないわよ……。えっと、その……」

「アリアお嬢様、ご要望なら遠慮なく何なりとお申し付けくださいませ」

「ふふ、それじゃあ、白井さんを名前で呼んでもいいかしら?」


 唐突の告白に、陽は一瞬息を呑み込んだが、すぐに笑顔を浮かべた。

 アリアの瞳を見て頷けば、アリアは分かりやすいほど表情に花咲かせている。


「……陽くん」

「アリアさん、それは反則だよ」


 名前呼びは良いとしても、まさかの『くん』付けに、顔が沸騰するように陽は熱かった。

 ふと思えば、外であるのに抱きしめていたり、くん付けで呼ばれたり、アリアには驚かされるばかりだ。


 それがアリアの良いところであり、怖いところでもあるのだが。


 アリアは陽が照れているのが嬉しいのか、口角を上げて深紅の瞳を輝かせている。


「今までよりも、陽くんとの距離が近くなった気がするわ」


 自分も同じだよ、という言葉は心の奥底に飲み込み、ただアリアをぎゅっと抱きしめた。

 二人で見上げる夜空という名の、月明かり照らす星空は一段と輝いていた。

読者の皆様、貴重なお時間を使ってお読みいただいています事、誠にありがとうございます。


今話で、一つの区切りとなる第一章は終了となります。※ここで終わるわけではありません

陽とアリアの近づいた距離は、読者様の予想を超えて? 第二章で更に近づく予定です。

今後も毎日更新は続きますので、陽とアリアの恋の行方が気になるよ、どこか抜けている二人の背中を押したいよ、という方は第二章も読んでいただけますと嬉しい限りです。


長くなりましたが最後に。読んでくださる事だけでも、作者としてはこの上ない幸せなので、この場を借りてもう一度感謝を申し上げます。本当に、貴重な時間を使ってお読みいただきありがとうございます

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