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幼女吸血鬼と取り戻せない程の恋をした  作者: 菜乃音
第一章 幼女吸血鬼の紳士として

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58 見守る事しか出来ない自分のまま

 数日後、ホモと恋羽による唐突なお泊り会は終わりを告げ、二人だけの日常が戻ってきていた。

 ホモと恋羽曰く、春休み中にまたお泊り会をしたいとの事なので、二人と次に会う時は成長した時だろう。


 現在、陽はアリアと一緒にソファに腰をかけていた。


 久しぶりに訪れた静寂の空間に漂う香りは、芳醇なブドウの匂いがする紅茶。

 紅茶はいつも、騒がしい日常への終着を教えたり、日常の始まりを教えたりするのだから、引っ張りだこで疲れてしまうのではないだろうか。


「アリアさん、疲れてない?」

「あら、肩でも揉んでくれるのかしら?」


 からかった様子のアリアは、こちらの言葉の意味を理解しておきながら、あえて茶化しを入れてきているのだろう。

 陽が女の子に故意的に触れる事や、むやみやたらに触れる事を苦手と見抜いて言っているのなら、アリアは極上品の策士と言える。


「……本気で言ってる?」


 アリアにムスッとした視線を向ければ、アリアは笑みを宿しながら、小さくティーカップの音を響かせた。


「ふふ、八割本気ね」

「心臓に悪い冗談はやめてもらえるとありがたいんだけど」

「いずれは私だけの紳士になるのだから、肩もみ程度で音をあげられても困るわよ?」

「え、あ、あの……アリアさん、それは、本音?」


 私だけ、という発言は聞き捨てならないだろう。

 確かに陽は、アリアにだけの紳士券を、本人であるアリアに渡したような仲だ。

 気づけば、アリアは自分の言ったことに後悔したのか、じわじわと頬を赤くしていた。


 頬を隠し、見ないでもらえるかしら、と言いたげなアリアに、陽は思わず頬が緩んでしまう。


 アリアが小さく咳払いをして誤魔化そうとしているので、アリアらしいという笑みを向けて受け止めておいた。


「し、質問の答えがまだだったわね」


 アリアは深紅の瞳でこちらを見てから、そっと上を見上げてみせた。そして、夢幻と思えるような笑みを浮かべている。


「……疲れていないかがあの子達を指すなら、にぎやかで、楽しかったわよ」

「そっか。アリアさんが楽しめたのなら、自分としても嬉しいよ」


 思わず胸を撫でてしまう程、アリアが疲れ切っていないか心配していたのだ。

 人というものは、他人に波長を合わせようとするが、その反面自分を犠牲にしてしまうことがあるのだから。


 陽自身、アリアに至ってないとは信じていても、小さな気遣いを忘れないようにしている。


 自分は無理をしていないと暗示をかけていても、他者の言葉によってしか芽を見せられなくなっている疲労だってあるのだから。


 泣いて救われる、笑って救われる、他人を助ける偽善者で救われる……それらがすべて自分の為であっても、一歩を進む理由になるのなら、他者の言葉に耳を傾ける必要は無いだろう。


 胸を撫でた陽を見てか、アリアは口元を隠して笑みをこぼしていた。

 二人が居る時はあまり聞かなかった、柔らかにこぼれる声に、陽は心から安堵する。


「疲れよりも、恋羽さんの寝間着には驚かされてばかりだったわよ」

「まあ、それは自分もだけど……」


 苦笑いするアリアに共感するしかなかった。

 恋羽の寝間着はせいぜい二着程度だと予想していたのだが、お泊り連日の全てが違うネグリジェかつ透け感があるものだったので、目のやり場に何度困ったことだろうか。


 結局のところ、アリアに目をやって落ちついたのは内緒だが。


「……そう言えば、恋羽で思い出したけど、恋羽から写真……アリアさん単体が連日送られてきたのは驚きだったけど?」

「な……変な写真じゃないでしょうね!?」

「え、ああ――」


 陽は思い出すように、テーブルに置いておいたスマホを手に取り、ロック付きの写真フォルダを閲覧した。

 恋羽から送られてきたものの、アリアの迷惑にならないようにという体で保管しているのもあるが、本音はただ自分だけが独占したいエゴである。


「ぬいぐるみを抱きしめてたり、寝ぼけていたり? する写真が殆どかな。……あ、別に言いふらそうとかないからね」

「そ、そこは心配してないわよ。ただ……」

「ただ?」

「ホームの写真は私との初詣のままにしといてくれると嬉しいだけよ」

「……自分は、アリアさんと同じタイミングでしか変える気はないよ」


 てっきり、アリアから消してほしいと言われると思っていたので、気後れしそうになった。


 安心したような表情をしているアリアに、写真を保存していることを疑問に思ってくれ、と陽は心の中で静かに突っ込んでおいた。


 近しいとはいえ、他者である自分が保存しているのだから、アリアの抜けた一面には危機感を覚えてしまう。

 もしもアリアに危機が訪れそうなら、自分が守ればいいだけの話ではある。


(あれ?)


 ふと見たアリアの横顔に、陽は疑問を覚えた。

 アリアに変わりはない。だが、彼女の特徴とも言える深紅の瞳が普段よりも輝いて見えたのだ。


「あら? 白井さん、私の顔に何かついているかしら?」

「いや、そうじゃないんだけど。アリアさんの瞳、普段よりも輝いている、というよりかは透きとおっているように見えて」


 アリアは驚いた表情を見せたかと思いきや、首を振り、軽くうつむいてしまった。

 今の彼女の顔に見える陰りを、陽は見たことがない。


 それでも直感が教えてくるのは、現実が関与していない、ということだ。


 アリアの今までの行動を分析、予測しても、人間関係で見える陰りは薄い方である。だが今回は、家族の事や吸血鬼である事を話された時に見せた、曇った表情と同じだ。


「白井さん……明日の夜は、一人で食事とかをしてもらってもいいかしら」


 震えたか細い声に、陽はうなずくしかなかった。

 今のアリアには不安がつもるばかりだ。


 夜が前提である事、アリアの瞳が普段よりも赤く輝いている事、全てを考慮しても嫌な予感しかないだろう。


 気づけば、何もできない非力な自分を恨むように、拳を強く握りしめていた。

 陽はただ、彼女が苦しんでいるような姿を見たくなかった。


「……無理をしないで、頼ってくれよ」


 かける言葉は、振り絞った言霊に過ぎない。


 アリアはうなずくも、右手首を左手でぎゅっと包み込み、暗い表情を見せていた。


(こんな近くにいる自分にできることは、本当になんなんだ)


 この日、陽はただ、アリアを静かに見守るしかなかった。

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