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幼女吸血鬼と取り戻せない程の恋をした  作者: 菜乃音
第一章 幼女吸血鬼の紳士として

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56 幼女吸血鬼に感じる幼さに愛らしさを

(……もう、朝か)


 一筋の光は、瞼の扉をノックするように、夜明けを伝えてくる。

 重い瞼をあげようとしても、離れない温かな体温に、体は堕落させられてしまうようだ。


 幕をゆっくりと上げていけば、見える光景に陽は微笑まずにはいられなかった。


(アリアさん、無防備の時は本当に幼い感じがあって、普通に可愛いんだよな)


 ぼやけた視界が覚醒していくと、自分の胸の中に包まれるように、それでいてぎゅっと抱きしめながら眠っている少女――アリアの姿が映った。


 普段はあんなにもおせっかい焼きで、クールなほどに凛としている彼女だが、眠っている時は何処までも無防備のようで、幼くも愛らしく思えてしまうのだ。


 しかし、そんなアリアを見て頬が緩んでしまう自分は、最低にも程があるだろう。

 アリアが誰よりも頑張っているのを、誰よりも近くで、傍で見てきているはずだ。

 人目がある場所だと、彼女は確かに超がつくほどの、孤高の華とすら言える優等生である。


 どれだけ優等生であっても、寝ている時くらいは無防備になるだろう。


 彼女の知らない一面を見てきた陽は、小さなもやもやという葛藤に押しつぶされそうだった。


 その時、隙間から見えていたアリアの目の下に、煌めく粒が見えた。

 星のようにいずれは消えてしまいそうで、今にでも葉から落ちてしまうのではないかと思えてしまう程の、切ない雫が。


 陽は、アリアを抱き寄せるようにしていた手が動くのを確認し、静かに彼女の目じりを拭った。

 雫は、確かに温かく、重々理解出来るほど湿っている。


「……アリアさん、寂しかったのかな」


 口からこぼれた言葉は、昨日の夜を振り返っているようだ。


 アリアから話された妹の事を考えれば、涙が溜まるのも仕方ないのではないだろうか。

 聞いていた感じだと、アリアはここ何年か妹と会っていないような話し方だったのだから。


 家族に会えない寂しさは、陽も理解していた。


 気づけば、小さな雫を拭った手を、アリアの頭に置いて静かに撫でていた。

 アリアが反応するように、くすぐったそうにするものだから、陽はついつい頬が緩んでしまう。


 彼女はお嬢様ではあるけど、寝ている時は幼女体型も相まって、本当に可愛らしい幼い子そのものなのだから。

 見て見ぬ振りをしていた彼女の寝顔に見える、口元から垂れた朝露と錯覚しそうなよだれも、無邪気さを証明しているだろう。


 陽はアリアを見つつも、起こさないように抱きしめられた力が緩むのに合わせ、堪能し切った温もりから手を動かして抜けようとした時だった。


(あ……動かすべきじゃなかった)


 後悔とは、唐突にやってくるものだろう。

 手を動かした瞬間、確かな柔らかさが肌から感触を伝えてきたのだ。


 小さく甘い声を鳴らし、体を静かに震わせたアリアの振動を受けて、思わず思考が止まるようだった。


 頭が真っ白になるとは、まさに今の状況を指すのではないだろうか。


 ヤバいと思って思考を巡らせようとすれば「ううん」と喉を鳴らし、深紅の瞳を隠していたカーテンが幕を開け始めた。


「……ふふっ、ラッキースケベな紳士さん」

「……もしかして、起きてた?」


 小さくうなずくアリアは、寝たふりをしていたのだろう。

 故意的では無いにしろ触れてしまった事実に、頬を赤らめているアリアの顔を見て、陽は居たたまれなくなりそうだ。


 アリアが寝ぼけているのか不明だが、離したくないと言わんばかりに抱き寄せてくるので、更なる感触が陽を襲っているのだが。


(やっと、解放された……)


 結局のところ、数分ほどアリアに抱きしめられ、陽は解放された。

 アリアは抱きしめていたことを改めて理解したのか、頬を赤らめ、ベッドの上に座ったまま、こちらに目を合わせようとしない。

 目を合わせようとしないが、背中合わせで座っているのもあり、確かな存在を認識させてくる。


「と、とりあえず着替えないとだよね」


 服に手をかけた時、アリアは慌てたように手を止めてきた。


「ちょっ……この、馬鹿! 私が居なくなってから脱ぎなさいよ!」


 何かと近く、というよりも一緒に寝ていたのもあって意識から抜けかけていたが、アリアは吸血鬼であっても、女の子に変わりは無いのだ。


 あの日に看病された際は、アリアが速やかに一階に下りて気が付かなかったが、男性というものを意識してしまうのだろう。


 証拠に陽が服を脱ごうとする手を止めているが、気まずそうに上目遣いで見てくる瞳と、先ほどよりも赤い頬がアリアの気持ちを物語っているようだ。


 今にでも滴りそうな程の瞳を見て、陽は静かに手を止めた。


「アリアさん、すまない。配慮が足りてなかったよ」

「し、白井さん、私は別に……謝罪を求めているわけじゃ……」

「うん。わかってるよ。ただ、これは自分が謝りたいから謝ってるだけにすぎないよ」

「……本当に、気遣いが上手で、他人に優しいのに、どこか抜けている紳士の価値観は抜けていないのね」


 貶されているのか褒められているのか不明だが、恐らく後者だろう。

 アリアは笑みを浮かべ、微笑ましそうにこちらを見てくるのだから。


 ゆっくりと、丁寧に、陽はアリアが止めてきていた手を静かに包み込んだ。


「アリアお嬢様、私を見ていただけておりますこと、とても光栄です」

「ふふ、そう。なら、もっと精進する事ね」

「ありがたきお言葉です」

「とりあえず……各々着替えましょうか」

「うん。アリアさん、また後で」


 アリアの手を離せば、アリアは静かにベッドから立ち上がった。

 アリアは部屋から去ろうとした直前、静かに振り返った。


「……白井さん」

「アリアさん、どうかした?」

「一緒に眠ってくれて、その……ありがとう」


 アリアはそう言うと、恥ずかしそうに部屋を後にした。

 取り残された陽は唖然としてしまい、手が、体が動かずにいる。


「感謝するのは自分の方だよ、まったく」


 少し混乱はしたものの、陽は揚々とした気分で着替えるのだった。

 心に残った温もりを離さないように。

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