54 鳴りやまぬ夜の歯車は重なり合う
陽は自室に戻ってから、ベッドに腰をかけ、床に敷いた布団の上に座っているホモを見ては、考えごとをしていた。
考え事といっても、変わりつつあるアリアへの想いの整理に、今後の距離感を模索しているだけに過ぎない。
アリアを恋愛対象というより、陽自身が恋愛を知ろうとしていないので、付き合い方を改めて考えているのだが。
アリアはこちらの生活に深く干渉してきているが、自分はアリアの生活に一定を除いて干渉しすぎない、と距離を置いてきていたのだから。
ただ一緒に過ごしている……紳士と吸血鬼という、不可思議な関係。
そっとため息をついた時、スマホから目を離していたホモと、陽は目が合った。
「なあ、陽?」
「どうした? 眠いなら寝た方が良いぞ」
「いや、そうじゃなくて。……陽は、アリアさんとの関係は、どうなんだ?」
「……今まであって来た人の中で、数名を除いて、凄く接しやすいし、気楽だよ」
「そうか。あまり聞く気は無いけどさ……陽が気楽なら、俺は嬉しいよ」
自分を心配してくれるホモは、普段はふざけているが、実際は友達思いで、体調とかの些細な気遣いができる優しい人間だ。
ホモはホモで辛い思いを過去に体験しているはずだが、こうして立ち直り、前を向いて歩いている。だからこそ、心からホモに感謝もするし、尊敬もするのだ。
紳士として、自分としても、ホモの行動概念は取り入れられるものがあるのだから。
笑顔を浮かべるホモに、陽は思わず口角をあげていた。
「前にも聞いた気がするけどさ、陽が紳士として育った本当の経緯を、アリアさんには話すのか? それとも、とっくに話したのか?」
陽は首を横に振るしかなかった。
過去を話すというのは、陽だって何度も考えている、アリアとの間にある渦そのものだ。
陽自身、過去は自分の旅路に過ぎず、今が自分を形作るものだと思っている。だからこそ、過去を話す必要性を感じていない節もある。
「そうか。まあ、お前が何を考えているか知らないけど――アリアさんの気持ちに気づいてるのに、見て見ぬ振りをしたり、遠回りしたりするのは程々にしとけよ」
ホモは改まったように、真剣な眼差しを向けてきた。
「プライドだとか、相手の生い立ちとか、くだらない理由で人を傷つけるのは、生きる恥だと思えよ」
「……自分が一番、理解しているよ」
「はは、そりゃそうか」
ホモは笑っているが、目が本気なので、茶化しではないと明確に判断できる。
迷った声は、明日に届かない。
震えた足は、前に進めない。
いくら手を伸ばしたところで、自分が歩まなければ、その人の場所に行けないように。
ホモが陽に何を求めているかは不明だ。恋愛を押しているのか、自分を前に進ませようとしているのか、全てを知っているのはホモ本人だけだろう。
ホモの言葉を重く受け止めているわけでも、軽く受け止めているわけでも無いが、アリアとの日々を繋ぐためにも、心に留める必要はある。
その時、ホモを見た陽は悪寒が走った。
温かな雰囲気を壊すようなニヤリとした表情に、まるで誘っているのかのようなスマホ越しのホモから、嫌な予感がしたのだから。
「なあ、陽」
「嫌だ。ホモ、今すぐにその口を閉じろ」
「二人の居る部屋に侵入して、寝込みを襲わないか?」
陽自身、アリアが吸血鬼だと思い知らされているので、襲えないことは把握済みだ。
それでも、ホモの好き勝手にさせてはアリアが安心できないだろう。
「ホモ、安心しろ、骨だけは拾って墓を建ててやるから」
「な、酷い奴だな!」
「どこがだ! 人を犯罪に巻き込もうとして、ましてや寝込みを襲うなんて、言語道断にも程があるだろ!」
「陽、いいか? 彼女の寝顔を見たり、寝る前にイチャイチャしたりしたいのは、純粋無垢なる漢の夢だろ?」
「……そもそも、本当に純粋だったらおとなしく寝てるだろ?」
呆れた理論をぶつけられたので、単なる疑問を投げたのだが、ホモには効果が的中だったらしい。
ホモは、ぐぬぬ、と言いたそうな表情をし、こちらを見てきている。
その時、急に立ち上がったホモを見て、陽は慌てて腕を伸ばしてホモを止めた。
「ホモ、止まれ!」
「止めるな、陽! 俺は夢を見てくるんだ!」
「寿命を縮めるだけだ、早まるな!」
どうしてホモは、こうも猪突猛進なのだろうか。
ホモが恋羽と二人きりの時なら何をしても構わないが、今はアリアが居る事を忘れないでいただきたいものだ。
ホモがドアに手を伸ばした、その時だった。
ドアは独りで、というよりも蹴られたように開き、透けたネグリジェの裾が見えたのだ。
ドアが全て開けば、意味を全て理解させてくる。
陽としては、彼氏と彼女というものはこうも考えが一致するのだろうか、と疑問でしかなかった。
「陽、ホモ、恋バナしよ! 恋バナ!」
陽の部屋に突撃してきたのは、まごうことなき恋羽だ。
相変わらず紐系の白い下着が透けて見えてしまうネグリジェを着ており、目のやり場に半ば困るのだが。
特に他意はないので、恋羽を見るしかないのも事実である。
ふと気づけば、恋羽の後ろに申し訳なさそうに、カーディガンを羽織って立っているアリアの姿が見えた。
見たところ、恋羽の暴走を抑えきれず、巻き沿いを食らって陽の部屋にやってきたのだろう。
ホモに後でお灸をすえるにしても、やるべきことは一つだけだ。
「……アリアさん、寒いだろうし、嫌じゃなければ部屋に入るといいよ」
「白井さん、すいません」
「あはは、アリアたんを引き連れてきて正解だったよ! 愛だね!」
「うんうん。恋羽のこの感触が溜まらんのじゃ」
「……この二名の変態おやじは置いといて、アリアさん、良ければここに座るといいよ」
アリアを床や椅子に座らせれば、ホモと恋羽の巻き沿いを食らうのは目に見えているので、陽は自身の座っている隣を叩いてみせる。
アリアはドアを静かに閉め、こちらに歩み寄り、陽の隣にゆっくりと腰をかけた。
ホモと恋羽に関しては、お互いに触れ合っては、目の前でイチャイチャし始めているので自重してほしいものだろう。
「彼氏のホモ、そして陽とアリアたんが並んだ初のお家ダブルデート……この後、夜の営みを見せ合って――」
妄想劇を披露し始めた恋羽を無視して、陽はアリアを見た。
「アリアさん、恋羽が迷惑をかけなかった?」
「め、迷惑はかけられてないわよ。ただ……」
「ただ?」
アリアは二人を見てから、そっと耳元に口を近づけてきた。
この時の深紅の瞳はうるりとしており、小さな赤い宝石が輝いている。
「その、恥ずかしいのだけど……白井さんから貰ったぬいぐるみの話をしたら、抱きに行こう、って話になって今に至るのよ」
「そう言う事だったのか」
「その、急に押しかけてごめんなさい」
「元はと言えば恋羽が横暴な振る舞いをしているのが原因だし、アリアさんは悪くないから、気にしなくていいよ」
ふと気づけば、お互いに笑みをこぼしていた。
夜ではあるが、遠慮ないアリアとの距離は嬉しいものだろう。
陽としては、アリアのネグリジェ姿をあまり凝視したくないので、目のやり場に困るのだが。
アリアが気づいているかは不明だが、カーディガンの隙間を縫うように肩から見えている黒い紐が、陽の心臓には刺激として悪いのだ。
以前不意に見えてしまった、アリアの黒い下着を考慮しても、視線が泳がない理由は無いだろう。
静かに息を吐き出した時、ホモと恋羽が真剣にこちらを見てきていることに気が付いた。
「ねえねえ、陽」
「どうした?」
「今日はホモとリビングで一緒に寝てもいい?」
「……別に構わないよ」
念のためも考えて、リビングは誰かが寝ても大丈夫なように温度調整はしてあるので、断る理由は無いだろう。
ただ、ホモと恋羽のコンビなのが不安でしかないだけで。
「やったな恋羽! これでたくさんいちゃいちゃできるな!」
「ううん……私がホモと寝ちゃうと、アリアたんと陽は独りになっちゃうよね」
「いつもと変わらないだけですね」
「それじゃあお泊りの意味が無いから……私がホモと寝る代わりに、アリアたんは陽と一緒に寝よう! 愛だね!」
「お前は何を言ってるんだ?」
流れるように決まりそうな現実に、陽は首をかしげるしかなかった。
ホモは待ちきれないのか、恋羽へのおさわりは多くなっている。そして恋羽に関しては、わざとらしくホモに密着し、こちらをいやらしい視線で見てきていた。
勝手な決定とはいえ、アリアに確認を取る必要はあるだろう。
望まぬ押しつけをされるのは、安心のあの字が無いも同然なのだから。
アリアに確認を取ろうとアリアの方を見た時、アリアの小さな手が静かに陽の手に重なった。
「……その、白井さん、良かったら一緒に同意の上、寝てみないかしら?」
「あ、アリアさんまで!? 嫌じゃないの?」
「嫌だったら、こんなこと言ってないわよ。本当に、どこか抜けているのね」
深紅の瞳をうるりとさせているアリアに、陽は思わず息を呑んだ。
注目させるかのように、手を鳴らす音が恋羽の方から聞こえてきた。
「それじゃあ、決定だね!」
「……まあ、仕方ないか。……ホモ、責任が取れない範囲まではやるなよ」
「分かってるって! 陽は心配性だけど、むっつりだよなー」
「えへへ、ホモ、早く行こう! アリアたんと陽にも、二人の夜の時間があるんだしぃ」
「それもそうだな! 陽、アリアさん、また明日な!」
「ホモ、恋羽、おやすみ」
二人に手を振れば、ホモは恋羽と布団を抱え、部屋を後にした。
アリアと二人きりで部屋に取り残されたのもあり、陽は実際のところ、すごく気まずさがある。
陽としては、アリアに手を出す気が無いとはいえ、寝る場所が同じベッドであるのが些か心に来るものがあるのだ。
実際、大晦日に一緒に寝た経験はあるが、あれは不慮の事故であり、お互いに同意の上ではない。
しかし今は、陽とアリア、お互いに同意をした上で隣に座っており、同じ部屋に居るのだ。
「その、アリアさん、眠気の方は?」
と聞いた瞬間、小さな手が服の袖を引っ張ってきた。
黒いストレートヘアーは揺れ、静かに流れる時間を間接的に伝えてきているようだ。
「白井さん、眠くなるまで、少しお話をしないかしら?」
アリアの可愛らしいお願いに、陽は静かにうなずいた。
急に始まったお泊り会の夜は、まだ幕が閉じないようだ。




