51 幼女吸血鬼と花咲かす会話を
「いやー、陽の顔を見納めなのは寂しいな」
「人を勝手に殺すなよ」
修了式当日の放課後、ホモに意味もなさそうに陽は詰められていた。
一年生の収めなので、学校にはまだ通うというのに、お通夜ムードのホモには苦笑いをするしかないだろう。
教室に残っている生徒からもちらほらと、来年も同じクラスになりたいなど、様々な会話が飛び交っている。
「あはは、高校一年生の陽は見納めだし、意味は同じだろ」
「生きてるからな?」
「そういや……陽は使ったのか?」
「まあ、あれも一種の見納めだよな」
一年生の見納めが意味をするのは、この学校だともう一つあるだろう。それは、この学校特有のポイント制度だ。
ポイントは上手いことに、力を行使しようがポイントは次学年に持ち越せないため、一年生の今のうちに使い切るしかないのだ。
ホモに関しては、恋羽と何か企んでいるようで、二人してポイントを合算し、一気に使い切ったらしい。
陽とアリアで譲渡したポイントは一学年の年間分に匹敵するので、それを使い切るホモと恋羽は恐ろしいにも程がある。
二人の企みが何であれ、アリアに被害が及ばないことを祈るばかりだ。
陽はため息をわざとこぼしつつも、ホモに視線を向けた。
「いやー、陽には感謝してるんだけどさ……こうして会えない期間を考えると、少し寂しくなるよな」
「……ホモらしくないな。長期休みに入るって言っても、連絡は取り合ってるんだし、時折遊べばいいだろ」
「ほう、陽から遊びの誘いか。一雨来るな」
「お前、本当に自分をなんだと思ってるんだ?」
人の発言を天気予報にしないでほしいのだが、ケラケラ笑っているホモは気にしていないのだろう。
ただ陽は、ホモがいつものようにペンライトを振ったり、悪ふざけでみんなを引っ張ったりするムードをしないから、心配しただけに過ぎない。
言葉には到底出せるものではないが、ホモの行動に目が余るものはあっても、陽はひそかに元気をもらっている。
ホモは、どこか抜けた紳士と言われる自分の、唯一の親友なのだから。
少し感傷に浸っていれば、どうした、と言いたそうなホモに、いや、と陽は首を振っておく。
ポイントを何に使ったのか聞こうとした、その時だった。
「やあやあ、ホモ、陽、こっちも終わったよ! 愛だね!」
「おっ、恋羽! 俺の聖剣を――」
「恋羽、お疲れさま。その様子……アリアさんも一緒の感じか?」
「そうだよ! みんなで帰ろー!」
恋羽の『みんな』という発言にクラスメイトは反応したのか、各々が廊下の方を見だしていた。
廊下には案の定、凛とした立ち振る舞いに、制服をきっちりと着た、黒いストレートヘアーに深紅の瞳を持った幼女体型の少女、アリアが手を振って立っていた。
クラスの人達は「アリアさんと会えないの寂しすぎる」や「アリアさんと近づきたい」など、私利私欲を口に出している。
当然、アリアにその言葉は聞こえているだろう。しかし、アリアに振り向いてもらえるかと言われれば、間違いなく遠ざかるだけだ。
アリアと過ごしている陽だからこそ、直感で理解していた。
アリアファンの集いが、潔く次会える機会を、と誓い合っていたのだから、見習ってほしいものだろう。
クラスメイトを呆れた目で見ていれば、ホモが肩に手を置いてきた。
「陽、アリアさんが待ってるんだろ?」
「……それもそうだな」
「はるー、すなおー」
「恋羽、何で棒読みなんだ?」
誰かと一緒に居られる幸せは、日常にごくありふれているようで、非日常的な毎日なのかもしれない。
陽は改めて、共に居られる、ホモと恋羽、アリアに心で感謝をし、椅子から立ち上がるのだった。
二人と遊び終わって家に戻った陽とアリアは、二人でソファに座っていた。
こうして近づいた距離はあるもの、主従関係のようで、遠慮のなさが垣間見えているのだろう。
それでも、静かに漂う紅茶の香りが、二人の間に必然とある好みを伝えてくるのだ。
「そう言えば、アリアさんは春休み、どう過ごす予定で?」
アリアは聞かれると思っていなかったようで、少し腑抜けた表情をした後「うーん」と悩むような声を出した。
彼女は悩む時、頬か口元に指を当てるのが癖なのだろうか。
今更気づいた仕草から、アリアの事を知れていない事実を痛感してしまう。
アリアはアリア、自分は自分と陽は重々理解しているが、彼女の事を少しくらいは理解したい、領域に踏み込みたいと思い始めているのだ。
アリアは考え終わったらしく、深紅の瞳でこちらをじっと見てきていた。
「帰省とか、遊びとかの予定は特にないわね。それに、健康的な生活を送ってたらあっという間よ」
「……朝寝て、夜起きる?」
「その口、ふざけてるのかしら?」
慌てて首を横に振れば、アリアはぺちぺちと腕を叩いてきた。
まったく痛くないのは、陽が人間であるからアリアに加減をされているからだろう。
ぷくりと頬を膨らませているアリアは、呆れているというよりも、なにかを訴える抗議だろう。
幼い子が無理やりにでも理解させまいとしてくる様子さながらで、陽はついつい笑いそうになっていた。
「もう、普通の人間と同じ生活に決まっているでしょう」
「アリアさん、余計なことを言ってすまない」
「べ、別にいいのよ。……私が吸血鬼であることを考慮した上での発言なのは、理解しているわ。その、嬉しいのよ……私の事を心配してくれる、あなたのその姿勢……」
消え入りそうな声で言うアリアは、本音を口にしてくれたのだろうか。
薄っすらと赤み帯びる頬からも、アリアの想いが伝わってくるようだ。
気持ちに答えることは出来ないが、陽はただ静かに、アリアの手を取った。
深紅の瞳はうるりとしており、小さな輝きを保っている。
「アリアさん、無理をさせたくないから、頼りたいときは、いつでも頼ってね」
「ふふ、機会があればそうさせてもらうわ。でも……」
「でも?」
「白井さん、私が昼夜逆転の生活をしたら、ご飯を作る人が居なくなって困るわよね?」
「まあ、もしもの時はインスタント系に頼れば――」
言葉を言いかけた時、アリアの小さな手が、静かに陽の頬を伝った。
ひんやりとした手の柔らかい感触は、小さいのに、存在をひしひしと感じさせてくる。
「駄目よ。私の目が黒いうちは、あなたの食生活は厳しくするわよ。もちろん、私お気に入りのどこか抜けた紳士として育ててあげてもいいのよ」
「はは、自分は幸せもんだな」
アリアの目は赤色だ、と陽は言いたかったが、そっと心の中にしまっておいた。
二人で過ごす日常があるからこそ、こうして他愛もない会話をし、未来を明るく迎えるために、前に進もうと思えるのかもしれない。
「……春休み、のんびりしたいな」
「ふふ、そうね」
その後、夜ご飯の支度を手伝う、とアリアに聞かれたので、陽はアリアと共にキッチンに立つのだった。
アリアに手ほどきされながらの手伝いは、さながら母親と子の関係に見えるのだろう。




