05 どこか抜けた紳士は幼女吸血鬼が気になってしまう
翌日、アリアに看病をしてもらったおかげか、陽は熱が平熱まで下がり、心配なく動くことができるようになっていた。
結局のところ、アリアは本当に朝まで傍に居てくれただけではなく、朝ご飯まで作ってくれたほどだ。
陽としては、アリアの睡眠時間等の心配が勝ってしまったが、本人が大丈夫と言っていたので深入りはするべきでないのだろう。
一緒に居るのは驚きの出来事ではあったが、アリアが何事も無かったかのように振舞っていたので、陽はそれを見習いたいと思っている。
陽自身、紳士になりたいと思っていないが、一つの通過点くらいの視野には入れているのだから。
紳士と言う、呪縛のような言葉を。
他の人に見られたら不味い、という理由から、陽はアリアが家を出てから数分後、学校へと歩を進めるのだった。
「陽、おはよう! 連絡なかったし、お前が死んでないか心配だったんだぞ?」
「ホモ、おはよう。……開口一番それって、自分はどう思われているんだよ……」
学校に登校すれば、ホモもちょうど登校する時間だったらしく、昇降口でばったりと出会ったのだ。
陽への評価が思っている以上に低そうなホモに、陽は呆れたようにため息をこぼすしかなかった。
笑ったように肩を叩いてくるホモは、こちらの心など知る気も無いのだろう。
「あー、掃除ができるのに料理ができなくて、無理やり健康を保っていそうな冷酷無比な高校生の皮を被った鬼、だな!」
「ほー、後で覚えておけよ」
「よーし、正々堂々タイマンしようなー」
スポーツマンシップを辞書で調べてほしいのだが、今のホモに言っても無意味だろう。
彼の、正々堂々、という言葉ほど信用性がないものは無いのだから。
陽はわざとらしく肩を落として見せ、苦笑いしつつホモと教室に向かった。
ホモと話しながら廊下を歩いていれば、気になる声が陽の耳に触れる。
「アリアさんはいつもどんな本を読んでるの?」
「えっと、ですね……」
通りかかった教室を見れば、席に座っているアリアの姿が目に映った。
陽に見せていた姿とは違う、謙虚な姿勢かつ、周りの生徒に柔らかく和むアリアが。
彼女は学校の中だと優等生でありながら、謙虚さを持ち合わせているので、周りの人からの評価が高い人物だ。
陽としては、自分に見せてくれていた口調や態度とは違うため、不思議で仕方ない感覚がある。
とはいえ、陽自身も学校では猫を被っている自覚があるので、他人の事を言えた口ではないだろう。
その時、急に立ち止まったのが悪かったのか、ホモが首を傾げて見てきていた。
「あー、アリア・コーラルブラッドさんか。……陽、もしかして幼女に興味があったのか?」
「ホモ、何でそうなる?」
幼女に興味があるかと言われれば、間違いなく否だ。
ホモが茶化して聞いているとは理解しているが、アリアの姿を見て真っ先にその言葉が出てくるとは思わないだろう。
実際、アリアは幼女体型であるが、幼女では無いのだから。つまり、合法ロリ……見た目が幼女というだけだ。
ホモが苦笑しているあたり、本当に茶化す、もしくは鎌をかけるための発言であったと窺える。
「……アリアさんのフルネーム知ってたんだな?」
「逆に知らない方が難しいだろう。俺にタイマン挑んでくる奴のほとんどが、彼女のフルネームを叫んで落ちていくんだからさー」
「それもそうか。いや、てか、ホモはちゃっかり何やってんだよ!?」
危うく流しかけたが、ホモが今でもタイマンをしているのには驚きだ。
この学校だと珍しくない光景であっても、未だにホモにタイマンを申し込む人が存在するのだから。
「いや、タイマンをやらないか、って誘われたんだから仕方ないだろ?」
「……目立たない程度にはしとけよ?」
「手は一切出してないから安心してくれ」
安心できる要素は一ミリも見当たらないが、ホモらしいといえばホモらしいのだろう。
こちらが呆れたとしても、ホモは笑って過ごしているのだから。
ふと気づけば、自分の周りには奇想天外な行動や人物が集まっていることに、陽は内心で頭を抱えた。
ホモにバレないように息を吐き出しつつ、陽は行く先を見た。
「愛想がいいのは、あの子のよさなのかもな」
「……陽、やっぱり、幼女が――」
「そんなわけないだろ……」
ホモに呆れた視線を送れば、ホモは苦笑して横に手を振っていた。
そんなホモを横目に、陽は足を進めた。
(別に幼女が好きなわけじゃない……アリアさんが、気になるだけだから)
陽はどうしてここまでアリアを気になってしまうのか理解していないが、湧き出るような感情が嘘をつけないようで落ちつかなかった。
普通に考えれば、根暗で人との関わりが狭く浅い自分に、広い関わりの顔を持つアリアと釣り合うはずがないだろう。ましてや、陽自身、アリアと恋愛関係に落ちるとは思ってもいない。
陽はただ、陽の事を紳士と言ってやまないアリアに、自分が紳士ではないと言い切りたいだけだから。
仮染めの嘘を本当にできてしまう程の、紳士ではない自分の姿をさらけ出しても。
(……人に好かれるのは、嫌いだ)
アリアの居る教室からホモと歩を進めた際に思った気持ちは、感情となって表情に曇りを見せかけていた。
廊下に無数の足音が鳴り響いているのに、陽の耳には自分の足音しか聞こえていない。
そんな陽の様子をホモは静観して見ていたらしく、ちょっぴり強めに肩に手を置いてきた。
「陽、一人で悩むのは自由だけど、頼れる人くらいは作れよ。……俺は、いつまでも傍に居られるわけじゃないんだからな」
「ホモ。分かってるさ、それくらい」
「いーや。見てたら危なっかしくって、どこか抜けている紳士のお前はわかっちゃいない」
「……紳士、か。ホモには、自分が紳士に見えるのか?」
「中学生からお前を見てるけど、俺の中では間違いなく、紳士だ。誰かが否定しようと、それだけはゆるぎない真実だな」
あっさりと言い切るホモに、陽はそっと笑みをこぼした。
陽が自分を信じていなくても、陽の事を信じて待ってくれている人が近くに居るのだから。
ホモは、自分の過去を知っているからこそ、深入りしようとしないけど、後押しをしてくれているのだろう。
「ホモ、ありがとう。元気が出たよ」
「よーし! じゃあさ、恋羽からも元気をもらわないか?」
「ごめん、やっぱ無理」
苦笑いして断れば「なんだよもったいない」と言ってくるホモに、陽は作り笑顔をするしかなかった。
それでも、ホモが今は支えてくれているから、高校生活を無事に送れているのも事実だ。
学校でのアリアとは、昨日の関係とは違い、あくまで赤の他人に過ぎないのだから。
小さな後押しを得た陽は、普段とは変わらない様子でホモと教室に向かうのだった。鞄の中に、一つだけ普段と違うものを携えて。