49 自分だけに見える幼女吸血鬼
後日、陽はアリアと一緒に、ホモと恋羽の誘いのもとスイーツ店にいた。
時間を合わせて貸し切りにしているので、周囲を気にしなくてもいいのは気が楽なものだろう。
「……まあ、そんな感じでアリアさんにはプレゼントをしたんだよ」
「うんうん、愛だね!」
相変わらずのようにパフェを頬張っている恋羽は、甘いものが好きなのだろう。
テンションが劣っていない恋羽に笑みを浮かべれば、ホモがコーヒーを嗜みながらアリアを見ていた。
モンブランをちょびちょび食べていたアリアは、ホモの視線に気づいてか、不思議そうに顔をあげている。
「恋羽さん、ホモさん。白井さんに手を貸していただき、ありがとうございます」
ホモと恋羽は顔を見合わせ、にやにやとした笑みを浮かべている。
「まるで陽の母親だな」
「アリアたんって、陽の彼女よりも、お母さんの方があってそうだよねぇ」
「そ、そんなつもりで接していませんから!」
本当かな、と言いたげな恋羽の視線から逸らすように、アリアは顔を下に向けていた。
実際のところ、陽はアリアから母親以上の気遣いをされている自覚はあり、余計なことを言えないのも事実だ。
逸らす言葉を言えば、二人への美味しい燃料を投下するようなものなのだから。
現状、恋羽はパフェを食べて満足している。だが、ホモは大好物のウインナーが無いのもあってか、少し不機嫌そうに見えるのだ。
気づけば、恋羽がホモのコーヒーを横取りしている中、ホモは感傷に浸ったような表情をしていた。
「にしてもさ……バレンタインにホワイトデー、去年だと考えられないくらい充実してるよな。陽だってそう思うだろ?」
「……アリアさん、それに恋羽が幸福を分け与えてくれているんだから、充実しない筈がないだろ」
陽としては、行事を楽しめるという何気ない行為に、日々感謝をしている。
出来るや出来ないではなく、当たり前の感謝を忘れないように、自分らしく居させてくれるホモや恋羽、アリアに感謝をしているのだ。
「白井さんの謙遜する姿勢、相変わらずね」
「ホモは陽みたいに謙虚じゃないのは良いんだけど、強欲性が退化の原因だよねー」
恋羽はパフェを食べながらも、ホモに何かを訴えそうな目をしている。
この二人の関係に関わると巻き込まれかねないので、陽は静かにコーヒーを啜った。そして、モンブランのクリームをつけていたアリアの頬を、本人に気づかれないように拭いておく。
「アリアたんと関わってから、本当に陽は変わったよね? 愛だよね」
「別に変わって――」
「はいはい。前も聞いたから大丈夫だぜ! 陽が変わっているのは、近くにいるアリアさんが一番よく知ってそうだしな」
「ふふ、そうね。白井さんはあなたたちの思うように、おとなしくも変わっているわよ」
「あ、アリアさんまで……」
アリアが二人の発言に乗るとは思わなかったため、陽は肩を落とした。
陽は貸し切りの時間いっぱいまで、ホモと恋羽、それからアリアに成長を茶化される羽目になるのだった。
解散してから、陽は日傘を差し、アリアと共に帰路を辿っていた。
気になっていた周りからの視線も、今では当然のようで、慣れたのも同然だ。
考えると、普段からアリアは物珍しいような視線を浴び続けていたのだから、町中を歩くだけでも大変だっただろう。
そもそも、アリアが出歩いている、という噂を聞いたことが無いのだが。
腕が当たりそうな距離には慣れないが、アリアの距離感は今に始まったことでは無いので、仕方ない事ではあるだろう。
小石がアスファルトに弾く音を立てた時、アリアが服の袖を引っ張ってきた。
陽は急にどうしたのかと思い、アリアの顔を静かに覗き込んだ。
「……私は、あなたにとって、何に見えるかしら」
陽は思わず、息を呑んだ。
アリアからの『何に見える』という言葉が求めているものは、正直理解できていない。
それでも理解できるのは、自分らしい言葉を口にすることだろう。
言葉にしないと伝わらない事、相手をどう見ているかはその人にしか分からない事、アリアは見えない答えを求めている可能性があるのだから。
陽は悩まず、ただ、笑みを浮かべた。
「アリアさんはアリアさんだよ。ただ……」
「ただ?」
「自分と一緒に過ごしている――世界でたった一人の大事な人だよ」
人というのは、アリアを指しているだけだ。
吸血鬼や人間関係なく、一緒に過ごしてくれる、たった一人の少女を。
自分が何を言ったのか、陽は重々理解している。
誤魔化して、濁すくらいなら、普段から思っている考えを口にした方がいざこざも起きづらいだろう。
双方の違いが起きてしまえば、結局はそれまでの関係と割り切るしかないのだから。
気づけば、アリアの白い頬は薄っすらと赤色のお化粧をしている。
恥ずかしかったのか、日差しが暑いのか、アリアにしか分からない。
「あなたは本当に、どこか抜けた紳士よ、まったく」
呆れたようにアリアは言っているが、その表情はどこか嬉しそうだった。
陽としては、どこか抜けた紳士と言われたのが不思議でしょうがない。
「自分、アリアさんの気に障ることを言った?」
「ふふ、言ってないわよ。あなたは深く気にしなくていいのよ。私はただ、種族としての質問をしただけに過ぎないの」
口元に指をあて、小悪魔のような笑みを見せるアリアは、幼女吸血鬼そのものだろう。
小さな問いや答えを言い合えるのも、お互いがお互いに遠慮をしない、最初の理想を実現できている証拠なのかもしれない。
陽は静かに笑みを浮かべ、日傘の隙間から空を見上げた。
(……自分は、アリアさんに救われている人間だから)




