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幼女吸血鬼と取り戻せない程の恋をした  作者: 菜乃音
第一章 幼女吸血鬼の紳士として

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47 幼女吸血鬼だけの紳士であるからこそのお返し方法

 ホワイトデー当日となり、陽は部屋で、紳士の鎧とも言える姿に身を清めていた。

 特注の防弾性の黒いスーツを着るのは久しぶりだが、自分が着て違和感はないだろうか。


(……アリアさんの前に出るんだ。否定的な考えは無しの方向だ)


 自室の壁に増えた大きめの鏡は、自分の真実を映し出すためにある。

 嘘偽りのない、紳士の姿に身を包んだ自分が、鏡の前には立っているのだ。

 誰かが言う紳士ではない……アリアと言葉を交わせる、どこか抜けた紳士である陽本来の姿。


 紳士とは、礼節や作法は自然の事であるが、自分の弱さや寂しさを知り、胸を張って正々堂々と自分らしくある者の事を指す。と、陽は解釈している。


 空想が人それぞれであるように、陽もまた、自分という名の紳士をある程度は確立しているのだ。

 陽は髪をアリア好みのなびいた風に整え、青いネクタイを締めた。

 鏡で改めて確認してから、陽はアリアの居る一階へと紙袋を携えて向かって行く。



 一階に音もなく向かえば、アリアはちょうど夜ご飯の仕込みが済んだらしく、エプロンを脱いで休憩をするところだったらしい。


 音を立てていなかったつもりだが、アリアは陽の気配に気づいたらしく、こちらへと振り返った。


「え、白井さん、な、なんで……それに、その姿……」

「えっと、変だったかな? これは、アリアさんだけに送る、自分の紳士姿だよ」

「……私だけの、紳士」


 ぽつりと呟いたアリアは、目を丸くして見てきている。

 ふと気づけば、陽が持っていた紙袋に視線を落とし、アリアは不思議そうに首をかしげていた。


「今日はホワイトデーだから、前回のお返しついでに正装姿もいいかなって思ってさ」

「ホワイトデー……そういえば、今日だったわね」


 なぜスーツ姿でいるのかアリアは理解してくれたのか、はっとしたような表情をしていた。

 そして、小さな手を伸ばし、前髪に触れてくる。


 薄っすらと赤みを帯びるアリアの頬は、感情に素直なのだろう。


「白井さん、かっこいいわよ」

「アリアお嬢様、お褒めに頂き光栄です」

「本当、どこか抜けた紳士なのに、律儀で真面目なのはズルいわよ」

「アリアさんだけ、にだよ。そうだ。これ、バレンタインのお返し」


 アリアに持っていた紙袋を渡しつつ、陽はキッチンに立つ。もちろん、今の自分が入れられる最高の紅茶を振舞うために。



 紅茶をティーカップに入れ終えてから、陽はソファに座っていたアリアの隣に腰をかけた。


 アリアを見れば、渡した紙袋を開けておらず、太ももに置いて待っていたようだ。

 勝手に開けても良かったのだが、本人が来るのを待っている辺りは、流石は高嶺の花のお嬢様と言ったところだろう。


(……アリアさんの隣って、なんかむず痒いな)


 現在アリアの服装は、白いパフスリーブブラウスに、白いフレアスカートと、陽とは正反対の色合いの服を着こなしている。

 白だけではなく、ところどころに赤いラインやボタンがあり、目立たない程度なのが更に愛らしさを増しているようだ。


 優雅なお嬢様の雰囲気がありつつも、落ちついた空気を満ち満ちと溢れさせているのは、アリアだから成しえる所業だろう。


 ふと気づけば、アリアは紙袋に視線を落としつつも、こちらをチラリと見てきている。

 幼い誘惑のうまさには、ついつい頬が緩みそうになりそうだ。


「アリアさん、開けても大丈夫だから」


 アリアは深紅の瞳を光らせ、嬉しそうに紙袋を開けた。

 紙袋の中には、物としては箱が一つ入っている程度なのだが。


 小さな手が伸びれば、青いリボンが付いた白い箱が姿を現した。


 こちらを見てくるアリアはまだ箱を開けてもいないのに、深紅の瞳をうるりとさせている。

 泣いてもいないのに潤っている彼女の瞳には、未だに慣れることが出来たものではない。


 リボンがしゅるりとほどかれていけば、白い箱は構えるような雰囲気を醸し出し、今か今かと主人の施しを待っているようだ。

 アリアが開けるわよ、と言いたげな目で見てくるので、陽は静かにうなずいた。


「……これは、チョーカー?」


 箱から出てきたのは、赤色のリボンに白いフリルがベースとなったチョーカーだ。

 今まで見てきたアリアの服装から推測して、彼女が派手なものは好まないのと、似た服とスカートを合わせて着ていた事から発想を得ている。


 以前あげたリストバンドと同類の物となっているので、どちらかしか付けられない、という状態にならない考慮も済んでいる。


 恋羽やホモとの話もあるが、これはあくまで陽自身が選び抜いたもので、他の誰かが決めたものでは無い。

 アリアの喜ぶ顔を見たいというエゴからの、たった一つだけの贈り物だ。


「うん。前にあげたリストバンドとセットでも違和感ないかな、と思って。それと、アリアさんの首元の日よけになるかな、と」

「随分と実用的な考え方……でも、可愛らしさのあるお揃いのデザイン、とても嬉しいわ」


 笑みを浮かべ、フリルのチョーカーを自身の方に抱き寄せているアリアは、輝かしいほどに眩しかった。


 ぎゅっと抱き寄せているアリアに幼さを感じてしまい、見ている陽が恥ずかしくなっていた。


 それでも、アリアの自然的な笑みを見られた喜びは計り知れないものがある。

 まるでルビーのように輝く深紅の瞳は、辿り着きたかった思いを伝えてくるようだ。


 映る笑みを浮かべた横顔に、幼女体型のアリアの姿は、静かに記憶の一ページを飾っていく。


 陽が恥ずかしくなって目を逸らした時、アリアは不思議そうに首をかしげた。

 そして「これは?」と小さく呟き、袋の中に眠っていた白い封筒を取り出した。


 慌ててみれば、アリアはチョーカーを丁寧に置き、とっくに封筒の封を切っている。


「手紙に……アリアお嬢様だけの紳士である券?」

「えっと、それは……」

「このイラスト、コウモリにしているのは可愛らしいわね」

「アリアさん、マイペースだよね」


 触れられていない手紙の内容は、他愛もない、普段は言いづらいアリアへの感謝を綴った言葉の紙きれに過ぎない。しかし、紙きれであっても、渡す相手や貰う相手の捉え方次第では、ダイヤモンドよりも切れない束となるだろう。


 アリアはコウモリのイラストを気に入ってくれたのか、笑みを浮かべている。

 ふと気づけば、アリアは券を見ては、こちらを見てきていた。

 様子から察するに、効能の意味でも知りたいのだろう。


 陽としては、アリアの捉え方次第で無限に形が変わる代物である。だが、ある程度は説明した方が良いのかもしれない。


「その券は、アリアさんが自分に労ってもらいたい時とか、付き人になって欲しい時とかに使ってもらえればいいから」

「……それだけ、かしら?」


 まるで心の内を見据えているように言うアリアは、からかっているのか、はたまた試しているのか、陽には理解できなかった。

 深紅の瞳で、もう一押し、と伝えたそうなアリアに、陽はそっと息を吐く。


「そうだな……アリアお嬢様が宝石を磨きたい時にでも使っていただければと」

「あらそう。白井さん、その場しのぎの言葉にしては、上出来よ」


 アリアのお眼鏡に叶った言葉のようなので、ほとんど理解していたのだろう。

 ただ、陽が率直な言葉を綴ったのがいけなかっただけのようだ。


 その時、アリアは口角を上げ、券を目の前に差し出してきた。


「それじゃあ、使わせてもらおうかしら」

「うん。アリアお嬢様、何をお望みでしょうか?」


 アリアの瞳を真剣に見れば、陽の姿を反射して映していた。

 アリアはひと息置いてから、テーブルに置いておいたチョーカーを取り、ゆっくりと前に差し出してくる。


「このチョーカーを白井さんの手でつけてほしいのよ」


 券を見せると同時に、チョーカーを差し出してくるアリアは、本当はわがままを言わないタイプなのだろう。

 凛としつつも、申し訳なさそうに券を差してくるアリアの手を、陽はそっと被せるように握った。


「アリアさん、それくらいは使わなくても大丈夫だよ。あげといてあれだけど……その券は、本当に自分を動かしたい時に使って欲しいんだ」

「わかったわ。それじゃあ、つけてちょうだい」


 自分の意見を尊重してくれるアリアの期待に、しっかりと応えるべきだろう。


 陽はアリアからチョーカーを受け取り、手慣れたようにチョーカーの重なりをほどく。


 ふと気づけば、アリアは後ろ髪の黒いストレートヘアーを軽く両手で避けており、首筋が露わとなっている。

 今にでも血潮が見えそうな程に白いアリアの素肌は、彼女が吸血鬼であることを裏付けているようだ。


 普段は見えない首筋に、陽は思わず息を呑んでいた。

 それでも冷静さを欠かないようにして、チョーカーをつけるために、そっとアリアの首へと腕を伸ばす。


 アリアの首に指が触れた時、アリアはくすぐったのか、ピクリと体を震わせた。

 首が弱いのかは不明だが、吸血鬼でも人間味のあるアリアだからこそ、陽もこうして近い距離で接していられるのだ。


 付けるのは少し不器用だったが、アリアの首にチョーカーを付け終えれば、アリアは笑顔を宿していた。


「アリアさん、似合っているし、すごく可愛いよ。お嬢様らしくて、品のある感じがしてて素敵だ」

「白井さんに褒められるのは、悪くないわね。でも、褒め方が上手くなるのは、私の方が恥ずかしいわよ」


 アリアが頬を赤らめたのもあり、陽は首をかしげるしかなかった。

 白いフリルのチョーカーをつけたアリアは、今着ているパフスリーブブラウスも相まって、気品溢れ出るお嬢様のようだ。


 幼女体型なのを忘れさせるほどに美しく、気高いようで優しく、優雅な振る舞いを思わせる程に。


 ふと気づけば、アリアは深紅の瞳を宝石のように輝かせており、赤い月を彷彿とさせてくるようだ。


(……アリアさんの、吸血鬼姿……可愛いにも程がある)


 黒いストレートヘアーはみるみるうちに銀髪へと変わり、セミロングでありつつ右サイドに束ねられた髪は、見慣れたとも言える彼女が吸血鬼である証明だ。

 極めつけに、後ろから生えたコウモリの羽は、人間には無い、吸血鬼としての頭角を意味しているだろう。


 深紅の瞳は深い赤になっているにも関わらず、月明かりのように輝いている。

 そして見える八重歯は、彼女が幼女吸血鬼なのもあって、幼いさながらの小悪魔感が誘惑してくるようだ。


 陽はロリコンではないが、アリアのロリコンには勝てるはずもなく。

 気づけば目を奪われる姿に、何を思えばいいのだろうか。


 先ほどのチョーカーは、銀髪になったことで更に似合っており、全体的に白い服装ともよく調和している。


 見惚れていれば、アリアは急に立ち上がった。

 気に障る視線でもしてしまっただろうか、と陽が悩んでいれば、アリアは小さな手を伸ばしてきている。


「白井さん、夜ご飯まではまだ時間があるから、外に少しだけ二人で出ましょう」

「……アリアお嬢様の心のままに」


 陽はアリアの手を取り、ソファから立ち上がった。


「ふふ、今宵は吸血鬼の時間よ」


 八重歯を見せて悪戯っぽく言うアリアは、幼い容姿も相まって陽の心臓には来るものがある。

 幼女吸血鬼とのホワイトデーに、終わりの鐘が鳴るのはまだ先のようだ。

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