46 頼り合える友人との時間
「いらっしゃいま……せ! あ、陽、待ってたよ!」
「恋羽、こんにちは。休日の貴重な時間に申し訳ない」
「ふっふっふっ、友達の為となれば、店番をしない理由がないよ!」
休日、陽は恋羽の両親が営んでいるお店に訪れていた。
ドアを開ければ、萌え袖をぶんぶんして近づいてくるピンク色の瞳と髪を持つ少女――恋羽は相変わらず変わっていないようだ。また、店番なのもあってお店の制服姿でいるらしく、白い長袖シャツの上から赤いエプロンを着用し、腰に小さな可愛らしいお人形をぶら下げた格好をしている。
店内を見渡せば、アクセサリーの見本品が置かれたいくつかの棚に、日差しが当たる位置にテーブルと椅子が置かれている。
恋羽のお店は、基本的にオーダーメイド専門のアクセサリー店となっている。そして、お店が開いていてもお客さんが居る事は滅多に無く、陽とホモ、恋羽の三人の集い場所として定着している程だ。
ふと気づけば、恋羽はポニーテールを揺らし、ニヤニヤと距離を詰めてきていた。
「さてさて、陽さん、今日はどんなオーダーメイドをお望み?」
「いや、オーダーメイドをしに来た――」
「ふむふむ、アリアたんのチョコは美味しかった?」
多分、恋羽には何をしに来たのかバレているのだろう。またアリアが以前、恋羽に料理を教えると言っていたので、その時点で勘づいていたのかもしれない。
陽としては、恋羽が理解しているのは話が早いのだが、問題はそこではなかった。
ニヤついた笑みに、今にでもうずうずしている手つきは、よからぬ事でも思い浮かべているのだろう。
陽はアクセサリーへの信頼は高いが、首輪の付いていない恋羽には警戒しかないのだ。
呆れて息を吐き出しつつ、あらぬ妄想を掻き立てられぬうちに白状した。
「うん。泣くほど美味しかったよ」
「泣くほどなんてー、陽もジョーダンが上手くなったねー」
ジョーダンで言ったつもりはないが、恋羽の捉え方に異論を唱える必要は無いだろう。
「まあ、本題なんだけど……アリアさんにお返しをするため、ホワイトデーの贈り物の目安を探しに今日は来たんだよ」
「うちのお店を当てにしてくれるなんて、ママとパパも喜ぶよ! 陽なりの、アリアたんへの愛だね!」
困惑しつつも、そう言う事でいいか、と陽は恋羽の発言を聞き流しておいた。
気づくと、恋羽はピンク色の瞳を輝かせて陽の姿を反射させている。
「にしても、陽は律儀だね」
「まあ、アリアさんにはお世話になっているからな。それと、恋羽はいつものでいいか?」
恋羽からのチョコは、至ってシンプルなハート形のチョコだったのだ。
ただし、媚薬の毒が入っていたのは言うまでもない。
避けて処分しようとしたのだが、アリアが誤って食べてしまい、大変なことになったのは今でも鮮明に覚えている。
いつもの、という言葉と同時に睨みを利かせたのもあってか、恋羽は苦笑いをしていた。
「まあ、チョコについてはさておいて……陽、よくわかってるねぇ。どっかの歩く蛮族とは違うねぇ」
恋羽がそっぽを向きながら言うので、陽は恋羽の視線を辿った。
視線を辿れば、棚に隠れるようにこそこそしていたある人物――灰色のつなぎを着た歩く筋肉こと、ホモが居たのだ。
恋羽が居るのにホモが居ないのを不思議に思っていたが、ホモは隠密に徹していたらしい。
恋羽が先ほどから明るい声を響かせるように喋っていたのは、ホモに間接的に伝えるためだろう。
恋羽とホモは、陽から見ても仲が良い。だが、お互いの支え合いがすれ違うこともあるようなので、ホモに陽を見習ってほしい意味合いが高いのかもしれない。
二人の相変わらずの距離感に、陽は思わず苦笑いをした。
二人は付き合っていないようだが、傍から見ればバカップルそのものだ。
恋羽は陽の視線に気づいていないフリをしてか、気にした様子を見せないで笑みを宿している。
「話を戻して……どんな贈り物を探してる感じ?」
「探してるっていうか、形が見えていないんだよ……」
本来であればアリアの欲しがるものをリサーチしておくべきだが、その片鱗すらアリアは見せなかったのだ。
アリアに何でもいいと言われた以上、自分だけがあげて満足するのではなく、アリアと一緒に満足できるものを探したいものだろう。それは、一緒に過ごしているからこそ湧いて出る、エゴという幸せの感情なのかもしれない。
アリア自身に喜んでもらうのは難しいかもしれないが、自分がどこか抜けた紳士としてできる精一杯の労いの気持ちだ。
「見えてないのね。あ、そうだ! よかったら、最近のオススメでも見てみない? アリアたんの好きなものはわからないけど、似合うものがあると思うよ!」
「恋羽、お願いするよ」
大船に乗った気持ちで任せなさい、と胸を張っている時の恋羽は、安心感がそこはかとなく高いのだ。
陽は頭を下げてから、案内する恋羽の後に続くのだった。
恋羽がオススメするアクセサリーを見て回ってから、陽は恋羽とホモと共に、テーブルを囲っていた。
恋羽はちゃっかりとエプロンを脱ぎ、ピンク色のパーカーを羽織っている。
「それにしても、陽は律儀なやつだよな」
「私からしたら、ホモは陽を見習って、愛を理解してほしいけどね」
「こっちみんな」
「ホモ、恋羽にお返しはしてない感じか?」
お返しはされてるんだけど、と恋羽が濁ったように言うので、趣味がすれ違っているのだろう。
陽自身、二人の関係を深くは知らないのであまり口を出す気はない。それでも、自分がアリアにお返しをする参考になれば、と思って聞いたに過ぎないのだ。
ホモは気まずそうにしながらも、準備されていたウインナーにクリームをディップして美味しそうに頬張っている。
恋羽が笑みを宿し「ホモ、ほっぺにクリームついているよ、もう」と言いながら布巾で拭いていた。
目の前で何を見せられているのだろう、という感情が湧きつつ、陽は疑問がよぎっていた。
「それで付き合ってないお前らが、自分は不思議でしょうがないよ……」
「あれ? 陽は知らないの?」
「恋羽、何の話だ?」
「あー、すまんすまん、忘れてた! 俺と恋羽は陽と出会う前から、結婚前提で付き合ってるんだよ」
何気ない真実に、陽は驚きを隠せなかった。
二人は今までも仲はよかったが、まさか付き合っているとは思わないだろう。
陽としては、アリアに手を出されない安心感が増しつつも、驚愕の事実に心が揺れている。
笑いながらもウインナーに手を伸ばしているホモは、恋羽との関係をこちらに明かしたつもりでいたのだろう。
恋羽は照れた様子を見せているが、真実だよ、と言いたげに片目をウインクさせている。
この二人の以前からの様子を知っている陽からすれば納得なので、出されていたコーヒーをおとなしく口に含んだ。
「まあ、めんどうくさいから口外はしないんだけどな」
「そうそう。別に誰が誰と付き合おうなんて、その人の自由だよ。愛だよね!」
「付き合うのは自由、か」
口から溢れ出した言葉は、何を求めているのだろうか。
「……陽は恋愛に、興味ないよな。まあ、俺はなんも言わないけどさ」
ホモは過去を知る仲だからこそ、詰め寄ってこないのだ。
ホモとだけ知る会話をしているのもあって、恋羽が話に混ざりたそうに見てきていた。
「ほらほら、恋羽、そう怒らない怒らない」
「自分の前で触るとか……バカップル?」
ホモがわざとらしく恋羽のたわわを触れば「やっていい事と悪い事もあるからね!」と萌え袖でぺちぺちして怒られている。
二人のやり取りから見るに、以前から付き合っているのは本当のようだ。
「へへ、ホモとはくっつく程の距離感だから、アリアたんを取られる心配はないぞ」
「なんで自分がアリアさんとくっつくの前提?」
「あの学校じゃ、陽しか候補が居ないからだろ?」
陽が苦笑いすれば、ホモは持っていたフォークをテーブルに置き、真剣に光を反射させている。
「……ホモ、なんだよ」
「いや、陽も変わりつつあるよな、って感動深いだけだ」
「別に変わってない」
「またまたー。やっぱ、陽ってどこか抜けてるけど、愛だね」
「陽が気付いてないだけで、俺から見れば、立派に変わってるぜ」
ホモはこちらに近づき、前髪をあげ、素肌を見てきているようだ。
ホモが相手の変化に敏感なのは今に始まったことでは無いので、否定しづらいものだろう。
陽としては、二人が何を期待しているのか不明なのもあり、苦笑いするしかなかった。
ふと気づけば、ホモは陽の前に封筒を一通置き、恋羽の隣に戻っていた。
ホモから差し出された封筒の内容に触れないようにし、そっとポケットにしまっておく。
「なあ、陽」
「どうした?」
「アリアさんの体調、しっかり気を回してやれよ」
「……言われなくとも、自分が一番よくわかってるよ」
険しい表情で釘を刺してきたホモに、陽は少しうつむいて言葉を返した。
その後、二人の関係の話を聞かされつつ、アリアへのプレゼント選びを再開するのだった。




