45 幼女吸血鬼に手は出さないが、気遣いは全身全霊で
次の日の夜、陽は落ちつかない気持ちがあれ、アリアと一緒にソファに座っていた。
テーブルには、アリアが好きな、陽がアリアの為に入れたブドウの香りがする紅茶を置いて。
結局のところ、昨日は味わいを堪能したのもそうだが、涙を流してしまったのもあり、ちゃんと感謝を出来ていないのが気がかりである。
学校でもどこか他人行儀になってしまったのは、自分が意識しすぎたせいだろう。
美味しそうに紅茶を啜るお嬢様を見て、陽はそっと息を吐いた。
アリアは異変を感じたのか、こちらを見てきており、深紅の瞳を逸らさず真っすぐ見つめてきている。
「その、アリアさん……」
「あら? 白井さん、どうかしたのかしら?」
「昨日のチョコ、自分の好きな味わいで美味しかったし、好みに合わせて作ってくれてありがとう」
「あなたの為だけに作ったのだから、美味しくて当然よ」
辛口評価ではあるが、誇り高き振る舞いは、アリアらしいと言えばアリアらしいのだろう。
最近は落ちつき気味ではあったが、自信に満ち溢れているのがアリアという幼女吸血鬼のお嬢様だ。
陽は思わず頬が緩み、笑みを浮かべていた。
ティーカップを持つ幼いような小さな手も、今の陽にとっては、宝石のように輝いて見えている。
感謝を伝えられたおかげか、胸のつっかえが取れると同時に、一つの悩みもひょっこりと手を振ってきた。
「そう言えば、アリアさんはホワイトデーのお返しは何がいい?」
「わ、私は別に、お返しを求めて渡したわけじゃないわよ」
「それは理解しているんだけど、貰ってばかりじゃ男として……紳士としてもどうかと思うからさ」
アリアが困るのであれば控えたい気持ちがあっても、陽はどうしても引き下がりたくなかった。
初めてを何度もアリアから貰っている。だからこそ、自分がやりたいことで、アリアに気持ちとして返していきたいから。
言葉にするのは簡単でも、行動に移すのは背中に大きな鉄の塊を背負うくらいに難しいのだ。
真剣に瞳を見たのもあってか、気持ちが届いたようで、アリアは悩んだ様子を見せた。
アリアは悩んでいた頭を上げ、深紅の瞳をうるりとさせ、視界にかぶっていた黒い横髪のカーテンを軽く手で避けた。
「私は、白井さんからのお返しなら、何でも嬉しいわよ」
「うーん……それじゃあ、星空の見えるビルで夜景を楽しみながら一緒に食事してみる?」
「一般の学生が収まるお返しにしてもらえるかしら? 以前も言ったでしょう、私は吸血鬼なのよ?」
「自分は一般の学生だけど?」
「真夜お父様に聞いたわよ……あなたの繋がりは、一般の学生と一緒にしないことだ、って」
「ホモも大概だからなぁ……。一般的で、なんでも、か」
今思えば、プレゼントの質が上がりすぎてしまえば、お互いのハードルが高くなりすぎる可能性もあるので、アリアの言っていることはごもっともだろう。
誕生日は例外としても、アリアが喜びそうな物を探すのは骨が折れそうだ。
「そうね……私は今どきの人間の装飾品とかをあまり知らないのよ」
「アリアさん、一応、現役女子高生って設定だよね?」
「失礼ね。吸血鬼なら、女子高生の年齢よ」
「ご、ごめんなさい」
まあいいわ、と笑みを見せるアリアは、別に怒ってはいないのだろう。
「とりあえず、アリアさんが気に入りそうなものを探してみるよ」
「ふふ、楽しみにしているわよ」
笑みを浮かべて紅茶を嗜むアリアは、本当に期待してくれているのだろう。
周りから浮いたちっぽけな人間だ、と否定されても、彼女の居る水槽に手を伸ばせるのだろうか。
透明な水に浮かぶ彼女は、綺麗な赤い輝きで光と共に美しく水を照らすだろう。
アリアの期待に応えるために、気合を入れ直すように自分の手を見て、陽はぎゅっと握り締めた。
確かな痛みは、いずれ幸福へと変わるのだろう。
人の痛みを知り、自分の痛みを知る者が、掛け違えた優しさの真実を知るのだから。
一人の寂しさを誤魔化しても、拭え切れない程の暗闇は、いつだって一握りだ。
(アリアさん、一緒に過ごしてくれること、自分は誰よりも感謝してるんだよ)
吸血鬼でも、人間でも良いわけではない。
陽は今まで、アリアという吸血鬼を、おせっかい焼きの人間味のある彼女だけを求めていたのかもしれない。
否定をしても、気づきを与え、自分を成長させてくれる、アリアという少女を。
「おっと……アリアさん、大丈夫?」
アリアがふらついたのが見えて、陽はそっと支えるようにアリアの背に腕を回した。
「具合でも悪い?」
「……ごめんなさい、急にめまいがして」
「謝らないでよ。こんな男じゃ心配かも知れないけど、少しくらい、自分を頼ってもいいんだよ」
陽はアリアの前髪を避けるように、そっとおでこに手を触れた。
ひんやりとしているが、吸血鬼の彼女にしては少し温かい方だろう。
「白井さん、気配りが上手よね」
「……大切な人が、普段話している人が具合悪かったら、嫌だろ」
ふざけない言葉は、彼女に送るためのものでは無い、自分を戒めるためだ。
強がる自分を隠すように、自分らしくある為に。
陽は少しうとうとしかけているアリアを、自分の腕の中へと手繰り寄せた。
「アリアさんが嫌じゃなきゃ、休んでるといいよ。時間になったら、起こしてあげるから」
「……少しだけ、頼らせてもらうわ」
少しと言わず頼ってほしいのだが、頼ってもらえるだけ幸せというものだろう。
膝枕とまではいかないが、アリアは横になるように、陽の腕を枕にして、数分後には寝息を立て始めていた。
陽はアリアの体に負担がかからないように調整し、ちょっとだけ寝顔を覗いて、笑みを浮かべる。
男の腕の中で眠りにつく幼女吸血鬼は、警戒の文字が無いのだろう。




